3秒で落ちる恋



俺がアノ子を好きになったのは、一体何時の事だっただろう。
つい最近だったような、随分前だったような。

出逢ってすぐは、特に記憶にも残らないような相手だった。
それなのに、お互い胡散臭い仕事に就いてっから、何かしら事件が起こる度に顔を合わせていた。
その度に、いかにもな愛想笑いを浮かべるアノ子にイラつきを覚えるようになった…気がする。
実際はさして記憶に残っちゃいない。

気が付いたら、俺以外には向ける全開の笑顔が気になるようになっていた。
今思うと、そん時から好きだったんだろう。
笑顔を向ける相手は、万事屋の旦那だったりチャイナだったり姐さんだったり近藤さんだったり土方だったり山崎だったり…
とにかく俺以外のヤツには、満遍なく。

でも、俺だけにはその笑顔は向けられる事は無い。
…俺ァ、アノ子に何かしでかしやしたっけ…?

自分の行動を振り返ってみても、全然記憶に有りはしない。
まぁ、俺ァ前向きなんで、何かやってたとしてもそんな些細な事ァ覚えちゃいやせんが。
それに、アノ子になんにもしちゃいなくても、チャイナとは顔を合わせる度に喧嘩して怪我させてっから、そこら辺が気に入らねェ、多分そんな所なんだろう。
アノ子は自分以外に優しくて…特に身内と思ってるヤツに何か有ると、自分の事以上に真剣に怒る。
俺にとっちゃぁ珍しい人種で、何故か好ましく想える。

俺の事も身内に入れて欲しい。
アノ子に心配されてェ。
優しくされてェ。
皆に見せる笑顔を俺にも向けて欲しい。

イヤむしろ、誰よりも近くになりてェ。

そんな想いが膨らんで納まりきらなくなって、俺ァアノ子に強引に近付く事に決めた。
都合良く明日は『ばれんたいんでぃ』だ。
その日は自分の好きな相手に『ちょこれいと』を渡して告白して良い、って日の筈だ。

だから俺ァ、アノ子にとびっきりの『ちょこれいと』を用意した。
ソイツを喰って、3つ数える間見ていたモノに、誰でも恋に落ちる、ってのを。

俺ァそんなに気が長い方じゃねェからな。
正攻法なんてチンタラやってらんねェ。
だから俺ァ、その日に賭けに出る事にしたんだ。



当日は、天気も良くてばれんたいん日和で。
俺ァ全部に後押しされてる気になった。

特製ちょこをポケットに忍ばせて、ぶらぶらとアノ子を探して歩く。

商店街も大江戸ストアもコンビニも覗いてみたけどアノ子は居ない。
…万事屋に籠ってんのか…?

ふらりと進路を変えて万事屋に向かって歩いていると、途中の公園でお目当てのアノ子を見付けた。
そっと近付いて行くと、なんだかいつもと様子が違う。
…今日はやたらとパリッとしてやがる…
いつものラフな着物じゃなくて、羽織袴なんざ着て…まさか…デートか!?

そう思ったら、急に胸の中がモヤモヤしだす。

…すぐにコイツを喰わせて俺にメロメロにしてやるぜィ…



気配を消して、気付かれないようにアノ子の背後に忍び寄る。
大きく深呼吸して、逃げられないようにアノ子の手を取る。

「へっ…!?」

「こんちわ、新八くん。」

驚きでまんまるになった目を俺に向けて、でもすぐに安心したように俺を見る。

「あ!沖田さん、こんにちわ。」

ふわりと笑んだ顔は、いつも俺に向けるぎこちないモノとは違って皆に向ける柔らかいモノに近い。
でも、なんだ…?
俺が欲しかったソレよりも、もっと俺の心臓をドキドキさせる。

イヤ、今はそれよりもちょこれいとでィ!

「ときに新八くん、今日は何の日かご存じですかィ?」

ニヤリと笑って聞いてみると、ビクリと震えた新八くんが俯いちまう。

「…そんなの知ってますよ…バレンタインディです…」

そう言って、モジモジと着物の袂を気にしてらァ…
なんでィ、チャイナにでもちょこれいと貰ったんですかねィ…

「んで?新八くんは何個貰えやした?」

「…2個ですけど…?」

ちょっと誇らしげに顔を上げるけど…

「どうせチャイナと姐さんだろィ?俺が聞いてんのは本命ちょこでさァ。」

「そんっ…なの…」

怒ったのか恥ずかしかったのか、新八くんの顔が赤く染まる。
…可愛いなんて想っちまうのは…俺ァもう末期ですぜ…

「因みに俺ァ部屋に1つ貰いやした。」

「へー、流石モテ男さんは違…って部屋ァァァァァァァァ!?部屋って単位おかしくね!?」

おー、今日もツッコミが冴えてやすねェ。
がっくりと項垂れちまうと、顔が見えなくなっちまう。
それじゃぁこの後ちょいと困りまさァ。

「まぁまぁそう落ち込むねィ。そんな駄眼鏡くんには俺がちょこれいとあげまさァ。」

「施しなんかいらねーよ!!」

俺の言葉にツッコミを入れる為に、ガバリと顔を上げた新八くんににっこりと笑いかける。

「違いまさァ。俺からの愛の籠ったばれんたいんのちょこれいとでさァ。」

ビックリしたように、ぽかん、と開いた口に特製ちょこを投げ入れる。

「もがっ!?」

吐き出されちゃ困るんで鼻と口を押さえると、じたばたと暴れつつもゴクリと飲みこんでくれた。
すぐに新八くんの顔を両手で挟んで俺の顔の前に固定する。

1…2…3…

「俺のちょこれいと…旨かったですかィ…?」

出来るだけ優しく問いかけると、ぼーっと俺を見つめたまま真っ赤な顔になってら…
これは…ちゃんと効いてんのか…?
そーっと顔を近付けて、ちゅーを…

「新八く…」

「何すんだ畜生!流石ドS王子の名は伊達じゃないな!!どうせ僕はモテないですよっ!!!」

至近距離から思いっきり何かを投げつけられて、目の前に星が飛ぶ。
その短時間で新八くんは俺の前から走って逃げてしまった…

畜生、パチもん掴まされた…
何が3秒で誰でも恋に落ちるんでィ!
逆に嫌われたんじゃね?コレ…

痛む頭を擦りつつ、足元に落ちていた新八くんに投げつけられた箱を拾ってみる…何でィ、コレ…
ジッと見ると、ソレは綺麗にらっぴんぐされていて…
開けてみると、中にはちょこれいとが入っていた。

…なんでィ…チャイナにでも貰ったちょこれいと捨てていったのかィ…?義理でも大切なモノなんじゃないんですかィ…?
どうせ投げんなら、姐さんの暗黒物質にすりゃぁ良かっただろうに。
ごそごそと漁ってみると、中には小さなカードがいちまい…まさか…本命…?
慌ててカードを引き抜くと、そこには信じられねェ文字…

『 沖田さんへ



志村新八より 』

愛の言葉もなんにも書いちゃいねェけど…これは、新八くんが、俺に、くれたちょこれいと…?

………まさか………

まじでかァァァァァァァァァァァァァァァ!?

俺は包装紙の類までを大切にポケットにしまって、新八くんが走り去った方向に全速力で走り出した。



END



2011年バレンタイン。
沖田さんが押せ押せは無かった筈なので、今年は押せ押せ。
新八に惚れ薬が効かなかったのは、もう既に恋に落ちてるから。