09・バカ!
「新八ィ、明日は何の日か知ってますかぃ?」
何故か僕の家で晩ご飯を食べていた沖田さんが、物凄く嬉しそうな顔で僕に尋ねる。
「明日ですか…?4月1日ですよね…」
「そうでぃ!明日は外国の祝日でえいぷりるふうる、ってぇ日でぃ!!午前中はウソしかついちゃいけないんですぜ!!」
更に嬉しそうな顔になって身を乗り出してくるけど…違うよ、沖田さん…ソレ、間違えてるよ…
「イヤ、ソレ違いますって。4月バカでしょ?ウソをついても良いってだけで…」
「明日の俺のウソ、楽しみにしていなせぇ!」
イヤ、だから…人の話を聞かない人だなぁ…
食後のお茶まできっちり飲んだ沖田さんが、茶碗を片付けて皿洗いを始める。
…まぁ良いか。沖田さん嬉しそうだし………
◆
翌日。
朝ご飯を食べていると沖田さんがやってきた。
「うぃ―――っス。」
寝惚け眼で卓袱台の前に座り、茶碗にご飯を、お椀に味噌汁を勝手によそい、普通に朝ご飯を食べ始める。
…オイ、それは僕のおかずだ…
まぁ、どうせ来るだろうと思ってたから沖田さんの分も作ってありますけどね。
朝からそんなに!?と思うぐらいの食事も終わり、いつものように沖田さんが皿洗いを終えると至極真面目な顔で僕に向き直る。自分の前の畳をぱしぱしと叩き、座れ、と促す。
「何スか?」
「新八ィ…俺はお前が嫌いでさぁ。大っ嫌いだ。俺の側には絶対寄るんじゃぁねぇや。アンタの笑った顔を見るとウンザリしまさぁ。1分1秒だって一緒には居たくねぇ。一生顔も見たくねぇ。大嫌いでさぁ。」
沖田さんが、ちょっと顔を赤くしながら言う。
…あぁこれか、昨日張り切ってたのは…どんな告白だよっ…これじゃあウソじゃなくて逆さま言葉じゃん…
それにしても…分かってても、辛いよ、こんなに嫌い嫌い言われると…
僕が何も言わないでいると、延々と嫌いだ嫌いだって言ってやがるよ…ちょっとイラっとしてきたぞ…
「…どうしたぃ、新八ィ?」
僕が黙って俯いていると、得意満面で沖田さんが覗き込む。
「沖田さんのバカ!」
僕の頬に涙が落ちる。
「なんでぃ、嬉し泣き…」
「違うよ、バカっ!!!」
僕の真剣な表情に、沖田さんがビックリした顔をして仰け反る。
「なっ…なんでぃ…今日はえいぷりるふうるですぜぃ?俺はウソしか言わねぇって昨日言ったじゃねぇですかぃ…」
おろおろと、僕の頬を指で拭って掌で撫ぜる。
「そんなの分かってますっ!分かってても、嫌いだ嫌いだって言われたら悲しくなるんですっ!!沖田さんのバカっ!!大っっっっっっっっっっ嫌い!!!!!!!」
ぷいっ、と後ろを向くと、めちゃくちゃ焦った気配がする。
ぷぷぷぷぷぷぷぷぷ…
「しっ…新八ィ…すいやせんでした…ちょいと調子に乗ってやした…泣かないでくだせぇ…大嫌いなんて言わないでくだせぇ…悲しくなりまさぁ…」
窓ガラスに映る沖田さんが、怒られた子犬のような顔で僕を見てる。…ちょっとやりすぎたかなぁ…
「…もう変なウソ吐きませんか?」
「つきやせん!新八には2度とウソは吐きやせん!!約束しまさぁ!!」
焦りに焦った沖田さんの声がして、そ―っと手を伸ばしては戻して、伸ばしては戻してを繰り返している。
僕は、くるりと振り返り、袂に隠していた最終兵器・目薬を見せる。
「うっそで――――――す!!」
ニヤリと笑った僕の顔と最終兵器を見比べて、沖田さんが固まる。
さっすがS星の王子様。打たれ弱いなぁ―
「ウソですよ、沖田さん。僕、泣いてませんよ?ちゃんとアンタのやりたい事、分かってますよ。」
ニコリ、と笑うと沖田さんが戻ってきた。
「…ヒデェ…新八ィ、騙しやしたね…?」
沖田さんの目が剣呑なものになる。あ…怒っちゃったかな…?
「沖田さんっ!元はと言えばアンタが僕にやった事でしょうがっ!…嫌い、なんて言われて…ほんっと―に悲しかったんですからねっ!!本当に泣きそうだったんですからっ!!」
「………………悪かったィ…………大っ嫌いは思ったよりダメ―ジデカイでさぁ…」
剣呑だった目が悲しいモノに変わる。
…ちょっとイジメすぎたかなぁ…?
「どうせ告白してくれるなら、やっぱり好き、って言って欲しいです。」
「アレで伝わってんじゃねぇかい。」
「イヤです。ちゃんと言って下さい。嫌いを自動変換なんて出来ません。」
沖田さんの顔が赤くなり、あ―――とかう―――とか言い出す。…言えないのかよっ…
「……………………好きでさぁ………………………」
「声ちっさっ!?」
「…うるせぇよ…」
沖田さんが真っ赤になって横を向く。
…もぅ…ほんとに………
「僕も好きですよ、総悟さんの事。」
「なっ…!?新八ィ、もう1回言ってくだせぇ!!」
「僕も好きですよ?沖田さんの事。」
「イヤ、そうじゃなく!」
沖田さんがぱたぱたと動く。面白いなぁ…
もう言わないけどね?
「そろそろ万事屋に行く時間ですから僕は出ますね?沖田さんもさっさと出勤してくださいよ。」
くすくす笑いながら玄関を出ると、ぱたぱたしながら沖田さんも付いてくる。
「新八ィ―総悟さん、って呼んでくだせぇ―」
「今日は4月バカだから、いつもと反対の呼び名で呼んでみただけです。もう呼びませんよ。」
「新八ィ―…」
沖田さんがしょんぼりしながらとぼとぼとついてくる。
もぉ、しょうがないなぁ…
「今日もお仕事頑張って下さいね?総悟さん。4月バカだからって、もうウソ吐いちゃだめですよ?」
「へぃ、判りやした!行ってきやす!!ウソは土方さんにしか吐きやせん。」
沖田さんが元気になって、屯所に向かって走って行く。
僕は僕で、銀さんと神楽ちゃんにどんなウソを吐こうかとワクワクしながら万事屋に向かった。
悲しいウソは嫌だから、何か楽しいウソでも考えよう!!
END
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