魔王様とチョコレート



2月14日バレンタインデー
本当はどこだかのスゴイ人の命日で、チョコレートをプレゼントする日なんていうのは商魂逞しい日本のお菓子屋さんの陰謀…

だなんて言うのはモテない男子の僻みでしょ?
女の子には…ううん、私にとってはバレンタインデーはやっと巡って来たチャンスなんだから馬鹿になんてさせやしないっ!

今日は…今日こそはアノ人に私の気持ち、伝えてみせるんだからっ!!



入学式の日に、桜吹雪と一緒に現れた王子様。
ビックリして転んでしまった私に、綺麗な顔で微笑んで、手を差し伸べて立たせてくれた。

その時触れた手のぬくもりが、心に残って暖かくって、私は自然と恋に落ちた…



のに、王子様だと思ってた人は、本当は、魔王様だった…

同じクラスになれた!なんて喜んだのも束の間、アノ人はすぐにその本性を曝け出した。

キラキラと、光を背負う王子様フェイスはいつも無表情で。
何か碌でもない事を思いついた時だけニヤリと歪む。
…私が見たあの微笑みは幻だったのかな…?
山崎君をパシリにするし、土方君を本気で攻撃するし、クラスの皆にも隙有らば悪戯する。
果ては、先生達にも関係無しで、担任の銀八先生とかもたかられたりしてるらしい。

とにかく、あんな意地悪な人は、生まれて初めて見たよ…私…

でも…だからといって、私にはあんまり関係ない。
だって私とアノ人は同じクラスなのにほとんど話をした事が無いし…あんまり関わり合う事も無い。
友達の神楽ちゃんとは顔を合わせると喧嘩してるのに…
ワタシが頑張ってやっと話しかける事ができても、『おはよう』と『さよなら』
それも、アノ人の返事は『ん』とか『おう』とかで…
ぜんっぜん仲良くなんかなれない。
それどころか、私の事知ってるのかもちょっと怪しい。

でも、私が銀八先生の雑用を押しつけられたりしたら、偶然通りかかったアノ人が手伝ってくれたり。(アメをとられたけど)
購買でパンが買えなくてウロウロしてたら、一緒に買って来てくれたり。(お釣りでコロッケパン買ってたけど)
体育の時間のマラソンで、足を挫いて座り込んでたら、おぶって学校まで連れて行ってくれたり。
あの時は申し訳なかったな…私きっと重かったんだ。腰を曲げたまま、きっと保健室に直行したんだよ…ちゃんとお礼を言う間もなく校舎に入っていってしまったもん…その後改めてお礼を言っても、誰?って顔してたし…

でも…でもでも私は諦めたくないから!
そんなアノ人を…すごく…好きになってしまったから…
だから、誰にも文句は言わせない!
お菓子屋さんの陰謀だろうとなんだろうと、バレンタインデーにチョコレートを渡して私を覚えてもらうんだ!



そんな風に意気込んだのに、私の決心は玄関で脆くも崩れ去った。

…え…?
何…?この靴箱…

結構早くに家を出た筈なのに、すでにうちのクラスの王子様達の靴箱は、色とりどりの包装紙に包まれて綺麗にラッピングされたチョコレート(と思しきモノ)で埋め尽くされていた…
えー…食べる物なのに靴箱って…

「おはよー、パチ恵ちゃん…ってうわっ!凄い…」

「お早う山崎君…山崎君の靴箱も凄いね…」

振り返ってみると、両手に大きな紙袋一杯にチョコレート(らしきモノ)を持ったミントンの王子様がげんなりと背を丸めていた。

「イヤ、俺のじゃないから。マヨ王子とドS王子への頼まれ物だから…まぁ、頼み賃で義理チョコは貰ってるけど…」

「でも、きっと靴箱のは本命だと思いますよ?」

私が笑って言うと、山崎君もあははと笑う。

「靴箱に食べ物入れる時点で無しでしょ。ところでパチ恵ちゃんはくれないの?」

にっこりと笑顔が変わって顔を覗き込まれる。
あんなに貰ってるのに、まだ欲しいのかなぁ…?

「山崎君ってそんなにチョコレート好きなんですか?」

「え…?まぁ…うん…」

「ごめんなさい、義理チョコ…作ってなくて…」

「あ…そうなんだ…」

がっくりと肩を落とすほどチョコレート好きだったんだ…悪いことしちゃった…
でも、無いものは無いし。

何かブツブツ呟いてる山崎君と一緒に教室に行くと、そこも凄い事になっていた。
王子様達の机の中も上も、綺麗にチョコレートで飾り付けられていた…

うわ…こういうの、ドラマや漫画の中の話だと思ってたのに…本当に有るんだぁ…

呆然と眺めていると、土方君と近藤君と伊東君が教室に入ってくる。
うわ…3人とも風呂敷背負ってる…からの、紙袋沢山ん!?

「うへぇ…」

心の底から嫌そうな顔をした土方君を、近藤君と伊東君が窘めてる。
でも…あんなにあったら困るよね…

「パチ恵ー、オハヨーネ!チョコくれヨー」

「挨拶すぐに何言ってるのっ!?無いよ!チョコレートなんて…」

ヤバい…神楽ちゃん用のチョコレート持ってこなかった…!
どうしよう…このチョコレートが見付かったら食べられちゃうかも…

「その鞄の中に見えてるネ!寄越すネ!!」

シャッ、とチョコレートを抜かれて持ち去られる!?

「やぁっ!神楽ちゃんらめぇぇっ…」

泣きそうになって、走り去ろうとする神楽ちゃんに追いすがろうとすると、丁度教室に入って来た何かが私のチョコレートを神楽ちゃんの手から奪ってくれる。
…え…?何…?誰…?物っ凄い量のチョコレートに囲まれた誰か…?

「…有難う御座います…」

「ん」

…沖田君…?
凄い…何このチョコレートの量…
こんなに有るのに…まだ増やしても…良いのかな…?

「おい、チャイナ。チョコが喰いたいんなら俺のやるから眼鏡苛めんのやめてやれ。」

「マジか!?マヨラー実は良いヤツだったネ!」

喜び勇んで土方君の方に走って行ってしまう神楽ちゃんを見送ってると、私のチョコレートがプラプラと揺れる。

「コレ、いらねーんですかィ?いらねーんなら俺が貰っちまいやすぜ?」

え…?渡しても…良いのかな…

「はい…あの…良かったら…」

「マジでか。」

ドサドサドサ…と、目の前の山が崩れる。
あ…顔見えた…
え…?顔…赤い…?

「本当に…俺が貰って良いんで…?」

「…はい…あの…良かったら…」

ザクザクとチョコレートの山を掻き分けて、沖田君が近付いてくる。
あれ…?私何か変な事言ったかな…
凄い真剣な表情…

あ…調子に乗り過ぎて…怒らせちゃったかな…

「あの…ごっ…ごめ…」

「お前さんも、貰って良いんで…?」

「はい!………へ…?」

あれ?今何か違う事聞こえたような…

「いただき」

ちゅう、という音と一緒に唇が暖かくなる。
え…?

「告白はねェんですかィ?志村八恵ちゃん?」

「へ…?え…あの…?」

「答えは勿論、俺も好きでさァ。」

間近であの桜の日に見た綺麗な笑顔…
頭が…ついていかない…
私の名前…知っててくれたんだ…好きって…好き…

「沖田君が…好きです…」

やっとそう言うと、ぎゅうっと抱きしめられて、良い匂いがして…
幸せな気分のまま、私は気を失った…


その後は、教室は大騒ぎだったらしくって。
私はその日から、大忙しの毎日を、幸せに過ごすようになりました。



END