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一晩かかって家族達の誤解を解いたパチ恵は、それでも毎日のお勤めをしっかりとこなしておりました。
沖田とパチ恵は決して恋人同士などでは無いのですから、彼女は家族が納得してくれるまで一生懸命説得しました。
あんな格好良くて優しくて面白い男性が、恋人が居ないなんて有り得ないのです。
それを、自分などが恋人などと誤解されて謂われない中傷を受けるなど、申し訳なさでいっぱいです。
その上万が一その事が彼の恋人の耳にでも入ったら…
彼女は、大好きな男性に迷惑などかけたくはなかったのです。
それに、自分は神様に仕える身。
恋などしてはいけないのだと思っていたのです。
パチ恵が礼拝堂に行くと、沖田はいつものように俯いて眠っているようでした。
そっと近寄って顔を覗き込むと、今日はアイマスクを着けていないようでその綺麗な顔にパチ恵の胸はドキリと騒ぎました。
「…沖田さん…?寝ちゃってますか…?」
「…イヤ…神さんに宣戦布告してたとこでさァ。」
「何でですかっ!…昨日は皆がすみませんでした。ちゃんと誤解は解きましたので安心して下さいね!それと、結局お悩みも聞けなくってすみませんでした…あ!でも今日は皆居ませんから、ちゃんと懺悔室でお話聞きますね!!」
「おう。」
せめてちゃんと悩みの相談にのろうといつものように連れだって懺悔室に向かった2人だったのですが、今日は少し様子が違いました。
「………沖田さん、なんで同じ所に入ってこようとしてるんですか…って!近いです!!」
無理矢理同じ部屋に入り込んできた沖田は、懺悔室はそう狭くも無いというのにパチ恵に密着してきたのです。
それは、俗に言う『抱きしめる』という行為。
近くに綺麗な顔があると言うだけで、パチ恵の心臓はバクバクと大騒ぎをしました。
その上なにか思い詰めたような表情でじっと見つめられるのです。
グイグイと沖田の胸を押して距離を取ろうとしていたパチ恵は、大きく溜息を吐いて大人しくなりました。
「なぁ…悩み、聞いてくれんだろィ?八恵ちゃん…」
「そりゃぁ聞きますけど…こんな近かったら顔見えちゃいますよ?良いんですか?」
「…むしろ見て下せェ…俺だけ…見て下せェ…俺ァお前さんに…八恵にムラムラしてんでさァ。神さんから八恵を奪いてェ。」
「えっ!?ちょ…えぇぇぇっ!?」
「決めたんでィ。お前さんを俺のモンにしやすから…」
ソコで響くは苦痛の声か快楽か。
沖田はシスターを神から奪いました。
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一方奪われたシスターパチ恵は悩んでいました。
押し込めた筈の恋心は、肌の触れ合いで確信に変わってしまったのです。
好きだなんて言われていないのに!
いきなり襲われたっていうのに!
神様が見ていたっていうのに!
それでも、あの綺麗な顔に見つめられると嫌だとは言えませんでした。
触れられると抵抗する気になれなかったのです。
周りなんか、何も気にならなくなってしまったのです。
自分は神様に仕える身だというのに。
お世話になった牧師様や姉上や、こんな自分を頼ってくれる妹やご近所の皆様が居ると言うのに。
なにより相手が自分を好いてくれているのか分からないというのに…
それでも、彼女は彼を拒む気にはなれませんでした。
それだけが目的だとしても、その瞬間だけは沖田は彼女だけを見てくれたのだから。
一度だけの事だとしても、ひとときだけでも愛してくれたのだから。
だから…
しかし、あの日から沖田は毎日パチ恵を奪いにやってきました。
逢えるのは嬉しい。
優しく触れられるのは気持ちいい。
幸せそうに笑ってくれると、パチ恵も幸せな気分になれる。
でも…
それが良い事か、パチ恵には分からなかったのです。
それでもやはり沖田に逢えるのは嬉しくて恋心は募ってゆきました。
そして、その日も沖田は教会にやって来て、神様からパチ恵を奪うのです。
しかしその日のパチ恵はいつもと違い、いつまでも泣き止みませんでした。
沖田がそっと指で涙を拭いても、キスで宥めても彼女の涙は一向に止まらないのです。
「…八恵…やっぱり俺の事…嫌だったんですかィ…そりゃそうですよねィ、お前さんの厚意につけこんで無理矢理ヤっちまったんですからねィ…八恵は優しいから嫌だなんて言わないでくれたんだろ…?」
苦笑いをこぼした沖田はそっとパチ恵の躯を離しました。
はらはらと零れる涙を止められないままパチ恵は必死で首を横に振りましたが、沖田の笑顔が柔らかいものに変わる事は有りません。
「気ィ使ってくれなくても良いんですぜ…もうこの面見せないのは約束しまさァ。それと…俺が八恵に出来る事ァなんか有りやすか…?」
恐ろしい提案に、パチ恵の顔は真っ青になりました。
たとえそう言う事だけが目的だとしても、沖田に逢えるならそれで良いと思うほどパチ恵の恋心は募ってしまっていたのです。
たとえ地獄に落ちても構わないから、誰かから奪ってでもずっと隣に居たいと思うほどパチ恵の心は沖田に奪われてしまっていたのです。
だけれども沖田の心は自分には無いから…
そう想うとパチ恵の涙は止まらなかったのです。
どんなに優しくされてもそれは恋情なのかただの性欲なのかが分からないから。
だからと言ってそれを確かめて2度と逢えなくなるのが恐くて。
口を開いてしまうと自分の気持ちを押し付けてしまいそうで、確かめる事など出来ませんでした。
「そんな目で見んな…誤解しちまうだろィ…本当は俺ァ…お前さんに惚れちまってんでィ、八恵。俺、八恵を嫁にしてェ。毎日ずっと一緒に居てェ。」
「あ…?お…きたさん…?何を…」
「あー…俺の勝手な気持ちだから忘れて下せェ。シスターってのはそんな事出来ねェ事ぐらい俺だって…」
沖田が全て言い切る前に、柔らかい躯が彼に飛びついて来ました。
離れる事が無いようにぎゅうぎゅうとしがみついてくるそれは勿論パチ恵で、今までよりも更にわんわんと声を上げて泣いているのです。
「パチ恵…?」
「わたっ…わたしも沖…田さんが大好きです!惚れてますっ!神様が許…してくれなくても…家族と離れても…貴方と…毎日ずっと一緒に居たいです…!」
パチ恵の告白を聞いた沖田は、一瞬驚きで目を丸くして、すぐにいつも彼女にだけ見せる幸せそうな笑顔を浮かべてパチ恵を抱き返しました。
勿論その時天上からは光が降り注ぎ2人を祝福しているのですが、お互いに顔を埋めている2人は全く気付いてはいませんでした。
「んじゃ、親父さんや義姐さんや妹さんにご挨拶といきやすか。」
「………死なないで下さいね………?」
乾いた笑いを浮かべた2人はやっと顔を上げ、辺りの光に気付きました。
そう、懺悔室には窓など無く、本当なら光など差し込む訳はないのです。
「…神さんが認めてくれてんだ…死にゃしねェだろ…多分…」
「…神の御加護がありますように…」
身だしなみを整えた沖田がパチ恵と共に手土産を携え挑んだ結果は…神のみぞ知る。
END
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