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一緒に暮らすようになって教えて貰った沖田さんの好物ばかりを作って並べたテーブルに、買い物帰りに買ってきたお花も飾る。
本当なら部屋も飾りつけとかしたかったけど、それをやると最後の最後でバレちゃいそうなんででやめる事にした。
もう最後なら…明日お別れする時に私の気持ちを沖田さんに伝えてみたい…そんな気持ちがどんどん大きくなってきてどうしようもない。
そんな事したら、沖田さんはきっともう目も合わせてくれなくなるだろうけど…でも…どっちにしても、もう前のように接する事は出来ないから…だったらきっぱり当たって砕けちゃった方がスッキリするだろうから…だから…
「ただいま帰りやした。」
いつも通りにそう言って帰ってきた沖田さんは、ここ暫くでは珍しく無表情で…
今日で最後なんだから、いつもの笑顔が見たかったな…とか思ってしまった。
「おかえりなさい。」
いつものように笑顔で上着を受け取って…と差し出した腕に、上着は乗ってこない。
…どうしたんだろ…?
「あの…総悟さん…?上着…」
「あ、いや今日は自分でやりまさァ。」
そう言ってさっさと寝室に行ってしまった。
…そうだよね…もう最後だからそんなにらぶらぶする必要無いもんね…
おかしくない程度に仲良くしてれば…良いんだよね…
パジャマに着替えて食卓についた沖田さんは、テーブルに並ぶ料理達を見てにこにこと笑ってくれた。
「…俺の好物ばっかでィ…」
「え…あの…はい。」
改めて言われると恥ずかしいけど…でもちょっとだけ素直になって気持ちを伝えたい…
「大好きな総悟さんの為に作りましたから!」
今この監視カメラの有る場所でちゃんと想いを伝える事は出来ないけど、でも少しでも想いを伝えたくてじっと沖田さんを見つめながらそう言うと、沖田さんの顔が赤く染まる。
…あ…伝わった…?
「あー…俺の嫁さんはホントに良く出来た嫁でィ。」
そしてにこりと微笑む顔はいつもの笑顔で…私の想いもいつもの演技だと思われてしまったのかもしれない。
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晩ご飯をいつものように美味しいと言って綺麗に全部平らげてくれた沖田さんは、いつものようにテレビを見てお風呂に入って、さっさと寝てしまった。
…最後なんだから、もう少しだけお話ししたかったのにな…沖田さんはそんな事無かったんだ…
やっぱり全部演技で…私の事はもう忘れてしまうんだ…
お風呂で少しだけ泣いて、涙が出ないようにして寝室に行ったけど…もう今更なのに私が同じベッドに入って良いのか分からなくなってしまった。
本当は沖田さん嫌だったのかもしれないと思うと、足がすくんで動けなくなる。
掛布団は無いけど…ソファは気持ちいいしソファで寝ようかな…?
ケンカしたみたいに部屋を出たら、おかしくない…よね…?
私がドアに向き直ると、後ろからパシパシと何かを叩く音がする。
振り返ってみると、寝ている筈の沖田さんが布団を捲って自分の隣を叩いているのが見えた。
「何やってんでィ、早く来なせェ。パチ恵が隣に居ねェと寝れねェだろィ…お前さんは俺専用の抱き枕なんだからねィ。早くそのふっかふかの乳に顔埋めさせなせェ。」
「………えっち………」
私が迷ってるのが分かったんだよね…やっぱり優しい…
そっとベッドに潜り込むと沖田さんはモゾモゾと布団に潜って向こうを向いてしまう。
…そうだよね…気を使ってくれただけなんだよね…
出来るだけ反対側の隅に小さくなって丸くなる。
今迄はちゃんと抱き枕にしてくれて暖かかったから、よけいに寒く感じる…でも明日からはこれが普通なんだから…
「なーにやってんでィ、寒いだろうが。パチ恵は大人しく俺に抱かれとけば良いんでィ。俺ァ…もうオマエ無しじゃ眠れねェんだから…」
いつの間にか私の方に向き直っていた沖田さんが隅で丸まっていた私を引き寄せて抱き込んでくれる。
…暖かいよ…
「私もです…私もアナタが一緒じゃないと眠れません…」
精一杯の想いを込めて沖田さんの背中に手を回すと、折れそうな位きつく抱きしめられる。
だから私も腕に力を込めると、そっと
「パチ恵が好きだ。」
と囁かれた。
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夢のような気分で目が覚めると、隣に居る筈の沖田さんの姿は消えていた。
本当に夢だったんじゃないかと思って慌ててリビングに駆け込むと、すでに制服に着替えた沖田さんがソファに座って新聞を読んでいた。
…やっぱり夢だったのかな…?
でも、どこまでが…?
「あ…の…ごめんなさい!私寝坊しちゃって…すぐに朝ご飯…」
「あー…無理させやしたからねィ…朝飯は要らねェ…」
私の方を振り向く事もなくそう沖田さんが言った。
…そっか…
夕べのアレは、最後の演技だったんだ…ヌメール星の方達への最後のダメ押しだったんだ…
それなのに私…何勘違いしちゃったんだろ…
悲しくて悲しくて、止めようとしたけど涙が零れてしまった。
始めっから依頼だって分かってたのに…
本当じゃないって知ってた筈なのに…
それでも私は沖田さんを好きになってしまった。
でも、沖田さんはただ演技をしていただけだった。
せめて嫌われないように、もうこんな気持ちは忘れなきゃいけないのに…
涙なんか流しちゃいけないのに…止められないよ…
部屋の時計が12時を告げた。
あ…時間だ…
もうヌメール星の皆さんは地球を発ってしまったはずだ。
だから、依頼もこれでおしまい。
もう演技なんかしなくて良い。
沖田さんと一緒に居られるのももう終わり…
「あー…パチ恵ちゃん…依頼はこれで終了でさァ。で、ですね…俺こんなん役所で貰って来たんですけどねィ…今ならコレも付けやすんで一緒に書いてもらえやせんか…ってどうしたんでィ!?」
それまで余裕でソファに座っていた筈の沖田さんが、ゆっくりと新聞を畳んで隊服の胸ポケットから綺麗に折りたたんだ紙を出す。
それに、右のポケットから出した小さな箱を添えて私に差し出した。
その途端、泣いている私に気付いて慌てて立ち上がってテーブルに足をぶつける。
よく見たら、新聞も逆さまだよ…
「なっ…なんで泣いてんでィ!?泣くほど嫌なんで…?」
「違います。もう…沖田さんと一緒に居られなくなると思って…」
「だから…泣いてくれてるんで…?パチ恵ちゃんも俺と一緒に居たいと思ってくれてるんで…?」
凄く驚いた顔で私を見る沖田さんがちょっと憎らしい。
私の気持ちなんて全然届いていなかったんだ…私も気付かなかったんだけど…
「はい!私、沖田さんともっとずっと一緒に居たいです…!」
嬉しくて嬉しくて、ぼうっと立ちつくしてる沖田さんに駆け寄って抱き付くと、ぎゅうっと抱き返してくれた。
これは、夢じゃないよね…?
「んじゃあコレ書きやしょう、一緒に。屯所に行くついでにちゃっちゃと出してきやすんで、旨いもん作ってこの俺達の家で待ってて下せェ。今日も明日も、もっとずっと。」
沖田さんが差し出してたのは、私の欄以外もう全部が記入済みの婚姻届で…
驚いているうちに偽物の結婚指輪が外されて、新しい指輪がはめられていた。
「えっと…」
「志村八恵さん、ずっと好きでした。嘘じゃなくて、本当に俺の嫁になってくれィ。」
ニコリと微笑んだ沖田さんの顔はこの1か月で沢山見るようになった表情で…
もしかしたら演技だと思っていた私達の結婚生活は、始めから本当だったのかもしれないと思ってしまった。
「私も沖田総悟さんが好きです。嘘じゃなくて本当の旦那様になって下さい。」
いつの間にか止まっていた涙を拭いて私も微笑むと、そうっと近付いてきた沖田さんの表情が見えなくなって、私達は本当の誓いのキスをした。
END
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