大変です!
王様と姉姫様達に知れたら、姫はすぐにでも連れ戻されてしまいます。

一刻も早くソーゴ王子に気持ちを伝えようと、新八姫は王子を探しました。
庭に差しかかった時、王子を見付けて嬉しくなった新八姫は王子に駆け寄ろうとしました。
ですが、その隣に可愛らしい少女が居るのを見てしまうのです。
その少女は夜兎国のカグラ姫で、浜辺に倒れている王子を見付けて保護してくれた、いわば恩人です。
そして、今回の縁談の相手でもありました。

二人が並んで庭を見ている姿はあまりに可愛らしく、新八姫はそれ以上近付く事が出来なくなってしまいました。
その上沢山歩いたので足も痛くなり、姫はその場に座り込んでしまいます。
が、
地面につく前に誰かにふわりと抱き上げられてしまいました。

「どうしたんでィ、こんな所に…足、痛ェのかィ?」

それは遠くに居た筈のソーゴ王子で、心配そうに新八姫を覗き込んでいます。
嬉しくなった新八姫は、王子の首にぎゅう、と抱きつきました。
ソーゴ王子も嬉しそうに笑って新八姫の頬に擦り寄りました。

「俺が居ねェで寂しくなりやしたか?」

新八姫がコクコクと頷くと、王子は嬉しそうに姫に口付けようとしました。
と、二人の間に何か固いものが挟まってきて、一方的に王子の顔が潰されます。

「おいサディスト、このカワイコチャンは誰ネ。」

王子の顔を潰していたのは、可愛らしいカグラ姫のカサでした。
カグラ姫は興味津々で新八姫を見つめ、間が持たずにニコリと微笑みかけた新八姫の笑顔に頬を染めていました。

「コイツは俺んだ。嫁にする予定でさァ。だからテメェとは結婚出来やせん。とっとと帰りやがれ。」

カグラ姫の様子を見ていてこれ以上ないドヤ顔でそう宣言する王子を、カグラ姫は覚めた目で見ています。

「その意見には賛成ヨ。でもなぁ、ひとつ訂正するネ。このカワイコチャンはワタシの嫁にするネ。コイツ、マミーの匂いがするヨ。」

「はァ?俺んだって言ってんだろィ。」

「ワタシのネ!」

その可憐な風貌に反して、二人の恐ろしい闘いが始まりました。
あまりの事にただ呆然とその様を見ていた新八姫は、またもや後ろから抱き上げられます。

「キミ、可愛いネ。俺のお嫁さんになってヨ。」

綺麗な色の髪を三つ編みにしたその青年は、にっこり、と笑う顔がカグラ姫によく似ていました。

「あーっ!馬鹿兄貴何してるネ!」

「んー?俺もお嫁さん探ししてたんだけどさ、見付けちゃったヨ。」

必死でフルフルと首を振って拒否する新八姫に、兄王子の唇が近付いてゆきます。
なんとか力を振り絞って顔を押しやると、兄王子の雰囲気が急に変わり怖いものになりました。

「何?俺を拒否するつもり?殺しちゃうよ?」

にっこりと笑ってはいますが、その笑顔はとても怖いモノでした。
ホロホロと涙を零す新八姫を見て、兄王子の顔がとても嬉しそうに歪みました。

「泣き顔も良いネ。やっぱりキミが良いや。」

「イヤ、コレ俺のなんで。アンタにはやりやせん。」

一瞬の隙をついて、ソーゴ王子が新八姫を奪い返しました。
暖かい腕の中に戻れた新八姫はぎゅうぎゅうと王子に縋りつきます。

「すまねェ、怖い思いさせちまった…そう言う事なんで、あんたらはもう国に帰りなせェ。正式な話は追って届けさせまさァ。」

それだけ言い残してソーゴ王子はその場を立ち去りました。
残された二人は、なんとか新八姫を我が物にしようと闘志を燃やしつつ、自国に帰ってゆきました。



王子の部屋に戻った二人は、すぐにベッドに倒れ込みました。
新八姫は、自分が重かったのだと思いソーゴ王子を気遣いましたが、そのまま口付けされてしまいました。

「今すぐアンタを俺のモノにしねェと、心配でいてもたってもいられねェや。なァ、俺のモノになってくれねェか?人魚姫?」

「………!?」

新八姫が驚いて目を見開くと、ソーゴ王子はクスクスと笑います。

「お前さん、毎日俺を見に浜辺に来てただろィ?だから俺ァ毎日浜辺で寝てたんですぜ?お前さんに逢う為に。」

ニヤリと笑う顔は、悪戯を成功させた悪ガキの顔でした。
でも、そんな表情も姫の心臓を酷くドキドキと騒がせるのです。

「嵐の夜に助けてくれたのもお前さんだろィ?海に落ちた時はもう駄目だと思いやした。あんな中泳ぐなんざ人間業じゃねェからな。でも…もしも海で死んだらアンタの所に行けるかも、なんて事もちっとだけ想っちまいやしたけどねィ。」

ちゅ、ちゅ、と至る所に口付けを落としながら、王子が己の思いのたけを姫に囁きます。
姫はもう夢を見ているようで、ただひたすら王子の口付けと想いを受け取っていました。

「なぁ、だから俺のモノになってくれよ…あー…お前さん名前はなんて…?」

今迄名前も聞かなかった事を恥じるように頬を染めた王子が首を傾げます。
姫はそっと王子の手を取って、その掌に大切に名前を書きました。

「し…ん…ぱ…ち…しんぱち?」

嬉しそうにコクリと頷く姫に王子も文字を書きます。

「俺ァソーゴ…そうご、でさァ。」

そして二人は幸せそうに微笑み合って、ベッドの海に倒れ込みました。



それから、夜半過ぎ。
二人が眠る部屋に複数の気配が現れました。

「新ちゃん、新ちゃん起きなさい?帰るわよ?」

ガクガクと姫を揺すぶったのは、三番目の姉姫、妙でした。

「姉上っ!?…ってあれ?僕声が…」

「想い人と結ばれたから声が戻ったんじゃろう。」

顔を赤くしてそう言うのは一番目の姉姫、月詠です。

「上手くやったじゃない、新八君。」

二番目の姉姫、あやめは少し悔しそうです。

「足の痛みもとれている筈です。」

四番目の姉姫、たまは冷静に解説します。

「泡にならなくて済んで良かったな。」

五番目の姉姫、九兵衛が優しく新八姫の頭を撫でました。

「それじゃぁ、サクッと王子を殺して海に帰りましょう?」

物凄く良い笑顔で姉姫達がそう言って、短剣を新八姫に差しだします。

「え…?ちょ…えええええっ!?なんでそうごさんを殺してって…だって僕らはむっ…結ばれたんですよ?ずっと幸せに暮らしました。めでたしめでたし、で良いじゃないですかっ!?」

「「「「「や、なんか悔しいし。」」」」」

「止めて下さいっ!止めて下さいよ!」

姫が慌てて王子を庇います。
姉の言うとおり、痛かった足も、もう動いても何の痛みも感じません。

「だって、新ちゃんが居ないと寂しいんだもの。」

「そうだ。それに王子の血で人魚に戻れるんだぞ?」

「嫌です!」

姫が王子の上に乗ると、王子がぎゅうと姫を抱きしめました。

「んー…なんでィしんぱち…まだ足んねェ…?」

「「「「「殺る」」」」」

短剣を構えた姉姫達から王子を庇っていた新八姫は、気付くとソーゴ王子に庇われていました。

「しんぱちィ…お前さん人魚に戻りてェか?そんなら俺の血ぐれェあげやす。」

「え…?そうごさん寝惚けて…?」

「やせん。俺ァお前さんに幸せ一杯貰ったからねィ…海に戻りてェってんなら戻してやりてェんでさァ。」

ニコリと微笑む姿は月光に輝き、新八姫はますます王子を好きになりました。
それなのに…

「そんなの…僕は望んでません!そうごさんの命をもらってなんて…絶対嫌です!」

「何言ってんでィ。俺ァ死なねェし。絶対ェ死なねェ。」

きつく抱き合う二人の姿に、姉姫達は溜息を吐きます。

「新ちゃんったら…私達だって寂しいのよ?」

「でもまぁ、女の子はいつかはお嫁に行くものだから仕方ないよ、妙ちゃん。」

「親父を宥めるのは一苦労じゃ…」

「お父様は私に任せて♪新八君、嫌になったらいつでも言うのよ?すぐに王子殺しに来てあげるから。」

「新八様、お幸せに。」

たまに恐ろしい事を言ったけれども、それでも、そんな二人の姿を見て姉姫達は嬉しそうに微笑んで海に帰って行きました。

「…認めてくれた、って事ですかィ…?」

「…多分…」

「そういやしんぱちの声…あぁ、途中から可愛く啼いてやしたっけ。」

ニヤニヤと笑いつつ口付けを贈る王子に照れながらも姫は幸せそうで。
姫からも口付けを贈られて、王子は真っ赤になって照れましたが幸せそうで。
お互いがお互いを想っているから、何が来ても大丈夫。
その後に、もっとややこしい末姫溺愛の銀髪の王様が海の艦隊を引き連れて真選国に攻め入ってきたり、姫を虎視耽々と狙っている隣国の二人が暫く住み着く事など些細な事なのです。

だから、なんやかんやありながらも、二人はずっと幸せに暮らしました。


めでたしめでたし


※新八姫は男でも女でも