この時間なら…もう、そー君学校終わってるよね…?
いつもの喫茶店を出て、そー君の家に向かいながら時計を見るともう夕方で。
そろそろ学校も終わって、帰宅しててもおかしくない時間だった。
昨日教えてもらったままの道を真っ直ぐ歩いて行くと、丁度そー君が前から歩いてきた。
「あ…」
手を振って駆け寄ろうと一歩踏み出した時に、気付いてしまった…
そー君…1人じゃない…
隣に…とっても仲良さそうに、可愛い女の子が…歩いてる…
ちっちゃくて…華奢で…ふわふわしてて…ピンクの髪が、凄く綺麗…
2人並んでると、お人形さんみたいだ…
頭なんか撫でちゃって…
なんだ、彼女いるんじゃん…
踏み出しかけた足は、一歩も動かなくなって。
何故だろう…心臓が痛い…
僕がなんとか物陰に隠れると、2人はじゃれあったまま、そーくんの部屋に入って行った…
良い事じゃん…
こんな…僕みたいな年寄りに構ってるより…ああいう可愛い娘と一緒の方が、そー君だって絶対幸せだよね…
大体僕、そー君の気持ちに応えられない、って言いに来たんじゃん。
むしろ変に傷付けなくって良かったんだよ!そうだよ!!
なのに…なんで…こんなに胸が痛いんだろ…
なんでこんなに涙が…溢れてくるんだろ…
なんで…
気付きたくない…気付いたって…もう遅い…
イヤ、初めっからそんなの…あり得なかったんだ…
そー君は僕を…練習台にしただけなのかもしれない…
イヤ、きっとそうだよ…
それなのに僕…真面目に考えちゃって…
兄貴分なんだから、それぐらい………
呆然としたまま、それでも習慣は恐ろしいもので、僕は電車に乗って会社まで帰っていた…
何処をどう通って帰ったか、全然記憶にない。
でも、僕はちゃんと会社に帰って、自分のデスクに座っていた。
頭の中には、そー君と彼女の仲良さそうな姿ばかりが浮かんできて離れない。
心臓は、ずっと痛くて、気を抜くと涙がこぼれそうになる…
僕は…何でこんな事になってるんだ…?
だって、そー君の事は弟だって思ってるのに…
そう言いに行った筈なのに…おかしいじゃん…
なんでこんなにショックなんだよ…
あんな事されたって、僕は男だもん。
甘えられただけだって思って無かった事に出来るじゃん…
これじゃまるで…浮気されて捨てられたみたいじゃないか…
僕がそー君の事…好きみたいじゃないか…
そんな事…無いよ…僕は…そー君の事なんて…
すぐに退勤時間になったんで、鞄を持ってフロアを出る。
今日は…これ以上仕事なんか出来ない…
後ろで山崎さんが何か言ってた気がするけど…返事もしないで帰ってきてしまった。
とりあえず、眠りたい…
山崎さんには…明日謝れば良いよね…?
家に着いて、真っ直ぐ部屋に向かう。
ご飯も食べる気がしなくて、そのままベットに潜り込む。
布団をかぶった途端、涙が溢れて止まらなくなった。
なんで…なんで涙なんか出てくるんだよ…
おかしいよ…
頭の中は、ぐるぐるとそー君と彼女の笑顔が廻る。
悲しくて悲しくて、どんだけ出てくるんだよ、ってぐらい涙が溢れる。
ぎゅうっと枕に顔を押しつけて、声を押し殺すと、携帯が鳴る。
…山崎さんかな…?
やっぱり失礼な事しちゃったから…電話でも謝っておいた方が良いかな…
布団の中に携帯を引っ張りこんで、ディスプレイを見てみると相手はそー君で…
嫌だ…はっきり聞かされるの…?彼女が出来たって…
それとも…彼女が居たから練習だったって言われる…?
惚気とか…相談なんて…聞きたくない…
そのまま放置してると、諦めたのか電話が鳴り止む。
その隙に電源を落として、枕の下に電話を放りこむ。
何…やってんだ、僕…
昨日から色々有りすぎたから…だから…きっと混乱してるんだ…
だから涙が出てくるんだ…だから…胸が痛いんだ…
ゆっくり休んだら…そしたらきっとちゃんと考えられる…
だから…きょうはゆっくり眠ろう…
涙…止まらないけど…
そー君の顔が…消えないけど…
でもきっと…きっと…
◆
次の日の朝、僕の顔は酷い事になっていて…
僕の顔を見てただ事ではないと心配した姉さんに、無理矢理会社を休まされてしまった。
でもそれは…正直…有難い。
昨日からずっと考えていて…夢でまで考えて…出てきた答えに僕は混乱しているのだから…
僕は…そういう意味で、そー君が好きなんだ…
昨日あんなに悲しくて、あんなに胸が痛かったのは…僕がそー君に恋しているから。
そー君も僕の事好きでいてくれてる、って思ってたから。
あの喫茶店のマスターは、そー君は真剣だ、って言ってくれたけど…
僕はそー君より凄く年上だし…何より男だし…
並ぶとお人形さんみたいにお似合いな2人を見せつけられると…僕なんかが隣に居ちゃいけない、って思ってしまうんだ…
アラームで電源の入ってしまった携帯は、ずっとメール着信を告げている。
そー君や…山崎さんや社長から、何件もメールが送られてきていた。
心配かけちゃってるな…
でも…
そー君のメールは怖くって見る事が出来ない。
山崎さんや社長のメールを見たら…きっと我慢しきれなくて一緒に観てしまう…
だから…メールはどれも見れないでいた。
もう一回電源を切って、がばりと布団をかぶるとやっぱり昨日の2人の姿が浮かんで涙が流れてくる。
どんだけ泣けるんだよ、僕。
どこの乙女なんだよ、僕。
脳内でツッコミを入れるけど、流れ出る涙は止まらない…
もう諦めて、思いっきり泣いたら、少しスッキリした。
暫く布団の中でボーっとしていると、控え目にノックされて姉さんが顔を覗かせる。
「新ちゃん…大丈夫…?」
こんな顔…見せられないけど…
心配して様子を見に来てくれた姉さんに顔も見せない訳にはいかない。
せめて、涙だけでも止まってくれたら良いのに…
もぐっていた布団から顔を出して、返事をしようと姉さんの顔を見ると、姉さんの瞳孔が開く。
「新ちゃん…泣いていたの…?もしかして…昨夜からずっと…!?一体どうしたの?銀さんに何かされた?言って御覧なさい。殺してくるわよ?」
瞳孔が開ききった姉さんが、くるりと踵を返してどこかに行こうとする。
やっ…ヤバいっ!!社長が殺されるっ!!!!
「ちっ…違います姉さん!社長は何もしてませんっ!!」
「じゃぁ…ジミー?それともマヨラー?」
「なんで会社の人限定なんですかっ!?僕、あの会社で苛められてるって思われてます!?」
僕が姉さんの腕を掴んで押さえると、やっと普通の顔に戻って首をかしげる。
「違うの?」
「違いますっ!どんだけ苛められっこなんですか、僕っ!」
「じゃぁ…どうしたの…?」
今度は、心配そうに僕の顔を覗き込む。
なんて…言えば良いんだろう…
「あの…それは…」
そのままなんて言えないし…かと言って姉さんには嘘はつきたくない…
僕が言い淀んでいると、姉さんは僕が言いだすまで待ってくれる。
「僕…失恋しちゃったんです…なんとも想ってないと思ってたのに…その人が他の人と仲良く歩いてるのを見ちゃって…それでやっと気付いたんです…僕…あの人が好きだったんだって…だから…気付いた時には失恋です…」
そう言って笑うと、又涙がこぼれてくる。
もう…情けないなぁ…
姉さんはそんな僕を黙って見ていてくれて、にっこり笑って頭を撫でてくれる。
「新ちゃんを振るなんて、その娘見る目が無かったのよ。さっさと忘れちゃいなさいな。ちょっと待ってて?卵焼き作ってきてあげる。昨夜から何も食べていないからお腹すいたでしょ?」
そのままバタバタと立ち去ろうとするけど…
今、アレを食べたら僕は死ねる…
「とっ…突然固形物食べたら吐くかもしれませんからっ!あのっ…ポカリとか…」
「…そうねぇ…じゃぁ買い物に行ってくるから新ちゃんはテレビでも見てて?悲しい事ばっかり考えてちゃ駄目よ?」
うふふ、と笑って家を出て行ってしまったけど…
確かに姉さんの言う通りだよね。
僕は着替えて居間でテレビを観る事にした。
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