運動したからなのか、安心したからなのか、急にお腹が空いてきて僕のお腹がぐう、と鳴ると、張りきったそー君がご飯を作ってくれると台所を占領した。
…そー君料理なんか出来ないんじゃない…?
「僕が作るよ?」
心配になってそう言うと、ニヤリと笑われる。
「大丈夫でィ、俺に任せて下せェ。」
そう言って、居間に押しやられる。
…本当に大丈夫なのかな…?
台所からはカチャカチャと軽快な音が聞こえてくるし、良い匂いもしてくる…
あ…この匂い…
「出来やした!ホットケーキ!!」
そー君が作ってきてくれたのは、ホットケーキで。
綺麗なきつね色に焼けていて、バターがとろりと溶けていて…とっても美味しそうだった。
「うわ…すごいよそー君!上手だよ!!」
「練習しやしたから!」
得意気に言うけど…そんな暇有ったっけ…?
「…何時練習なんかしたの…?」
「昨日でさァ!失敗作は全部チャイナに…あっ…」
慌てて口をつぐむけど…
「昨日は学校の用事で家に来ちゃった、んじゃなかったの?」
僕がじっと顔を見ると、つぅ…と目を逸らすけど。
すぐに僕に向き直ってボソボソと話しだす。
「…チャイナは…大喰らいだから…何でも食べるんでさァ…それに…意外とグルメで…美味いかマズイかはっきり言うんでィ…だから…俺の料理が美味く出来てるかどうか喰ってもらおうと思って…新八が…腰痛ェ時は…俺が飯作ろうと…思って…」
「僕の為に練習してくれたの…?」
「や…あの…言わねェつもり…だったのに…カッコ悪ィ…」
ぷぅ、と膨れて上目遣いで僕を見られたら…顔が緩んじゃうよ?
その気遣いが…すっごく嬉しい…
「ありがと。すっごく嬉しいよ…」
くすくす笑って頬っぺたにちゅう、とキスを落とすと、そー君の顔が真っ赤になった。
ほっぺちゅーなんかより、全然凄い事したクセに…変なの…
「…暖かいうちに食べて下せェ…」
「うん。」
ハチミツをたっぷりかけてぱくりと一口食べてみる。
うわ…すっごく美味しい…
「すっごく美味しいよ…そー君料理上手だね…僕が作るより美味しいんじゃない…?」
「そんな事ねェよ!!ぜってー新八の作った方が美味ェ!!」
「そうかな…?そー君も食べてみなよ。」
はい、とフォークに刺したホットケーキを差し出すと、一瞬戸惑ったそー君が、頬を染めてぱくりとかぶりつく。
「…新八に食べさせて貰ってっから…より一層美味ェ…」
真っ赤な顔でぷいっと横を向かれると、僕まで照れるじゃん…
お互い照れちゃって、もくもくとホットケーキを口に運んでいると、玄関がガチャガチャと鳴る。
…あ…姉さん…
ぱたぱたと、早足で居間に入ってきた姉さんが、そー君を見て驚いた顔になる。
「あら…新ちゃんお客様?」
どっ…どうしよう…なんて紹介したら良いんだ…?
こっ…恋人…?
僕がわたわたしていると、きゃるん、とした顔になったそー君が、姉さんにペコリと頭を下げる。
「こんにちわ、僕、沖田総悟と言います。新にいちゃんには小さい頃からお世話居なってます!」
そう言ってにこりと笑う顔は天使のようで…
「あら、『新にいちゃん』だなんて…新ちゃんが頼りにされてるだなんて、なんだか変な感じね。」
姉さんがくすくすと笑う。
こんな初めっから警戒しないなんて…初めてじゃない…?
「あの、僕、ホットケーキ焼いたんです。お姉ちゃんも食べて下さい!あ…お姉ちゃんだなんて僕…」
「良いのよ?新ちゃん大きくなっちゃってそんな風に読んでくれないから…ちっちゃい弟がもう1人出来たみたいで嬉しいわ。」
あはは…うふふ…と2人が和やかに笑い合う。
なんか…変な感じだけど…2人が楽しそうだから…良いのかな…?
「そー君…どうしたの…?いつもとちが…」
「え?何?新にいちゃん良く聞こえないよ?僕、いつもこうでしょ?」
「え…?うん…」
…そー君…そのキャラで押し通すつもりなのかな…?
「あら、新ちゃんってばそー君って呼んでるの?良いわね、私もそうしようかしら…」
「わぁ!じゃぁ僕も妙お姉ちゃんって呼んでも良いですか?」
「勿論良いわよ?あら、お茶が無いわね。私、紅茶を淹れてくるわね?」
「はい!」
姉さんが上機嫌で台所に行くと、すぐにそー君が僕の腕を掴んで低い声でぼそぼそと囁く。
「新八ィ…変な事言わねェで下せェ。折角上手く取り入ってんでィ、面倒くさくなるじゃないですかィ。」
「…やっぱりキャラ作ってたんだ…嘘吐き…」
「世渡り上手と言って下せェ。」
ニヤリと笑う顔は、悪そうだよ…
「妙お姉ちゃん!僕もお茶淹れるのお手伝いします!」
そう言って、そー君が走って行ってしまう。
なんだか納得いかないけど…確かに喧嘩するよりは良いか…
お茶を淹れた2人がきゃっきゃっとはしゃぎながら帰ってくる。
すっかり仲良しだよね…
うん…仲良しなのは、良い事だよね…
3人で紅茶を飲みながらホットケーキを食べる。
ぱくりとホットケーキを口に運んだ姉さんが、驚いた顔でそー君を見る。
「美味しい…そー君は料理が上手ね…」
「新にいちゃんに教えてもらったんだ。僕…新にいちゃんのお婿さんになれる?」
「あらあら、新ちゃんモテモテねぇ。」
姉さんがニッコリ笑って僕を見る。
あぁっ…!
…あれ…?目からレーザービーム…が出てないぞ…?
「何言ってるんですか姉さん!僕もそー君も男ですよ?」
一応突っ込んでみると、姉さんは微笑んだままで僕の頭を撫でる。
「あら、良いじゃない?そー君可愛いし、新ちゃんお嫁に貰っちゃいなさいな。」
「姉さん!?」
「わーい!お嫁さんお嫁さんー!」
えへへ、うふふ、と2人が可愛らしく笑ってるけど…
姉さんは冗談のつもりでも、そー君は本気だからね!?
肉食獣みたいな目で僕を見てるからね!?
僕1人疲れながらも、和やかにお茶会が終わって、時計を見たそー君がバイトの時間だと慌てて立ち上がる。
一応玄関まで見送ると、大急ぎで、それでもちゅっと音を立てて僕の唇にキスをする。
「行ってきやす!」
「…いってらっしゃい…」
僕がそう答えると、嬉しそうに笑って駆け出していく。
これから色々大変そうだけど…
そー君が嬉しそうだし…なにより僕が幸せだし…
なんとかなるよね。
◆
次の日会社に行くと、僕の周りは何故か大騒ぎになっていた。
女性社員は僕を元気づけてくれるし、男性社員はなんだかソワソワしている…
僕…何かしたかなぁ…?
昨日休んでる間に何か有った…?
首をかしげながらデスクまで行くと、いつも以上に社長がまとわりついてきたんで、ソレを振り払ってコーヒーを淹れに給湯室に行く。
コーヒーを淹れてデスクに戻ると、今度は山崎さんがニコニコ笑いながら僕の所に来る。
なんだろ…?凄く嬉しそう…
「新八君、大丈夫?」
「あ、昨日はすみませんでした…もうすっかり元気です!ところで…昨日何か有ったんですか?なんか皆変な気がするんですが…」
「新八君!無理する事は無いんだよ?失恋には新しい恋が必要だって言うじゃないか!俺なんか…」
「えぇっ!?なんで山崎さんがそんな事知ってるんですかっ!?」
「昨日新八君のお姐さんが会社に怒鳴り込んできてね?大変だったんだよ…」
山崎さんが遠い目をする。
姉さんー!?
帰りが遅いと思ったら…こんな所に来ていたなんてっ!
それも…なんてこと話してるんだよっ!!
「ごっ…ごめんなさいっ!皆さんにご迷惑おかけしてっ…」
「イヤイヤ、そんなの迷惑とかじゃないし。俺と君の仲じゃない。」
「そんな…有難うございます…でも、その件はちゃんと纏まったんで安心して下さい!僕、お嫁さんもらう事になったみたいなんで。」
「あ、そう良かった…って、お嫁さんー!?」
「はい!僕の誤解だったみたいで…晴れて両想いになったと思ったら、姉さんがお嫁さんにしなさいって…」
ちょっと照れて頭を掻きながらそう言うと、山崎さんが座り込む。
あぁ、凄い心配してくれたんだ…
「新八君ー…」
涙まで流して喜んでくれてるよ!良い人だなぁ…
ちょっと感動しながらも、さっさとデスクワークを済ませてお昼を食べて外回りに行く。
「外回り行ってきまーす。」
僕が声を掛けても皆大人しい…
いつもなら、社長や山崎さんやサブチーフが絡んでくるのに…
まぁ、楽だから良いか。
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