―――――僕がココに来て、1ヶ月が過ぎた。―――――

記憶は全然戻らないけど、ココの生活にもすっかり慣れてきた。
大体はミツバさんと一緒に家事をやっていた。沖田家は2人暮らしだけれど、ご両親が残してくれた立派な屋敷が有るのでやる事は沢山ある。…無駄に広いんだよな…掃除するだけでも1日で全部は終わらせられない程だ。
その上遊び盛りの総悟君がどんどん着物を汚してくるし…洗濯だって毎日しないと追い着かない。洗ったらほつれとか直すでしょ?んで、ご飯も1日3回作るし…小さい子が居るんだから栄養とか考えるし、勿論美味しいもの食べて欲しいし…ミツバさんは隙を見て一味入れようとするし………

って、僕はお母さんかよ!?

まぁ、コツを掴めば余裕も出来るんだけどさ。
僕もすっかりコツを掴めたみたいで、ちょっと余裕が出来て、アルバイトもやらせてもらうようになった。商店街の料理屋さんで皿洗いをしたり、料理を作ったりしている。流石に沖田家にお世話になりっぱなし、って訳にもいかないしね…

商店街の皆さんともすっかり顔なじみになって、3人で買い物に行くとオマケしてもらったりするようにもなった。
…おじさんやおばさんに、変な誤解されるけどね…ミツバさんと、ふっ…夫婦とかさっ…ミツバさんも否定してくれればいいのにっ!僕が赤くなるの、面白がってるんだよなぁ…

そんな中たまには総悟君と一緒に近藤さんの道場に行って、稽古をつけてもらったりもしている。
道場に通って(というより住みついて)いる皆さんは強くて、他流派をあまり知らない僕にはとても良い勉強になる。皆さん強面だけどとっても良い人達で、快く立会いをしてくれる。
中でも土方さんはとても強い人で、この人と立会いをさせてもらうと、凄く勉強になる。
…総悟君はなんだか土方さんの事嫌いみたいだけど…ミツバさんと土方さん、何かアヤシイもんなぁ…
お姉さん取られたくないのかな?総悟君がもう少し大きくなるまで大変だな、あの2人!

大忙しの日々はすっごく楽しくて、このままココで生きていくのも良いかな、と思ってしまう程だった。

 …ただ1つ…僕の大事な人の事さえ諦めれば…

僕がぼんやりと考え事をしていると、総悟君が、ととっ、とやってくる。

「しんぱちィ…しんぱちも、もうすっかりウチになれたよなっ…このままさ…ずっとウチにいればいいじゃん!」

いつもみたいに僕の袴に掴まって、上目遣いで僕を見る。
最近判ったけど、総悟君はとっても甘えん坊だ。初めのうちは、しっかりした子だと思ってたけど、あれはミツバさんを守る為に、ずっと頑張っていただけだったんだ…こんなに小さいのに…
僕が目線までしゃがむと、総悟君はぎゅうとしがみついてくる。

「総悟君、そう言う訳にもいかないよ。そのうちミツバさんもお嫁に行って、お兄さんと一緒に住むようになるんだから。僕なんか居ちゃ困るだろ?」

「…じゃぁ…しんぱちが姉上とけっこんすれば良いのに…おれのあにうえになれば良いのに…」

泣きそうな顔で総悟君が抱きついてくる。
う―っ…そんな顔されると流されそうだよ…でも…

「総悟君…でもね?ミツバさんは僕じゃ駄目だと思うよ?」

僕は知っている。ミツバさんは、近藤さんの道場に居る土方さんが気になってるんだ…

「…じゃぁしんぱち、おれのおよめさんになれよっ!」

総悟君が真っ赤な顔で言う。
可愛いなぁ!!ちっちゃいからまだ結婚の意味が良く分かってないんだろうなぁ!!

「どうしようかな――」

「おっ…おれ、ちゃんとおかねかせげるようになる!けっこんゆびわはきゅうりょうの3かげつぶんだぜっ!しんぱちの事たいせつにするし、かじもてつだうよぉ!!だからけっこんしよっ?」

真っ赤な顔のまま、ぶんぶんと両手を振って力説する。
もぅ、どこでそんな事聞いてきたんだ?テレビででも見たのかなぁ?ほんと、可愛いなぁ…!!

「じゃぁ…ちゃんと定職について、指輪持って来てくれたら、僕総悟君のお嫁さんになるよ。」

「ほんとか!?じゃあやくそく!!」

 ちゅっ

総悟君が僕のくちびるに、ちゅっ、とキスをした。

「やくそくのきっすでぃ。わすれんなよ?しんぱち!」

「うん、忘れな…アレ…?」

「どーした?しんぱ…あ―っ!?しんぱちがうすくなってくよっ!?しんぱちっ!しんぱちィ―――っ!!!」

僕の目の前が暗くなってゆく。アレ…?何だ?コレ…総悟君が、顔をぐちゃぐちゃにして泣いている。
あぁ…泣かないで、総悟君…僕は忘れないから………忘れないから………




気が付くと、僕の目の前は青味がかった灰色で一杯だった。その上何か息苦しくて…生暖かくて…湿っぽくて…何だ…?これは………水の中………?…イヤ、違うっ!!!!!
キス、されてるっ!?

僕は目の前にいた人を押しのけて、ぶっとばす。
ミツバさんと同じ髪の色で………黒い服の………

「何すんでぃ、新八ィ。忘れてるみたいだから思い出させてやろうとしただけじゃねぇか。約束のきっすを…」

この呼び方…この顔…え…っ…?えぇっっっっっ!?

「総悟君っ!?君なんでいきなり大きく…って、あれ…?僕何やって…って沖田さん!?アンタ往来の真ん中で何してくれてんですかっ!!!!!!!」

「いや、だから約束を果たそうと思いやしてね?俺ぁちゃんと稼げるようになったし、ほら、指輪も給料の3ヶ月分ですぜ?家事も手伝いやすし、勿論新八の事ぁ大切にしまさぁ。ホラ、約束ですぜ?結婚しやしょうぜ?けっこ――――ん!」

沖田さんが手をぶんぶんと振りながら叫ぶ。
恥ずかしいなぁ、もぅ…

「イヤ、それは総悟君と約束しただけで、ちっさいから結婚が何なのか分かってないと思ったから…ってか、アレ?沖田さん、何でそんな事知ってるんですか!?って…アレ…?」

僕が沖田さんを指差すと、得意満面で笑って自分を指差す。

「沖田総悟。」

「でっでも…ちびっこの頃の約束だし…もう大人なんだから結婚できるかどうかぐらい分かるでしょう…?」

「ひでぇなぁ、新八は子供だと思って騙したってぇ事ですかぃ…?」

沖田さんがしゃがみこんで、目の位置に手を持っていく。
…あからさまにウソ泣きじゃねぇか!!でも…仕方ないなぁ…最後に見た総悟君の泣き顔がかぶっちゃったら、もう仕方ないよ………

「分かりましたよ、約束しちゃいましたからね…大事にして下さいよ?」

沖田さんが僕を見上げてにこ―――――っと笑い、左手を掴んで指輪をはめる。
…そういう笑い方すると、総悟君だよなぁ………

「もちろんでさぁ、幸せにするぜぃ。姉上に譲らなくて良かったぜ!」

「あはは…総悟君気付いてなかったんだね?ミツバさんは土方さんの事好きだったんだよ?」

沖田さんが頬を染めて、ハァ、と溜息をつく。

「新八はニブいねぇ…姉上は新八の事、満更でもなかったんですぜぃ?」

「えっ!?ウソっ!!マジで?」

「マジでさぁ。だから俺ァ慌てて新八にぷろぽおずしたんでさぁ。」

きっ…気が付かなかった…僕の顔が真っ赤になる。
でも…どっちにしても僕はこの人の事忘れてなかったから…ミツバさんとは結婚は………しなかったと思う…多分………ちょっと心動くけどね………

「じゃぁ、姐御と近藤さんとウチの姉上に挨拶して早速式あげやしょうぜ!会場は屯所で良いよな!姉上が来てる時で丁度良かったぜぃ。行くぜ新八ィ!!」

「えっ!?ちょっ…早っ…!!」

沖田さんに手を引かれて走らされる。

小さかった総悟君が、まさか沖田さんだったなんて…なんて不思議な体験をしたんだろう。
…僕は…過去に飛ばされていたのかな…?
でも、どこに行っても…どんな時でも僕は沖田さんの所に行くんだな…

沖田さんの手をぎゅっと握ると、ぎゅっと握り返してくれる。
ちょっと恥ずかしいけど、繋いだ手が暖かくて何か幸せだから…良いか…

………良いのか………?


END