沖田さんは真剣な顔のまま僕を見て、ごくり、と唾を飲み込んだ。

「…まだそこまでは、いってないんで…?じゃぁ、まだ間に合いやすか…?俺も…俺も選択肢に入れてくれやすか…?俺は新八が好きだ、愛してる。土方なんざやめて、俺にしとけよ、新八ィ…」

え…?何…が…?今…沖田さん、なんて…?
僕が呆然としていると、するりと眼鏡が外されて、沖田さんの顔が近付いてくる。
唇に何か柔らかいモノが当たって…くにくにと動いてぬるりと何かが僕の口の中に入ってくる。
…って…キス…されてるっ!?沖田さんにっ…キス…っ…
僕の舌に絡められた沖田さんの舌に、つい反応して絡め返して気付く…

僕は、土方さんの、恋人…

「…っ…やっ…!」

どんっ、と沖田さんを押しのけると、びっくり顔の沖田さん…

「嫌じゃ…ねぇよな…?応えてくれた…よな…?」

「こっ…応えてませんっ!だって僕は…土方さんが…」

どっ…どうしよう…バレちゃいけないのにっ…
じっと黙って僕の顔を覗き込んでる沖田さんの目が怖い…僕の心の中まで全部覗かれてるみたいで…
このままこの人にしがみつけば…僕はきっと幸せになれる…でも…

「沖田さん、僕は土方さんの恋人なんです!沖田さんを好きなんて、有る訳ないんです!…有っちゃ…いけないんです…」

「…新八ィ…じゃぁ、何で泣いてるんでィ…嘘つくなよ…」

沖田さんが、ぎゅっと僕を抱きしめる。
あったかい…このまま抱きしめ返したら、僕は…

「嫌なんです…僕…ファーストキスだったのにっ…土方さん以外の人に奪われたなんて…僕、自分が許せない…」

僕は沖田さんを見上げて、ぎりり、と睨む。
と、沖田さんは困った顔になる。
もう少し…

「僕は、沖田さんなんか…沖田さんなんか…」

言えない…言えないよ…ウソでもそんな事っ…

「…ふぅっ…えっ…おっ…おきたさんなんか…」

子供みたいにボロボロと涙がこぼれてしまう。
こんな…泣き落としみたいな事…したくないのに…っ…

「…新八ィ…俺ァ我儘なんでさァ…オメェのそんな顔見たら…普通は引くだろうけどな…俺ァ引かねぇよ。どんな事してでもオメェを手に入れてぇ。だって、そんなに泣くほど俺の事好きなんだろィ?」

沖田さんがぽんぽんと僕の背中を叩いて宥めてくれる。

「…うっ…く…おき…たさんなんか…っく…嫌い…ですっ…ひくっ…」

やっと言えたのに…ゆるく優しく僕を抱きしめる手から逃れられない…だめ…だめなのにぃっ…

「総ォ悟ォォォォォォォ!テメェ、新八に何してやがる!!」

土方さんっ…僕がぴくりとして振り向くと、これ以上無いぐらい瞳孔を開いた土方さんが、僕等に向かって走ってくる。
思わず沖田さんの服をぎゅっと握ってしまったけど…僕が手を伸ばすのは、こっちじゃない…

土方さんに向かって手を伸ばすと、沖田さんにぐい、と引かれて抱き込まれる。

「土方さん、諦めて下せぇ。新八ァ俺の事が好きなんでィ。」

「僕っ!そんな事言ってな…」

「そんな事知ってる。それでも俺は今、新八の恋人だ。新八が俺に応えてくれる間は、新八を手放す気はねぇ。」

…土方さん…?…何言って…

「土方さん…?」

「新八悪いな。俺はお前が総悟に惹かれてるのは知ってた。それでも俺と一緒に居てくれるから、気付かねぇ振りしてたんだ。苦しめちまったな…」

「そんなっ…僕は…土方さんの恋人で…沖田さんの事は…」

土方さんがニヤリと笑って、僕の頭を撫でる。

「新八はまだそう言ってくれるのか…なら信じるぜ?お前の事。俺がお前を幸せにするから、総悟の事は諦めろ。」

僕が頷こうとすると、沖田さんがぎゅっと僕の頭を抱き込んで、動けなくする。

「頷くな!土方の言う事なんか聞くんじゃねぇよ!土方も認めてんじゃねぇか、新八、俺の事好きなんだろ!?泣くぐらい好きなんだろ!?諦められんのかよ…俺は諦めらんねぇ!!新八も俺の事好きなのに、何で俺達が諦めなきゃならねぇんだ!!」

「沖田さん…」

だって仕方ないもの…僕は土方さんと付き合ってるんだもの…

「こんだけ気持ははっきりしてんだろが!土方なんぞとは別れちまえよっ!結婚してねぇだろ!?

…別れる…?
あ、そうか…そんな選択肢も有ったんだった

「土方さん、僕と別れて下さい。」

僕が真っ直ぐ土方さんを見ると、土方さんが苦笑する。

「そうか…決めたのか…遅いだろ…判った、総悟と幸せになるんだぞ…」

「いえ、沖田さんとも付き合いません。」

「はぁっ!?何で…」

2人が怖い顔で僕を見る。

「僕、沖田さんの事が好きです。でも、土方さんと居て楽しかったのも本当です。だから…土方さんと別れて直ぐに沖田さんと付き合う…なんて出来ません。」

「オイ、新八、俺に気を使わなくても…」

「だから、僕が嫌なんです、そんな事…」

僕が2人を睨むと、2人がびくりとする。

「少し1人で冷静になって考えたいんです。それでも、どうしても好きだったら…その時は僕から告白します。」

「…その頃にゃぁ、俺はもう新八の事好きじゃぁねぇかもよ?」

沖田さんがムスっとして、僕を見る。

「その時は、仕方ないです。でも、それが僕の決めた道ですから…」

「俺は暫く待ってるぜ?結構気が長いもんでね。」

「じじいだからな。」

「総ォ悟ォォォォォォォォ!!!!!!!!」

抜刀した土方さんが、ひょいひょいと逃げる沖田さんを追って、居間を出て行く。
2人とも…さりげなく僕の前を去ってくれたんだな…優しい人達…

いつか…僕は決めるんだ、たった1人の人…
それは、あの優しい人達のうちの、どちらか1人で有れば良い…
決めるのは僕だけれど…そう、願ってしまった…


END