ご主人様は王子様



今日、私はアルバイトをクビになった。

どっ…どうしようっ!
確かに色々失敗しちゃったけど、こんなに早くクビになるなんて、思ってもいなかった…
こんなの知られたら…姉上にボコボコにされちゃうよぉっ!
それでも他にどこかに行く事も出来なくて、トボトボと家に向かって歩いていると、途中に大きなお屋敷が見えてくる。
あ〜あ…こんな大きな家の子だったら、こんなに苦労しなくても生きていけるんだろうなぁ…
はぁ、と大きく溜息を吐いてお屋敷を見上げると、門の所に何か張り紙がしてあるのが見えた。

『急募!メイド若干名』

メイドさん?
それって仕事は家事とか…だよね…?

『初心者可 制服支給 アットホームな環境です』

わっ…私でも…出来るかなぁ…?

『日給5万円』

…待って…
おかしい…こんなお給料高いなんて…何か有りそう…
凄く魅力的だけど…怖いもんね…

…見なかった事にしよう…



そのままトボトボと家に帰ると、居間には姉上が…
しまった!適当に時間潰してくれば良かった…こんな時間に帰って来たのを見られたら、クビになったのバレちゃう…
そ〜っと部屋に入ろうと、抜き足差し足で気付かれないように後ろを歩いて行くと、前を向いたままの姉上が私に声を掛けてくる。

「あら、八ちゃんお帰りなさい。こんな時間に…どうしたの?」

にっこりと微笑んだまま、姉上がゆっくりと振り返る。
こっ…怖いよぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!
それでもなんとか引きつり笑いを姉上に返すと、ビキッ、と音がして姉上の頭に怒りマークが浮かぶ…

「バイト…クビになったのかしら…?」

バレてるぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!ごっ…誤魔化せ…

「で?次の仕事は?」

無いぃぃぃぃぃぃぃ…

「あの…まだ決まらなくて…」

「じゃぁ、早く決めてこいや。」

すっごい笑顔なのに、有無を言わせない迫力は流石姉上。
…とか感心してる場合じゃないっ!!

「はいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」

走ってハローワークまで行っても、中々仕事は見付からなくて…
私は公園で時間をつぶして、姉上が出勤した後に家に帰った。



次の朝、せめて朝ご飯を作って姉上の機嫌を取ろうと早起きすると、やけにご機嫌な姉上が居間に座って私を待っていた…

「姉上、おはようございます…」

「おはよう八ちゃん。見てこれ!私凄く良い仕事見付けちゃったのよ?」

ご機嫌な姉上が差し出してきたのは、昨日私も見たお屋敷のメイド募集の張り紙で…
え…?コレ剥がしてきちゃ駄目なんじゃ…

「姉上…これは…」

「ほら、あそこの大きなお屋敷の。お給料も良いし、お嬢様がすっごく綺麗な方だったのよ?」

姉上ぇぇぇぇぇ!ヤバそうな雰囲気を感じて下さいぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!
あれ?でもお嬢様、って…姉上はあのお屋敷を知ってるのかな…?

「あの…姉上…」

「昨日出勤途中に見付けて、お話を聞いてきたのよ?今日面接だから、頑張ってね?」

うふふ、と柔らかく微笑んでるけど…全然断れない雰囲気だよ…

「…はい…」

ガックリと項垂れたけど、姉上は全然気にして無い感じだし…
嫌だなんて…言えないよね…
それに、お嬢様は良い人らしいし…お給料が良いのは大金持ちだからなのかな…?
行ってみないと分からないし、もし本当にヤバそうだったらお断りしてくれば良いよね…?

うん…どっちにしても仕事は探さなきゃいけないし…
面接受けるだけは受けてみよう!



なんとか思い切って、大きなお屋敷の前に立つ。
リンゴーン、と呼び鈴を鳴らすと、ゴリラに似た大きな男の人がやってくる。

「どちら様で?」

「あっ…あのっ!メイド募集の張り紙を見て…今日面接の約束をしている…」

「あぁ、志村さん。話は聞いています、どうぞ。」

にこり、と笑うと凄く優しそう…
この人は…執事さんなのかな…?

お屋敷まで暫く歩いて、更に中に入ってからも暫く歩く。
大きなお屋敷…
外から見るよりも、実際中に入ると大きさを実感する。

私がきょろきょろとお屋敷を見まわしていると、執事さんがクスクスと笑う。

「大きいお屋敷だろう?これだけ有ると掃除も大変でね。」

「はっ…はいっ!頑張りますっ!!」

思わずそう返事をしてしまうと、遂には執事さんがガハハと笑う。

「そうだな、決まったら頑張ってくれな。」

あ!そうだった…私はこれから面接だった…
恥ずかしくなって俯いてしまうと、執事さんがポンポンと私の頭を撫でてくれた。
その手が大きくて暖かくて…凄く安心してしまった…
ここのお屋敷の人達を怪しいなんて疑ってたのが恥ずかしい。
仕事がちゃんと決まったら、皆さんの為にお掃除とか頑張ろう!!
そう心に決めて執事さんに笑いかけると、ニカリと笑い返してくれる。
やっぱり良い人だ!
こんな人が働いてる所だもん、きっと良い職場だよね!!

一際大きな扉の前に立つと、執事さんが止まってノックする。
すると、中から物凄く綺麗な声が聞こえてくる…

だっ…誰だろう…?

促されるまま、失礼します、と声をかけて私も中に入ると、そこには王子様とお姫様が居た。
すっごく綺麗な男の人と、すっごく綺麗な女の人…この人達が、このお屋敷の方達なのかな…?
ぽーっと見惚れていると、お姫様がクスリと笑う。

「貴女が志村さんね?」

鈴が転がるような声、ってこういう声なんだろうな…
凄く…綺麗…

「…あっ…あのっ…はいっ!志村パチ恵です…っ…!」

あっ…!間違えた!!
緊張でガチガチになってるから…噛んじゃったよぅ…

「すみませんっ!八恵ですっ!志村八恵ですっ!!」

ペコペコと頭を下げながらそう言うと、くすくすと笑ったお姫様が私に微笑みかける。
うわぁっ…綺麗…キラキラ光って見えるよぅ…

「可愛い方ね。大丈夫、落ち着いて?お話は昨日お姉さんから聞いているから、今日あなたに会えるのを楽しみにしていたのよ?」

にこりと微笑まれると、顔に血が上ってきてしまう!
わぁぁぁぁ!お姫様が近付いてくるよぅ!!

「私は、今この屋敷の主を務めている沖田ミツバです、よろしくね?パチ恵ちゃんは今日から働けるのかしら?」

…こんな綺麗な人に小首を傾げられて、微笑まれて、断れる人なんて居るのかな!?
私は無理!絶対無理っ!!

「はいっ!今からでも働かせて下さいっ!!」

思いっきり頭を下げると、くすくすと笑われてしまった。
恥ずかしいよぅ…

「はい、宜しくお願いします。そーちゃん、貴方もちゃんと挨拶して?」

…そーちゃん…?って誰…?

「…沖田総悟…宜しく頼む。」

声がした方に慌てて顔を向けると、そこには王子様が居た。
わぁっ…!凄いカッコいい…
凄いなぁ…お金持ちで美男美女で…そんな夢みたいな人達居るんだなぁ…

「宜しくお願いします!精一杯頑張りますっ!!」

思いっきり頭を下げると、一瞬王子様がニヤリ、と笑った…?
でも、頭を上げると穏やかな笑顔で…気のせい…だよね…?