沖田一族の乱



始まってそうそうですが、僕は今日を限りに皆さんとお別れする事になるかもしれません。


何をおかしな事を、と思われるかもしれませんが、流石の僕も今日ばっかりは逃げ伸びる自信が無いのです。
何故なら僕は今日、アノ真選組の一番隊隊長沖田さんに呼び出しをくらっているからなのです。
ぜんっぜん親しくも無く、話をする事も稀な沖田さんが、僕に何の用が有るのか見当もつきません。
でも、それが何か良い結果を生み出す事だとは到底思えないのです。
神楽ちゃん関係の苦情なのか、銀さんのツケの回収なのか、それとも度重なる姉上の近藤さんへの狼藉に対する復讐なのか…想像する度怖い考えになり、自然と身体がガタガタと震えてくるのです。

あの人は一体僕にどんな用が有るのでしょう?
僕が一体何をしたというのでしょう?
そんなの本人に言えば良いじゃないか!何で僕にとばっちり!?
…きっと、僕が唯一まともに話を聞くヤツで、あの中で一番弱いからなんだよね…

それなら、そんなのバッくれて行かなきゃ良いじゃないかと思っていたのに、何故か僕の周りがソレを許さないのです。

まず、昨日朝食として暗黒物質を用意してくれた姉上が、恐ろしいほどの笑顔で僕に言ったのです。
『新ちゃん明日は沖田さんと約束が有るんでしょう?思いっきりたかってくるのよ?』
と…
何故姉上がその事を御存じなのかも分かりませんし、逃げたら僕が姉上にどうされるか想像したくありません。
ただ、冷凍庫の中にバーゲンダッシュが目一杯詰まっている事が不思議だという謎は解けた気がします。

更に畳み掛けるように、万事屋には大きな箱で宅配便が届きました。
差出人は、沖田さんでした。
そして、中には大量の高級ドッグフードに山ほどの酢昆布に埋め尽くすようなプッチンプリン…
完全に万事屋の皆も買収されています。あ、言っちゃった。
『新八ぃー!明日は頑張るネ!腰には気を付けろヨ。』
『あんま冷たくすんなよ〜?あ、万が一身体辛かったら2〜3日休んでも良いから。そんだけ我慢したらもう大丈夫だからな!』
『わふわふわふ(肩をポン)』

後半何を言っているのかよく分かりませんが、そう、僕の味方は誰1人居ないのです。
もう行かざるを得ないのです。
逃げ場は無いのです。

せめてもの対策で、僕は待ち合わせ場所を人の多いファミレスにして頂きました。
流石にこんな人の多い場所ならば、すぐに危害を加えられる事は無いだろうと思って。
何故か、その事を連絡すると電話の向こうの沖田さんはとても嬉しそうだったのです…やっぱり訳が分からない…



そんなんで、今僕は待ち合わせ場所のバトルロイヤルホストで、緊張でカラッカラの喉を日本茶で潤しています。
僕の今の手持ちじゃ、ドリンクバーぐらいしか頼めないから。

…それにしても沖田さん遅いな…

チラリと店内に設置されている掛時計で時間を確認すると、まだ待ち合わせ時間の10分前だった。
緊張しすぎて僕が早く来すぎたのか…

まだ時間が有るんで、今度はコーヒーでも飲もうかと茶碗を片手に席を立つ…と、僕の袴にぽすりと音を立てて何処かの子供がぶつかってきた。
おっと危ない。
僕がしゃがんで子供の目線になると、綺麗な髪色の可愛らしい子供が天使のような顔で僕に笑いかけてくれた。
うわぁぁぁ!かっわいい!!!

「どうしたの?お母さんは?お店広いから迷子になっちゃった?」

「ちがうよ!おれまちあわせだよ。またせてごめん、しんぱち!」

「は…?」

照れたように言って、きゅっと僕に抱きついてくる…わ…柔らかい…
ってかこの子今なんて言った!?しんぱち…って僕か…?
え…?僕はこの子を知らないよ…?誰…?

「あ、居た居た。お待たせー、新八ぃ!」

呆然と通路を見つめていた僕の視界に、今度は物凄く美味しそうな太股が近付いてきた…って太股っ!?
僕に抱き付いていた可愛らしい子供をそのまま抱き上げて立ち上がると、僕の名を呼んで親しげに手を振りながら、真選組の隊服に似てるけどちょっと違う黒尽くめのジャケットにショートパンツ姿の綺麗な女の子が近付いて…ってお通ちゃん!?
イヤでも髪の色が違うし…声だって違う。
ってか髪の色…この子と同じ…それに…そう言えば沖田さんとも同じ色だ…

「あっ、あの、この子のお姉さんですか?」

「ヤダ、違うよ…」

「え?じゃぁお母さ…」

そこまで言った僕の目の前に、刀が突き付けられる…ってギャァァァァァァァァァァ!!!

「お母さんな訳無いじゃん、ワタシ処女なのに。初めては新八にあげるんだからアホな事言わないでよ。」

「なっ…ぼっ…なぁぁぁぁぁっ!?」

しゃらん、と綺麗に刀を腰の鞘に納めたその娘が僕の腕に掴まって、ギュウッと、むっ…胸を押し付けてくるっ!?
え!?何この娘僕の事好きなの!?好きなのっ!?
初めて、って…どういう事!?そういう事!?
ってか僕の知ってる中にこんな娘居ない!
何?密かに片想いされたりしてた!?
うわばばば!!!どうしよう…ヤっちゃう?ヤっちゃう!?

僕がカチコチに固まったまま赤くなって立ち竦んでいると、その娘とちびっこが僕の座っていた席に座ってさっさと何か注文してた…え…?

「え!?何注文してるんだよっ!?君ら誰っ!?」

「沖田ソウゴ」

「沖田ソウシ」

「…お…きた…?」

そう言われてみれば、さっきから薄々感じてたけど、この2人今僕が待ち合わせしている人によく似てる…
沖田さんの兄弟…とか…?親戚とか…?
とにかく落ち着きたくてふらふらと歩きだすと、それに気付いたソウシさんが笑顔で立ち上がる。

「あ、新八ドリンクバー行く?ワタシもー!」

「おれ、オレンジジュースー!」

ソウシさんに腕をぎゅうっと組まれて、引っ張られるままドリンクバーで飲み物を注いでボックス席に戻る…と、更に1人、今度は紅いマントを着た偉そうな人が増えていた。
この人は、沖田さんが成長したらこんな感じなんだろうな、と思わせる大人の男の人だけど…何だろう…マント…
長い脚を組んで、姿勢正しく座ってる姿は物凄いイケメンなのに…惜しいなぁ…

「…あの…あの人も沖田さん関係の方なんですか…?」

そっと隣のソウシさんに聞いてみると、むぅと膨れた顔でチラリと僕を見る。
なっ…んて可愛いんだチクショウ!!
何だこの娘!僕をどうしたいんだこの娘!!

「…うん、カイザー…撒いてきたのにしっつこい!」

「…へぇ…カイザーさんって言うんだ…」

「新八くん、待たせたな。」

僕らに気付いたのか、カイザーさんが振り向いてにこりと笑いかけてくる。
凄い…あまりの格好良さに頭がクラクラする…どんなイケメン…
ってか、この人もここで待ち合わせだったのか…?
3人も沖田さんの関係者が僕と待ち合わせ…って…

あ!もしかして沖田さんが僕を呼びだしたのって仕事の依頼だったのかな?
親戚の人達が上京してきたから、江戸の案内を頼みまさァ、とか?
そっか!それなら納得。万事屋の中じゃ僕ぐらいだもんね、そう言う仕事ちゃんと出来るの。
…沖田さん…ちゃんと僕の事知っててくれたんだ…
なんだか嬉しくなって安心して、その上いつの間にか運ばれてきていたハンバーグの匂いが刺激して、僕はぐう、とお腹を鳴らしてしまった。
うわ、女の子の前なのに恥ずかしい!ちびっこと男はどうでも良いけど。

「何だ新八くんお腹が空いたのか?腹の音まで可愛いな。さ、我の膝に来るが良い。食事をしようじゃないか。」

カイザーさんににっこりと微笑んでポンポンと膝を叩かれても、そんな所に乗れる訳が無い。

「はぁ?バッカじゃないの?ワタシが新八の膝の上に乗って食べさせてあげるに決まってるじゃん。」

ソウシさんに、ねー?とか可愛く小首を傾げられても、そんな事出来る訳が無い。
どこのばかっぷるですか!?

「ちがうよ!しんぱちはおれといっしょにハンバーグたべるの!おれのとなりにすわるんだ!な?しんぱち?」

ソウゴ君が可愛らしくパンパンとソファを叩いているんで、ソコに落ち着く。
うん、これが一番自然だよね。