貴方で僕で
いつものように買い物に行く途中、細い路地から大通りに出る道で爆走していく桂さんとエリザベスさんを見かけた。
今日も大変だなぁ、なんてのんびり考えていた僕は、なんて愚かだったんだろう、ちょっと考えれば分かった筈なのに。
桂さん達が爆走してる、って事は、その後ろからも爆走してくる集団が居る、って事を。
そう、ちょっと薄笑いしながら無防備に大通りに出た僕は、横から爆走してきた黒い人達に巻き込まれた。
気付いた時にはもう遅くって、頭に激痛が走り、目の前には星が飛ぶ。
そのままぶっ倒れて巻き込まれて怪我でもするんだと思いながら僕が意識を飛ばそうとしたその時に、誰かがふわりと僕を包み込む。
あぁ、ぶつかって来た人が、僕を庇ってくれたのか…
ゴロゴロと転がりながらも、僕の身体はその人のおかげで少しも痛くない。
後でお礼を言わなきゃ…
そう思っても、段々頭が痛くなってきて目も開けられない…
僕は…どうなるんだ…?
意識が遠のく中、僕が唯一感じられたのは僕を庇ってくれている人の香りだけで…あぁ、良い香り…
次に目が覚めた時は、この香りがする人にお礼を言わなくっちゃ…
そう想いつつ、僕の意識は深い所に沈んでいってしまった………
◆
ふうわりと何処からか身体が浮かび上がったような感覚がして、僕の頭に思考が戻ってくる。
すぐに僕が感じたのは、少し前に嗅いだ、あの香り…助けてくれた人…?
そう考えていると、サラリサラリと僕の髪を撫でる優しい手が気持ち良い…
この優しい手は誰…?
姉上…?それともあの人…?
凄く幸せな気分のままそっと目を開けると、辺りがいつもより明るく見える。
…あれ…?僕、眼鏡掛けたまま寝たんだっけ…?
考え込みながらも次第と視界がはっきりしてくると、僕の目の前には優しく微笑んだ僕が居て、ドキリと心臓が跳ねる。
僕の感情は全く無視したまま、どんどん身体は熱くなっていって、ドキドキは止まらない。
何で………?
………ん………?……僕…?
僕ぅぅぅ!?えぇぇぇ!?何!?何で僕が僕見てんの!?鏡っ!?
慌てて起き上がって僕の顔を掴んでみると、ちゃんと手に取れて、予想以上にほっぺたが伸びる。
なっ…なっ…な…ってか体中が痛いっ!!
「痛ェなァ。人の顔掴んでんじゃねェよ。」
ベシッ、と手を払われて更に手までが痛くなる。
酷く不機嫌そうな表情の、眼鏡で黒髪の少年…やっぱりこの顔、僕…だよね…
全く訳が分からなくて、周りを見回してみても見覚えが無い。
唯一知っている僕は目の前に居る。
これは一体…どういう事なんだよ…
「…俺の顔で、んな情け無ェ表情してんじゃねェよ。」
「俺の、って僕は僕で…って…あれ…?」
僕から出たその声はいつもの僕の声では無くて…でも何処かで聞いたような美声で…え…?
慌てて顔を触ってみると、いつもと触り心地が違う…なんかスベスベだ…
頭も触ってみると、その髪はいつもより少しだけ長くって、サラサラで柔らかくって…前に引っ張って見てみると、綺麗なブラウン…
そのまま身体も触っていくと、僕は着物ではなく洋服を着ていて…白いシャツに黒いズボン…その上シャツの上からでも鍛え上げられた筋肉が分かって…
僕の身体じゃぁ…ない…
そうだ、眼鏡掛けて無いのに凄く良く見えてるじゃないか…
キョロキョロと又辺りを見回すと、枕元には綺麗にたたまれた黒いベストとジャケットと、真っ白なスカーフ…
この洋服は見た事が有る…真選組の隊服だ…
「新八くんやーらしっ。俺の身体、そんなに興味有りやすかィ?」
声のした方を恐る恐る伺うと、ニヤリと悪そうに笑った僕が鏡を持ってこちらに向けていた。
その中に映っているのは、顔をひきつらせた美丈夫…真選組一番隊隊長の沖田総悟で…
そっとニヤニヤ笑いの僕を指さすと、鏡の中の沖田さんもこちらに向かって指をさしていた…って事は…まさか…
「僕…沖田さん…ですか…?」
「やぁーっと気付きやしたか。鈍いお人でさァ。」
ニヤニヤ笑いがゲラゲラ笑いに変わる。
なっ…何が…
「イヤ!普通気付かねーだろォォォ!!!」
なっ…何だコレ!?
夢!?夢なのか!?
ギュゥゥゥとほっぺたを抓ってみると、凄く痛い…
「沖田さん!!コレ…コレェェェ!!!」
「夢では無いみたいですぜ?俺も目ェ覚ましてすぐに抓ってみやしたが痛かった。」
「…何の漫画ですか…?」
「小説でさァ。」
「………」
「………」
どっ…どうしようどうしようどうしたらっ!?
「沖田さぁん…」
「だから…俺の面でんな情けない表情すんな、気色悪ィ…」
「…すみません…」
零れそうになった涙をなんとか飲み込んで、ジッと僕の顔をした沖田さんを見る。
そんな事したってどうにもならないのは分かってるけど、そうでもしなかったら大人しくなんかしていられない!
「こういうのは昔っから誰かとぶつかった時に起こるって相場が決まってらァ。俺らも思いっきりぶつかっただろィ?」
「あ…そう言えば僕誰かにぶつかって…アレ沖田さんだったんですね…あ、あの時は有難う御座いました!僕が転んだ時庇って下さいましたよね。」
あの時庇ってくれたのが沖田さんなのは、今のこの身体が酷く痛むからハッキリしてる。
それに、あの時のあの香り…今もずっと続いてる。凄く落ち着く香り…
「…そんなん…俺ァ警察だから当たり前のことでィ…」
ふいっと顔を横に向けた頬が染まってるのは照れてるからなのかな?可愛い…
「でも、僕は嬉しかったんで。有難う御座いました!」
「…別に…」
更に横を向く僕の姿に、何だろう…さっきから心臓のドキドキが止まらない…
イヤ、あれ僕だからね?しっかり僕!!
「話逸らすな。ぶつかって入れ替わったってんなら、もっかいぶつかりゃ元に戻んじゃね?」
ぴょい、と指を立ててそう言ってくる沖田さんは子供みたいだ。
イヤ、見た目は僕だけど可愛い…って!ドキドキ治まれ!!
「そんなに上手くいきますかね?」
「知らね。ま、やってみる価値は有るんじゃね?」
…確かに…そう言われてみればそうか…
「そうですね。このまま黙ってても仕方ないですもんね。」
「おう。ま、元に戻れなかったら俺が新八くんを護ってやりまさァ。心配すんねィ。」
そう言って笑った顔は一転してキリリと引き締まって格好良い…って僕だし!!
…しかし、中身が違うだけで僕ってこんな色んな顔が出来るのか…ギャグ顔だけじゃないんじゃん。
元に戻ったら鏡見て研究してみよう…
「イヤ、護るって…僕も一応道場主なんですけど…」
「俺ァ真選組の斬り込み隊長でィ。常に攘夷浪士に狙われてらァ。それにお前さん…人斬れんのかィ?」
「…あ…」
そうだ、この人は真選組の隊長なんだ…そして、今は僕がその姿をしている…
呑気そうに見えても常に命のやり取りをしている人で…って!僕って今物凄く危険な立場なんじゃ…?
「取り敢えず元に戻るまでは出来るだけ黙ってた方が良さそうでィ。何処にスパイが潜んでっか判らねェからな。でもまァ、近藤さんと…土方さんには言っとかねェと仕事にならねェから二人には後で言うから。」
あぁ、確かに。今の僕じゃ沖田さんの仕事は出来ないよな…へぇ、実は色々考えてる人なんだ、沖田さんって…
実は凄い人…?そうだよな、隊長だもんな…ちょっと尊敬…
「はい、分かりました。僕の方は…誰にも言わない方が良い気がします。銀さんはアレですけど、神楽ちゃんに知れたら僕の身体が壊されそうですし、姉上に知れたら近藤さんの命の保証が出来ません。」
「おう。んじゃ取り敢えず、今すぐ頭ぶつけてみやすか。」
「そうですね。戻れるなら早い方が良いですもんね。」
向かい合ってお互いの肩に手を置いて見つめ合う。
…な…何でこんなにドキドキするんだ僕ぅぅぅ!?
だからコレは僕の顔だってば!!
「何でィ新八くん、その物欲しそうな面ァ。あ、貞操には気を付けて下せェよ?俺結構襲われてやすから。隊内で。」
「えぇぇっ!?きっ…気を付けます!!」
真選組恐るべし…やっぱり男所帯だとそういうの有るんだ。沖田さん綺麗だもんな…気を付けなきゃ。
「んじゃ」
「はい!」
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