まさか、こんな奇蹟が俺の身に起こるなんて、思ってもみなかった。
こんな俺にでさえ変わらず微笑みかけてくれるあのコ。
好きになるのに時間なんざ必要なかった。
でも、話をする事もそんなに無い俺ァ、何時まで経ってもあのコにとってはただの知り合い。
そろそろ攫ってでもお近づきになろうと想ってたってェのに、俺は本当の意味であのコの身体を手に入れた。
こんなチャンス、俺がみすみす見逃すなんて有り得ねェだろ?
かと言って、あのコの前じゃ碌な事出来ねェ。
だから、あのコと離れる時間が欲しかった。
そんな時、大切なあのコを迎えに来た保護者二人。
笑いを堪えるのは大変だった。都合良すぎるだろィ…
新八くんにメロメロな二人はちょっと可愛い仕草を見せてやると、あっさりと俺の言う事を信じやがるし。
デッカイ犬はちょっと疑ってたみてェですが、新八くんが宥めると大人しくなった。
上手い具合に屯所を抜け出た俺は、行った先の万事屋も早々に抜け出した。
しつこく食い下がってくる旦那とチャイナの扱いはたやすい事で、ちょっと甘えてやったら鼻の下伸ばしてデレッデレしてやがった。
なんか、一緒に寝るとか気色悪ィ事言ってやしたが、アイツラだけとは死んでも御免被りまさァ。
新八くんそんな事してるんですかねィ…?本当にそんな事してんなら、今度上手く言いくるめて止めさせてやらァ。
最終的には姐さんの名前を出したら二人は大人しくなった。流石姐さん最終兵器でさァ。ちょっと尊敬しちまうぜィ。
恒道館に着いてすぐに玄関で姐さんに掴まって、俺は居間の卓袱台の前に正座させられる。
え…?説教…?
そう気構えを固めてたっていうのに、パンパンと身体中を叩かれて無事を確認した後、姐さんは俺をギュウっと抱きしめた。
あぁ、本当に心配していたんですねィ…姉って生き物は皆そう言うモンなんですかねィ…
「真選組から新ちゃんが怪我をしたなんて連絡がきたからビックリしたのよ?一体何が有ったの?」
…あ、良い事思いついた。
「そんな事…土方さんが…いえ、何も…何も無かったんです…」
「…マヨ野郎が何かしたのね…?」
「いえっ!何も!何も無かった事に…して下さい…」
涙目で縋るように見上げると、姐さんの背後に般若が浮かぶ。
おぉ、恐ェ…土方死んだな。
「今日は疲れたでしょう?ご飯は作ってあるからお風呂に入ってゆっくり休むのよ?」
菩薩のような微笑みで見られっと、ちょっとだけうちの姉上を想い出しちまう…
まぁ良い。飯を頂いて風呂に入りやすか。
風呂こそ俺の真の目的ですからねィ。
さて、と卓袱台に向かい合うと、ソコには真っ黒に焼け焦げた何かと飯と味噌汁がホカホカと湯気を立てていた。
…アレは何でィ…?
取り敢えず、頂きますと手を合わせてソレを口に含むと、一瞬意識が飛びそうになる。
何でィコレは…うちの姉上の激辛料理の上を行くなんざ信じらんねェ…
新八くんは毎日こんなモン喰わされてんのか?早いとこ助け出してやんねェと!
でもまぁ、姉上の激辛料理に慣れてる俺には喰えないほどのモンでも無い。
なんとかもぐもぐやってると、嬉しそうに姐さんが居間に顔を出す。
「あら、新ちゃん今日は随分美味しそうに食べてくれているのね。上手に焼けたと思ってたのよ、卵焼き!」
…コレァ…卵焼きだったんですかィ…
想像の遥か上を超えていきまさァ…流石最強兵器…
でも、そんな事はおくびにも出さない。
「はい!いつも有難う御座います姉上。」
上機嫌で出勤して行く姐さんを門の所まで見送って、俺ァきっちり鍵を掛ける。
さてと…
お楽しみはこれからでィ…
◆
スカーフに苦戦しながらもなんとか隊長服を着た僕は、とにかく近藤さんと土方さんに事情を話しておこうと2人の姿を探して屯所内を歩いてみた。
無駄に広い屯所の中は、初めて訪れた僕には何処に何が有るのかなんて皆目見当もつかず、人っ子1人見当たらない…
途方に暮れて溜息を吐きつつとぼとぼと廊下を歩いて行くと、向かい側の廊下に隊士の人達を発見した。あの人達に道を聞こう!
「あのー!すみまっせーん!!」
慌てて駆け寄ると、2人が面倒臭そうに僕の方を見て、固まった。
あ、ヤバ…沖田さんっぽくなかったぞ、今の…
「ひっ…土方見てねぇか?」
なんとかソレっぽく繕って、ついでに睨みを聞かせると2人がビクリと肩を揺らす…ごめんなさい!
「ふっ…副長なら局長室におりました!」
「それはドコですか…ぃ?」
「あっ…あの…右手正面であります!」
凄いな沖田さん…こんな事でこんなに恐がられるんだ…一応フォローしとこう…
「有難う…でぃ。」
「「ヒッ…ヒィィィィ!!!」」
何故か2人が悲鳴を上げて走って逃げた。
なんだよ失礼だな、笑顔でフォローしただけなのに!
不愉快になりつつも教えてもらった通りに局長室に向かうと、丁度土方さんが部屋から出てきた所だった。
折角だから近藤さんと土方さん一緒に話した方が良いよな。
急がないと行ってしまう…
「土方さーん!」
呼びかけて駆け寄ると、身体が勝手に刀を抜いてスピードを上げて斬りかかる!?
沖田さんどんだけ身体に沁みついてんだよっ!?
土方さんが避けてくれたんで、なんとか僕が刀を鞘に納めると、抜刀していた土方さんが驚いたように目を見開く。
…うわぁ…やっぱ瞳孔開いてる…近くで見ると恐いな…
「すみません、身体が勝手に…お怪我は有りませんか?あの、僕近藤さんと土方さんにお話が有りまして…」
「総悟ォォォ!?おまっ…頭打ったとは聞いてたが…近藤さぁぁぁん!!総悟がおかしくなったァァァ!!!」
慌てまくった土方さんが、僕の手を引いて元居た局長室に駆け込む。
こんなに慌てるなんて、沖田さん、大切にされてるんだなぁ…
テンパりまくった2人になんとか僕が事情を説明すると、近藤さんも土方さんも腕を組んで考え込んでしまった。
…まぁ、そうだよね…
「そうか…迷惑を掛けたね。出来れば二人一緒に居て欲しい所だが…総悟の言うとおりお妙さんも心配しているだろうし、今日は取り敢えず様子を見よう。新八君、お腹減っただろ?俺達もこれから飯だから一緒に行こう。ついでに屯所の案内をしてあげよう。」
考え込んでいた近藤さんが、ニカリと笑って立ち上がる。
もっとずっと取り乱すのかと思ってたのに、すぐに僕の話を信じてくれるんだ…
ウチに来てる時はただのストーカーなのに…本当は凄い人だったんだな…
先に立つ近藤さんが、屯所の中を案内してくれながら食堂に連れて行ってくれた。
久し振りに食べた豪華なご飯はとても美味しかった。良いなぁ…毎日こんなの食べてるんだ真選組…
その後近藤さんと一緒にお風呂に入って、厠に寄って、沖田さんの部屋まで送ってもらった。
…なんか…父上みたいだな、近藤さん…
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