AND I
主を守るのが、僕らSPの仕事だ。
万が一主に危機が訪れた時には、いつだって僕が肉の壁になる覚悟は出来ている。
それが僕らの仕事。
それが僕らの使命。
…でも、僕にはそれだけでは無いのだけれど…
「…だからっ!必要以上に近付かないで下さい!イザという時沖田さんを護れないでしょうが!!」
「えー?俺は新八くんとイチャイチャしてェ。ここんトコ仕事ばっかで休みもねェし、休憩中ぐれェ良いだろィ?」
「良い訳有るかっ!仕事中はダメです!!」
僕が怒ると、むーっと膨れながらも後ろから僕に抱き付いてくるのは僕が護るべき主で…僕の恋人だ…
ここ最近で急成長したIT会社の若き社長、沖田総悟。
大学生の頃に気まぐれで会社を立ち上げ、その綺麗なビジュアルを生かしたマスコミ戦略で知名度を上げ、優秀な人材を見抜く目で会社を大きくしてきた。
そして、そのはっきりとした性格ゆえ、業界では結構敵が多い…
そんな沖田さんと僕は、彼が大学生社長の頃に出逢った。
警備会社に入ったばかりの僕は、SPとしてはまだまだ経験が浅くて…アイドルばりに追っかけが付いていた沖田さんのSPとして経験を積め、と、半ば付き人のような役割で、会社から送り込まれた。
そんな僕を、沖田さんはひと目惚れだなんて言ってセクハラしてきた。
初めは、なんてふざけた人なんだろうとすぐに担当を外してもらうように会社に申請したのだけれど、この人以外で僕が警護出来るような要人は居なくて…
仕事だと割り切って頑張ってた。
でも、ずっと一緒に居るうちに沖田さんの事を色々知って…
いつもふざけているようだけれど、本当は色んな事を真剣に考えてるとトコだとか。
ふとした瞬間に見せる笑顔がカッコいいだとか。
気を許した相手にだけ見せる、甘えた仕草が可愛いだとか。
そんな事が段々僕の気持ちの中に入り込んできて…いつの間にか、僕の心の中は沖田さんで一杯になった。
もう、この人が居ない生活なんか考えられなくなった。
一生分の勇気をもって、僕も好きですと彼に伝えた時の、嬉しそうな、はにかんだ笑顔を僕はきっと一生忘れない。
その時から、僕は本当のSPになったのだから。
そう、命をかけても主を護ろう、と思えるようになったのだから…
「新八ィ、なーに考え込んでんでィ。お前さんはいつだって俺の事だけ考えてれば良いんでィ。」
…本当に勘が良い人だ…
僕よりSPに向いてるよね、この人…
「勿論僕が考えてるのは沖田さんの事だけですよ。今は仕事中ですからね。」
「休憩中でィ…こうしてっと癒されるんでさァ。」
首筋に鼻を埋めてクンクンと匂いを嗅がれると、くすぐったくておかしな気分になってきてしまう…
全く、僕はとことんこの人に甘いんだから…
「折角の休憩時間なんですから、仮眠取って下さいよ、総悟さん…心配です…」
僕がプライベートでしか呼ばない名前で呼ぶと、ピクリと震えた沖田さんが力を抜いて僕に凭れ掛かる。
「だから、こうして新八を補充してるんでさァ…」
「総悟さん…大好き…」
ドキドキと背中越しに伝わってくる鼓動が凄く落ち着いて…幸せな気分がじわじわと溢れてくる。
なんて幸せに浸っていたら、沖田さんが更に僕に体重をかけてきて押し倒されそうになる。
なっ…こんな所でっ!?
「ちょっ…総悟さ…!?」
慌てて振り返ると、僕の顔の横ではスースーと気持ち良さそうな寝息が聞こえる。
「…やっぱり凄く疲れてるんじゃん…」
思わず笑ってしまって力が抜ける。
そーっと沖田さんの身体をずらして膝の上に頭を移動させると、ふにゃふにゃと幸せそうに笑う顔が可愛くて。
綺麗な髪を撫でると、気持ち良さそうに身体を丸める。子供みたいだ…
僕が沖田さんのくつろげる場所になっているのなら、とても嬉しい。
恋人の仕事が充実しているのは良い事だと思う。
だけれども、その分その身に危険が及ぶのは決して嬉しい事ではない。
ライバルの多い業界だから、軽い嫌がらせなんて日常茶飯事で…中にはその体に傷が付くようなものまで有って…
なんでもない事のように言っているけど、本当は心も傷付いているのを僕は知っている。
勿論、どんな傷も付かないように僕が護りたいのだけれど…全てから護りきるのは、今の僕には難しい。
だからせめて…癒しになれれば良いと思う。
少しでも僕がこの人の傷を治してあげられたら…良いと思う…
その後しばらく、沖田さんはやっぱり忙しくて。
少しの休憩時間で疲れをとるような生活が続いていた。
僕も仕事が手伝えれば良いのだけれど…機械の類は全くもって不得手な分野で…
力になれない自分がもどかしい。
「新八くーん、仕事もひと段落ついたんでランチ行きやしょう、ランチ!」
「ご苦労様です。それじゃ車回させます…」
「そんなんいらねェよ。久し振りなんだから近所の旨い飯屋まで歩いて行きやすぜ。」
「…仕方ないですね…まぁ、女の子に囲まれたらなんとか僕が逃がしますよ。」
「おー、大好きな総悟さんだもんな。嫉妬してくれやすか?」
ニヤニヤ笑いは僕をからかってるんだろ!
そんなんで僕がたじろぐと思うなよ?
「そうですね。他の人に触られるなんて御免被りますよ。」
フン、と顔を上げて言い放ってやると、沖田さんの顔が赤く染まる。
ざまあみやがれ!
「…俺もそうでさァ…新八がピンチの時は俺が護ってやりやす。」
ふわりと笑って、さりげなく唇奪ってくのは止めてくれないかな!
さまになりすぎてて心臓爆発するよ…
「じゃ、行きやすぜー」
2人連れだってレストランに向かう。
そう言えば…外に出るの久し振りかも…あの会社、何でも有るからな…
本当は僕だって知ってたんだ。
沖田さんが会社に籠りっぱなしでイライラしてた事。
それに、こんな狭い所にずっと籠ってなんかいられる人じゃ無い、って事も。
まぁ、命を狙われる程の危険も無いし、近くの店でランチぐらい…
そう思った瞬間、殺気が沖田さんを襲う。
辺りを見回すと、向かいのビルに違和感…アレは…狙われている…!!
すぐに沖田さんに覆いかぶさろうとしたのに、綺麗に微笑んだ沖田さんが僕の前にまわる…
飛び散る赤い液体…崩れ落ちる体…優しい微笑み…
「嘘…でしょ…?………何やってんだアンタァっ!?」
「俺のモン獲られんのは我慢出来ねェだろ…?いっちばん大切なモンなんだからな…」
受け止めた腕が、何かでズルリと滑る…
あ…
兎に角安全な所に…それに…止血…止血しなくちゃ…救急車も…
頭は妙に冴えるのに、身体が言う事を聞かない。
ズルズルと沖田さんを引き摺ってなんとか建物の中に移動すると、僕らの通った後には血の筋が残る。
女子社員の悲鳴と、誰かの叫ぶ声…
全てがどこか遠くの出来事のようで、僕は物陰に沖田さんを移動させて、止血の為に上半身を脱がせていく。
撃たれたのは…腕っ!?よりによって…
すぐに傷を見ると、弾丸は上手く通り抜けているようだけど…血が止まらない。
ハンカチを出してきつく縛ると、勢いは…無くなった…
でも、すぐにでも医者に診てもらわないといけないのに…何故か沖田さんはニヤニヤと笑っている。
「何笑ってんですかっ!?」
「イヤ、真剣な顔の新八くんも可愛いなァ、と思って。」
「アンタ馬鹿じゃないですか!?撃たれてるんですよ!それも腕だなんて…使えなくなったら仕事できなくなるんですよ!?それに下手したら命だって…なんで僕を庇うんですか…僕はアンタのSPなんですよ…仕事させろ…っ!」
「言ったじゃねェか、いっちばん大切なモノなんだって。それに、命はなんとか護ってくれるんだろ?SP様?」
「…護りますよ…絶対…絶対っ!」
近付いてくる救急車のサイレンを聞いて、零れ落ちる涙を拭いつつも、僕は無くしたくない大切なヒトを抱きしめた。
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