三カ月分と紙きれと



どうしても手離したくないモノが出来たら、アンタならどうしやすか?



俺ァ今一生に一度の恋をしている。
何を大袈裟な、と思うかもしれやせんがコレは本当に本気の言葉なんでさァ。
18年も生きてきて、俺ァ誰かに恋焦がれるなんて事ァ初めてで。そんな事一生しねェし必要ねェなんて思ってた。
それなのに、俺ァアイツに…志村八恵に出逢っちまった…

化粧っ気も洒落っ気も無い黒髪おさげの地味なダサ眼鏡だし、俺に堂々とツッコミを入れたり小言を言う煩せェ奴なのに…何故かそのツラが可愛く見えたり手が触れただけで心臓がぶっ壊れそうなぐらい騒いだ。
初めはどっか身体がおかしくなった、俺ァおかしな病にかかっちまったと思った。
もう、死んじまうんだと思った。
だから俺ァスゲェ覚悟を決めて近藤さんにそう告げた。
すると近藤さんはスゲェ良い笑顔で
『それは恋だ!』
と言って、バンバンと俺の肩を叩いた。

その手の暖か味と叩かれる振動で、俺の心に何かがストンと落ちてきて…
俺ァ、志村八恵に恋してるんだ、って判っちまった。

そっからはいてもたってもいられなくって、暇さえ有れば俺ァパチ恵ちゃんの元へと通った。
始めは警戒心丸出しで俺の顔を見ると怯えていた彼女が、段々と姐さんバリに嫌そうな顔をするようになって、それでも諦めねェで毎日通って色々貢いだり買い物の手伝いしたりしてたら俺に笑ってくれるようになった。

その笑顔は他のどんな顔より最高に可愛いくて、堪らなくなって何も考えないまま俺ァパチ恵ちゃんに自分の気持ちを伝えた。
その時の真っ赤に染まった恥ずかしそうな顔と、ふんわりと微笑んだ嬉しそうな顔は、『私も沖田さんの事が大好きです』の言葉と共に俺の心のアルバムに永久保存してある。


受け入れられた俺の恋は『お付き合い』ってのに繋がって、俺とパチ恵ちゃんは恋人同士になった。
それは、一緒に居られる時間が格段に増えて、お互いの事を沢山知って、もっと色んな新しい事を知る事で…
知れば知るほど俺ァパチ恵ちゃんにどっぷりとハマっていった。
もう二度と手離したくないと想うくらい。
手離すぐらいならこの手で亡くしてしまいたくなるぐらい。

それなのに、何も知らねェパチ恵ちゃんは皆に笑顔を振りまいて皆に優しくて。
俺ァこんなんだし、いつか愛想を尽かされて他の男に持ってかれるんじゃないかと毎日気が気じゃなかった。

大体パチ恵ちゃんは気付いて無いみてェだけど、アノ子はモテる。色んな野郎共に虎視耽々と狙われてんだ。
ちょっと油断したら、あの手この手で攫っていこうとしてる奴等が身近に山ほど居る。
まぁ、そう簡単に俺が油断するなんて有る訳無ェけどそれでも万が一、ってのが有るじゃねェか。
だから今俺ァ給料の三カ月分と紙っきれを携えて、真っ赤な顔をしたパチ恵ちゃんの前に正座してる訳なんですが…


「…へ…?…えっと…沖田さん、今何を…」

ニブいニブいと思っちゃいやしたが…ここまでたァ先が思いやられるぜ。

「パチ恵…いや、志村八恵さん。こっからの俺の人生をアンタにあげやす。だからこっからのアンタの人生も俺にくれやせんか?」

あちこちで調べた最高のキメ台詞をぶちかましたってェのにまさか通じてないってんじゃねェだろうな?
…イヤ、パチ恵ちゃんなら有り得る。なら…

「あー…毎朝俺に味噌汁を作ってくれやせんか?」

「えっと…」

「一緒の墓に入ってくれィ。」

「あの…」

「俺のパンツ洗ってくれやせんか?」

「それは…」

「結婚して下せェ。」

メジャーな台詞を並べても判っちゃくれないんで、遂には何の捻りも無ェ台詞を吐いちまった。
でも、流石のパチ恵ちゃんだってこれなら判ってくれるだろ?

俺に出来る限りの真面目なツラでジッと見つめてっと、もうこれ以上赤くなれねェんじゃねェかってぐらい真っ赤に顔を染めたパチ恵ちゃんがパクパクと口を動かす。

「なぁ、はい、って言ってくれィ。」

良い雰囲気だしそっと顔を近付けて唇を塞ごうとすると、慌てたパチ恵ちゃんが俺の頭をグイグイと押しのける…なんでィ…

「沖田さんっ!冗談も程々にして下さいっ!!私まだ16歳ですよ?沖田さんだってまだ18歳ですっ!!!」

やっと口を開いたと思ったらそんな事ですかィ…
全くパチ恵ちゃんは物知らずだねィ。

「何言ってんでィ、俺達ァ愛し合ってるだろ?それに18と16ってのは立派に結婚出来る歳なんですぜ?知らないんですかィ?このウッカリさん。」

ちょっとだけイラついたんで、デコを思いっきりツン、とつついてやるとパチ恵ちゃんはデコを押さえて蹲る。

「痛ァァァ!少しは加減して下さいっ!!普通プロポーズした相手にこんな事しますかっ!?」

涙目で睨みつけてくるけどこんなんぷろぽーずした後の雰囲気じゃねェよ!
もしかしてパチ恵ちゃんは俺の事なんざ遊びだったのか!?
『彼氏なら良いけどぉー、結婚はナイわーナイナイ』なんて思われてんのか!?

「俺は何時だって心配で堪んねェんでさァ!パチ恵ちゃんが誰かに盗られるんじゃねェかって…好きで好きで大好きで誰にも渡したくなくて、本当は首輪着けて誰の目にも届かねェ所に監禁してェけど。でもんな事したらパチ恵ちゃん笑ってくれなくなるって事ぐらい俺にだって判るから…だからずっと一緒に居るにはこんな紙っきれに頼るぐらいしか思いつかなくて…」

一気にそこまでぶちまけちまってハッとする。
情けねェ事言っちまった…それに、パチ恵ちゃんが逃げちまうような事も。
そっと顔を窺うと、驚いたように見開かれた目がゆっくりと細められる。
恐がられて…逃げられちまうのか…?

「私、そんなに想われているなんて思ってもみなかったです…有難う御座います。」

ふわりと微笑んでそう言ってくれるって事ァ…
期待を込めて、次の言葉を促すように俺も微笑む。

「でも、結婚だなんて早いと思うんです。沖田さんにはこれから先、もっと沢山の出逢いが有ります。これから凄く素敵で凄く気が合う最高の女性に逢う事だってあると思うんです。だって沖田さんはこんなにカッコ良くって優しくて素敵なんだもの!…その時に…私が邪魔をしたくないんです…」

凄く真剣な顔で、俺を諭すようにそんな事を言いやがる。段々俯いちまって表情が見えねェけど…笑ってはいねェよな。
ったく何言ってんだ?コイツ…まさか俺がこの先パチ恵ちゃん以外の女に惚れるとでも思ってんのか…?

「俺が惚れんのはこの先もずっとパチ恵だけだから問題ねェ。」

俺がそう言いきると、スゲェ勢いで顔を上げて、目ん玉飛び出るんじゃね?ってぐらい驚いて俺を見た。

「なっ…何言ってんですか!そんなの分からないじゃないですか!後でもっと好きな女性が現れたって、結婚なんてしたら私沖田さんと離れる事なんて出来なくなっちゃうんですからね!離婚しようとしても別れたくないって言ってめんどくさくなっちゃいますよ?絶対!!…そんなの…沖田さんに嫌われちゃうじゃないですかっ!!」

じわりと溢れる涙を零さないように必死で堪えるたァ…これ以上俺をどうしたいんでィ!?
そんな顔されたら益々惚れるじゃねェか!おっそろしい女でさァ…

「俺ァ今迄もこれからもパチ恵以外興味無ェし、ムスコが反応すんのもパチ恵にだけでィ。くだらねェ心配すんじゃねェや。」

「お互い様ですっ!私だって他の誰かに盗られる事なんかある訳ないじゃないですか、地味をなめないで下さい…ってなんか自分で言ってて悲しくなってきた…とにかく、くだらない心配しないで下さいっ!!」

そんな事言われたらもうこれ以上我慢なんて出来なくて。
パチ恵のやわらけぇ身体を抱きしめると大人しく俺に抱き付いてきた。
あー、気持ちい…やっぱりコイツが良い。コイツしか要らねェ。

「俺ァ馬鹿だからそんな先の女の事なんざ考えられやせん。ま、ジジイになってもパチ恵にしか興味無いと思いやすけどね。」

身体を離してニヤリと笑ってやると、涙を零してグスグスと鼻をすするパチ恵もニコリと笑う。

「そんな事言ってたら本当に嫌だって言ってももう絶対離れてあげませんからね!覚悟して下さいよ?」

むぅっと睨んでくる顔も可愛くて、俺は迷わずその尖らせた唇にキスをした。





そのままの流れでパチ恵の左手に約束のシルシを嵌めて、紙っきれに一文字一文字したためていく。
コイツを役所に出しちまえば、もう誰にも邪魔されねェ…

「沖田さん、この証人っていうのは…」

「えーと…成人であれば誰でも良い、って書いてありやす。」

俺が携帯でググるとそこにはそう書いてあった。
成人って事ァ…

「近藤さんとか万事屋の旦那とかですかねィ。」

「そうですね、大人の………って!なんか流れで婚姻届書いちゃってますけど、まだ誰にも挨拶とかして無いじゃないですかっ!近藤さんとか沖田さんの姉上様とか銀さんとか…姉上にだって何も言ってないのに勝手に結婚なんて出来ませんよっ!!」

…チッ…気付いちまったか…
なんとなく流れで書類出しちまったら誰にも何も言われねェと思ってたってェのに…

「先に既成事実作ったら反対されても誰も文句言えねェと思ったんですけどねィ…」

「そんな駄目ですよっ!!…大好きな沖田さんとの結婚だから…やっぱり皆にもちゃんと認めて欲しいです…」

!!
そんな事言われたらなんとかしなきゃ男じゃねェだろ!俺ァ頼れる旦那になるんでィ!!
仕方ねェ…

「そうですねィ、反対されたら説得しやしょう。ちゃんと俺達の気持ちを話したら皆判ってくれやす。」

「はい!ちゃんと話せば皆分かってくれますよね!!」

キラキラした信じきった目でそんな事言われたら、是が非でもその願い叶えてやりたくなりまさァ。
絶対皆に祝福されて結婚してやらァ!

「そんじゃ、まずは屯所に行きやすぜ。俺の姉上は武州に居やすから日を改めやしょう。」

「はい。」