ヒミツの新八くん
ここかぶき町で、万事屋として働く僕志村新八には、秘密がある。
それは、にわかには信じられないようなおかしなもので………
「お〜い、新八〜お客様にお茶〜」
「喜んでェェェ―――!」
おっとイケナイこんなモノローグ入れてる場合じゃなかった!
常に仕事の無い万事屋に久し振りに舞い込んだ仕事は、近くにある銀魂高校の女生徒がストーカーに悩んでいるからなんとかして欲しいという依頼だ。
同じくストーカーに悩んでいる僕の姉からの紹介だから、格安サービスにしなくちゃいけないものなんだけど…
それでも久々の収入には違いないし!ストーカーなんて許せない行為なんだから、僕らは否応なしにこの依頼を引き受けたんだ。
来客用のソファに腰掛けた依頼人が、キョロキョロと部屋を見回して、僕らを見る。
死んだ魚の目と名高い社長の銀さんこと坂田銀時。
酢昆布をくわえてジッと依頼人を見ている、見た目は美少女の神楽ちゃん。
そして、地味な同年代男子の僕。
こんな3人の万事屋じゃあ不安なのか、彼女はかなりそわそわと落ち着かなそうだ…姉さんの紹介じゃなきゃ、来る事もなかった場所だろうしね…
彼女が落ち着くように温かい紅茶を淹れて「どうぞ」と前に置くと、不安そうに見上げられたんで出来るだけ柔らかく微笑みかけた。
そうしたら少し落ち着いてくれたのか、溜息をついて紅茶を飲んでくれた。
「あ…美味しい…」
そう言ってそっと微笑みを返してくれたから、僕は銀さんに目配せをして、依頼の話が始まった。
「え〜っと、ストーカーに悩んでるって事だけど…アレなの?お妙みたいにゴリラに付きまとわれてるから退治して欲しいの?それとも誰がストーカーなのかつきとめて欲しいの?」
ダラダラと銀さんが話を始めると、もう1口紅茶を飲んだ依頼人が堰を切ったように話出した。
「『誰が』っていうのが解れば良いんです!私のは調べてもそれが誰なのかが全く解らないんです…視線は感じるのに姿が全然見えなくて…初めは上手く隠れてるんだって思ってたんですけど、私が視線を感じた時に一緒に視線を感じた友達にも全く姿が見えなかったんです!彼女は私の正面で話をしてたから、後ろに居る人なら見えた筈なのに…!それに、毎日この手紙が靴箱に入ってて…」
そう言ってカバンから出されたのは、真っ白な便せんに綺麗な文字で『好きです』とか『愛してます』とだけ書かれた手紙だった。
「え?これだけ?名前も書いて無いけどただのラブレターじゃね?」
「はい、私もそう思ってたんですけど…最近になって少し変わってきたんです…」
次々と便せんを見ていくと、その内容が段々と変わっていった。
『君を見守っている』『近くにいきたい』『僕を見付けて』『僕の傍に来て』『僕を見て』『僕の声を聞いて』『傍に居るよ』『君の隣に』『君を連れていきたい』
「だんだん恐くなってきて…最近はドコに居てもずっと見られてるんです!でも、名前も姿も解らないし、私の前には現れないから止めてって言えないし…」
涙目になった依頼人が、縋るように僕らを見てくる。
女の子をこんなに怖がらせるなんて…本当にこの娘の事好きなのか!?ソイツ!!
「トイレやお風呂や着替えの時もアルか?」
珍しく黙って話を聞いていた神楽ちゃんが、そう話をフッてくる。
そこまでやったらストーカーどころの話じゃないよ!!
「いえ、そういう所では視線は感じません。それに、視線を感じるのは学校の中でだけなんです。外に出たら視線はパッタリと無くなって…手紙も学校の靴箱にしか届かないんです。」
「…それ…ストーカー…なのか…?」
何かを感じたのか、銀さんに緊張が走る。
もうソレが誰なのか解ったのかな…?さすが、イザという時は煌めく男だよ!!
「それすら解らないのが恐いんです!お願いします!!その人を見付けて一体どうしたいのかを聞いて下さい!!!」
銀さんが僕らを見回すんで、僕も神楽ちゃんも頷いた。
「わかりました。この依頼、お引き受けしましょう。」
ペコペコと頭を下げて帰っていく依頼人を見送って僕が事務所に戻ると、神楽ちゃんが銀魂高校の制服に着替えてて、銀さんはどこかに電話していた。
「潜入調査するんですか?」
「お〜、神楽と新八がな。」
「えっ!?僕もですか?」
「だってオメ〜、神楽だけじゃ不安だし…」
銀さんが神楽ちゃんを見るんで僕も神楽ちゃんを見ると、ものっそ早いシャドーボクシングをしていた。
………犯人死ぬんじゃ………
「…そうですね、僕も行きます。えっと、銀魂高って学ランで良いんでしたっけ?」
「イヤ、ちゃんと用意してある。」
そう言って凄く良い笑顔で2人が持っていた制服は…神楽ちゃんと同じ、銀魂高の女子制服だった…
「何で女装かァァァ!?」
「だって潜入調査だし。オマエ男のままだと面倒だろ?モテモテで。銀さん心配だも〜ん浮気しないかって。」
「浮気って言葉の意味知ってます?雇い主と従業員ですよ、僕ら。」
「いちいちワタシが助けてると調査出来ないヨ。魔法でパッチーナになってたら誰も見向きもしないネ。」
「地味に傷付くけど確かに…仕事にならなかったら困るよね…」
「イザとなったらパッチーナのダメガネパワーでちゃちゃっと片付けるヨロシ。あのコ怯えてて可哀想ネ。」
…そう、初めに言ってた僕の秘密。
それは僕が何の間違いか『正義の魔女っ娘パッチーナ』になってしまったと言う事なんだ…
何で男の僕がそんな事になってしまったのかは、もう不幸な事故だったとしか言えないんだけど…そのせいで僕は、悲しい事に男の姿でいる時にはやたらと男の人にモテるようになってしまって…学校に通うのはもちろん、普通に街を歩くのも面倒くさい事になってしまったんだ。おかげで通っていた学校も辞めなくちゃいけなくなってしまって、今はアルバイトしていたこの万事屋に正式に務めているんだけど…社長の銀さんもその変なフェロモン?にやられておかしな事をたまに言うんだ…
逆に魔法でパッチーナになってたら地味で目立たなく居られるんだけどね…結構可愛いし、スタイルも良いと思うんだけど…おかしいよね。
魔法は万事屋の仕事には使える力だからちょっと便利なんだけど…僕がパッチーナだってバレると魔法の国に連れて行かれるらしくてコレは絶対秘密なんだ。
銀さんと神楽ちゃんにバレた時はもう大変だったよ!
魔法の国の王子だっていう、変なハムスターみたいなハータってヤツが僕を連れ去ったのを銀さんと神楽ちゃんが助けに来てくれて…なんとかココに戻って来る事が出来たんだ。
「そうだね、出来るだけ早く解決したいよね。」
「そうアル。それに、今回はワタシじゃどうにも出来ないかもしれないヨ…だから銀ちゃん行かないんダロ?」
「え?何が?俺が高校生になれると思うのか?」
やたら焦って銀さんが言い訳するけど、何でそんな方に考えが向かった…?
「イヤ、教職員でも良いでしょうが…まぁ、僕ら2人で出来る仕事ですしね。今回は僕らで解決しますよ…ね、神楽ちゃん。」
「おう、ぱっつあんとのコンビネーション見せてやんヨ。家で震えながら嫉妬しな銀ちゃん。」
2人が睨み合ってるけど…パッチーナの魔力がこの2人にまで影響してるのはなんだか悲しいよ…
銀さんは男だから特に酷いよね、浮気だのなんだの。
何で僕が職場の上司(男)と懇ろにならなきゃいけないんだよ…
「銀魂高の理事長には話ついてっからな〜明日から早速潜入ヨロシク。」
ニヤリと悪そうに笑った銀さんの手には、さっき前金としてもらったお札が光っていた。
万事屋の明日のご飯の為、何よりあのコの恐怖を取り除く為…
「らぶりんぴーすでがんばるにゃん☆」
「…って何僕が言ってるみたいなアテレコしてるの神楽ちゃんんん!」
「せっかくダロ、魔女っ娘らしくしろヨパッチーナ。」
「勘弁してよ………」
◆
翌日。
僕らはそろって銀魂高校に転入する為に通学路を歩いていた。
勿論僕は魔法でパッチーナになって、地味な女子学生として…
一応登校前に僕らが立てた作戦は、色んな意味で目立つ神楽ちゃんを陽動として、その隙に影のように目立たない僕が動き回って情報を集めるというものだ。余裕が有れば神楽ちゃんも情報収集しようって事にはなってるけど、変に目立ってストーカーに気付かれて逃げられても困るからね。
「お!パチ恵ヤバいアル!!チコクしそうな時間ヨ、走るネ!」
「え…!?」
いきなり手を引かれて走らされた僕は、足をもつれさせて転んでしまった。
そのせいで繋がれていた手が離れてしまったっていうのに、猪突猛進な神楽ちゃんは気付かないまま行ってしまった。
神楽ちゃんのバカー!
転んだ拍子に僕のスカートが思いっきりめくれあがっちゃって、恥ずかしくって立てないよ!!
せめて戻ってきて笑い飛ばしてよォォォ…
でも、ドドド…と遠ざかっていく足音は戻ってくる気配なんか全然無くて…僕はもう顔も上げられない…
スカート抑えたまま道端に座り込んでいると、てくてくと僕に近付いてくる足音が聞こえる。
あぁぁ…きっとこの人は僕の痴態を見ていられなくて、助けてくれる親切なヒトだ…
「あー…大丈夫ですかィ?痴女。」
「ありが…って今とんでもない事言われた!?事故です!ワザと見せたんじゃありませんっ!!」
転んでパンツ丸見えになった女の子に何て事言うんだコイツ!
漢としてこの失礼な男を諌めてやろうと顔を見上げて睨みつけてやると、そこに居たのは色素の薄い王子様のような物腰のイケメンで…つい見惚れてしまった。
「スゲェな、偶然でそんなんなるのかよ…才能…?」
感心したような口調で驚いた表情をしてるけど、口の端が笑っていやがる…かんっぺきに僕の事バカにしてるだろ、コイツ…!!
「そんな才能有りませんから!笑いたきゃ笑えば良いだろ!!」
それでも手を貸そうと差し出されていたソイツの手を叩き落として立ち上がると、今度は本気で驚いた顔で僕を見て、とても楽しそうにニヤリと笑った。
「俺の手を叩き落とすたァ珍しい女でィ。尻の形も良かったし乳も中々じゃねェか…決めた、オメェ俺の彼女になりやがれ。天国に連れてってやりやすぜ?エロい意味で。」
僕が避ける間もなく近付いてきたソイツが、いつの間にか僕のおっぱいを掴んでやわやわと揉んでいた。
天国とか言うだけあって、気持ちい…って!
「ギャァァァ!何すんだチクショー!!」
僕が我に帰って離れようと身体をよじったっていうのに、上手い具合に拘束しているのか逃げられない!?
こっ…このままだとこんな道端で犯されるっ…!!
「やめろ変態っ!僕はアンタの彼女になんかならないしっ…こんな事する人は嫌いだっ!!」
「恥ずかしがんねィ。俺みたいなイケメンにこんな事言われて信じらんねェだろうけど、俺ァ本気でィ。多分一目惚れしやした。」
真剣な顔でそう言いきってニコリと綺麗に笑うバックに花が見えようが、淡い茶色の髪がキラキラ光っていようが、未だに僕のおっぱいを揉みながら言われても全くドキドキなんかしないからね!それ以前にどんなに綺麗な顔してようが、男の僕が男にトキメク訳ないからね!!
「多分って何だよ!?いい加減おっぱいから手を離せ!!」
「えーヤダ。すんげやわっこくて気持ちいもん。」
「もんじゃない離せェェェ!!」
なんとかその手を弾き飛ばして、拘束から逃れて変態から距離を取る。
「多分は多分でィ。俺ァ恋なんざした事無ェから、どんなのが恋かなんて解んねェんでさァ。でも、アンタを見たら心臓がバクバク煩ェし、なんか幸せな気分になるんでィ…」
「なっ…」
切なそうな表情でそんな事言われたら、僕の心臓もバクバクと騒ぎだす…イヤイヤイヤ!おかしいだろこんなの!!
「アンタを見てっと心が騒ぐんでィ…」
「もっ…もうやめ…」
そんな事言われ続けたら恐ろしい事になるだろうがァァァ!
身体は女の子だけど僕は男なんだぞ!!
「今すぐこの場に押し倒してムチャクチャしてェ…」
「…え…?」
「俺と一発シやせんかィ?」
ポッ、と頬を染める姿は可愛いのに、変質者だコイツ…
思わず握った拳がプルプルと震える。
ぶん殴ってやりたいけど、今は騒ぎなんて起こせない。
ラッキーだったな、この変態ゴミクズ野郎…
「するかァァァ!2度と僕の前に姿見せんなやァァァ!!」
出せる限りの大声で叫んで、ソイツが怯んだ隙にダッシュでその場から走り去った。
…でも…パッチーナの時に声をかけてくるなんて変な男だ…モテそうなのに。
まぁ、もう2度と会う事も無いだろうし、さっさと忘れよう。
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