僕は生物係じゃない!
あの悪夢の始業式から3日。
悪い予感は見事当たって、やっぱり僕はクラスでも『沖田係』にされてしまった。
それは、2年になって沖田君と同じクラスになってしまったのが運の尽きなのか、クラスに剣道部員が多数占めていたからなのか、担任が剣道部の副顧問のあの死んだ魚の目をしたマダオだったからなのかは僕には分からないが、何にせよ逃れられない運命だったのかもしれない。
だって、なんだかんだで毎日沖田君を探している内に、僕には『沖田センサー』が搭載されてしまったのだから。
恐ろしい事に、僕はあの人の行動パターンとか今迄の経験から、なんとなくどこら辺に隠れているかが分かるようになってしまったんだ。
全くもって必要の無い能力だけど、どっちにしても沖田君の捜索を押し付けられるなら、無駄な労力が要らなくなった分少しだけ便利な能力なのかもしれない。もう全然要らないんだけど。
剣道部は皆その事を知っているからそれも有っての『沖田係』なんだろうけどさ…だからって何かとペアにされて沖田君が何かやらかしたら僕にまで被害が振りかかって来るのは勘弁して欲しい。
僕は何もして無いのに尻拭いさせられるとか、マジやってらんないよ!
…まぁ、たまに良い事有ったりもするんだけどさ…
他の学年とか他のクラスの可愛い女の子達が調理実習の後に、沖田君に差し入れを持ってきた時なんかは大人しく教室には居ない彼を一緒に探してあげたりするんだけど…そうしたら僕にもくれたりするんだよね、手作りのお菓子。沖田君のより圧倒的に小さいけど。やっぱり嬉しいじゃん!男として!!
それに憧れとは程遠い人になってしまったけれど、今の沖田君と一緒に居るのはやっぱり楽しいし、今迄だったら話もしないような人達とも普通に話をしたり遊びに行ったりとか友人の幅が広がったのは嬉しい事だ。
それから、皆にドS王子とか言われてるわりには優しい所も有るし。
素に戻ってもそれなりに成績は良いからテスト前には勉強教えてくれたりとかもするし。
…あれ…?
僕結構今の立場楽しんでる…?
…まぁそんな訳で!『沖田係』な僕は今日もHRからサボってる沖田君を担任命令で探している訳なんだけど。
おっかしいなぁ…今日みたいな肌寒い日には屋内に居る筈なんだけどいつものサボリスポットには姿が見えない。
教室に鞄が有ったから登校はしてる筈なんだけどなぁ…いや待てよ?もしかして裏庭かも。
沖田君って桜好きだから、気が付いたらお気に入りの裏庭の桜見に行ってるもんな…僕らが出逢ったあの大きな桜の木を…
駆け足で裏庭の一番大きな桜の木の元に向かうと、やっぱりソコにはぼんやりと桜を眺めている見た目だけはイケメンが。
ふわりふわりと風に乗った花弁が彼の廻りを彩って。
彼はその花弁を愛おしくて堪らないように見つめている。
それはなんだか幻想的で、そのまま花弁と一緒に沖田君が居なくなってしまうんじゃないかなんて思えてしまった。
「…っ沖田君!授業始まっちゃいますよ!!」
酷く恐くなって思わず大声で名前を呼んだのに、驚くでもなく慌てるでもなくゆっくりと僕を見とめた沖田君が、桜の花弁を見ているのと同じやんわりとした笑顔を僕に向ける。
「おー、新八ィ…桜が見事ですぜィ。」
いつもにない穏やかな佇まいに、不覚にも彼が憧れだった頃の胸のトキメキを感じてしまった!
イヤイヤイヤ騙されるな僕!
アレは沖田君!!
サディスティック星の王子様!!!
「のんびり桜見てる場合じゃないです!アンタがサボってると僕に迷惑がかかるんですぐに戻って下さい!!」
「なんでィ、新八には季節を楽しむ心の余裕が無くっていけねェや。そんなんだから童貞メガネなんでィ。」
大袈裟に、外国人バリに肩をすくめて首を振る姿が無性に腹立つ!
「今そんな事関係無いだろ!僕だって季節を楽しむわ!休み時間とかに存分に楽しんでるわ!!」
「んじゃ昼はここで弁当喰いやしょうぜー決定ー」
そう言って微笑んだイケメンが僕の頭を一撫でして、手を引いて校舎の方に歩きだす。
何だこの子供扱い。
迎えに来たのは僕だってのに、まるで迷子を迎えに来た優しいお兄さんバリのこの態度!
腹立つ!
………けど………なんでかちょっとだけくすぐったい………悪い気は…しないよな………
って!流されそうになってんなよ僕!!
「ちょっと沖田く…」
反論しようとしたその時に、鳴り響くチャイム。
あれ?コレ授業開始のチャイムだっけ!?
「お、授業始まっちまいやすぜ?俺のスピードについてこられるかィ?」
「やっぱり授業開始のチャイムか!間に合わなかったー!ってギャァァァ―――!!」
僕の文句をものともせずに、沖田君が凄いスピードで走りだす。
ガッチリと手を引かれてるから、スピードについていけないで転びそうになったよもうっ!
咄嗟にしっかりとその手を繋ぎ直すと、何故か沖田君の口の端が上がった。
…笑ってる…笑ってやがる!
無様に引き摺られて必死でその手を掴んだのがドS心に火を点けたのかァァァ!?
そのままドSを楽しませていたくなくて、僕は必死で走るスピードを上げて反対に僕が沖田君の手を引くようにすると、今度は沖田君がスピードを上げて僕の手を引く。
まっ…負けて堪るかァァァ!
そうして僕らはお互いの負けず嫌いを発揮したまま、教室まで限界を超えた走りを続けた。
息をするのもやっとな状態の僕達を待ちうけていたのは未だHR中の白髪天パの担任で…あのチャイム、授業開始のヤツじゃなかったんだ…
「何やってんの?お前ら。」
というヤル気の欠片も無い言葉に、無言で自らの席に着くしか僕らには仕様が無かった。
◆
沖田君の宣言通り、昼休みに僕らは裏庭の大きな桜の木の下でお弁当を食べる事にした。
皆で…
そうなると僕の気苦労は倍倍さらに倍ととんでもない量になって、折角の『休み時間』だってのに休む暇も無くなるんだ。
沖田君と神楽ちゃんは
近藤君はまず姉さんにボコボコにされて、それでも諦めないで『妙さんの手料理が食べたいです!』なんて言い続けてるから…料理に関しては普段全く求められない姉さんが照れながらちょっと嬉しそうに暗黒物質を差し出してそれを食べて気絶するし。更に負けじと九兵衛さんまで食べちゃって泡を吹いて倒れるし…いつか取り返しの付かない事になるんじゃないかって心配だよ!
土方君は折角のお弁当をマヨだらけにして気色悪いし、その隣で銀八先生は甘い小豆をてんこ盛りにして気色悪いし。
その上その2人がどっちがおかしいかなんて僕に決着を着けさせようとするし…そんなの両方気色悪いよ!!
山崎君は虚ろな目をしてあんぱんあんぱん呟いてるし…何か悲しい事でも有ったのかな…?
そんな状態だからせっかくの見事な桜を愛でる事も出来ないし、全員僕が突っ込まなきゃいけないしでホント疲れた。
なんだろ、僕『沖田係』だけじゃなくて『生物係』なんじゃないだろうか………恐い考えになったんで深く追求するのは止めておこう………
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