無敵なあのコはメイド様



沖田家メイド、志村八恵の朝は早い。
それは勿論、お仕えする御主人の為なのだが…

「…うーん…重い………胸が………苦し………」

ベッドの上のぽっこりと膨れた布団は決して彼女だけのものではなく、そこには勿論彼女以外の何かも同衾している。

「そりゃぁ大変だぁ…俺がしっかりとさすってやっから感謝しろィ………」

そう涼やかな寝ぼけ声が聞こえ、モゾモゾと布団が動く。
その数瞬後、派手に布団がふっとんだ。

「総悟様ァァァ!毎日毎日ヒトの寝込みを襲うのは止めて下さいィィィ!!」

「朝っぱらから煩いねィ…」

そう、布団の中から出てきたのは八恵が仕える主人、沖田総悟その人だった。
起き上がろうともがく彼女にしっかりと抱き付いたイケメンは、幸せそうな笑顔でその豊満な胸に顔を埋めていた。

「もう!何回言えば分かって下さるんですかっ!!勝手に部屋に入らないで下さいっ!ミッ…ミツバ様に言いつけますよっ?」

「…姉上は反則でィ…でもまぁそろそろ俺らのカンケイを報告しても…」

「どんな関係ですかっ!?パワハラ上司と部下ですかっ!?」

「馬鹿言うねィ。こ…「馬鹿はどっちですかっ!!」」

「パチ恵だろィ。もうそろそろ素直になりなせィ。」

チュッ、と音を立てて離れていった綺麗な顔と暖かくなった唇は、いつも八恵を幸せな気持ちにしてくれる。
しかしそれを彼女は良しとしない。

「そっ…総悟様ァァァ!」

「ゴチでィ。今日もパチ恵のちゅうでヤル気が出たんですぐ仕事にしやす…執務室にいつものコーヒーを頼む。15分で用意しろ。」

そう言い残して彼女の部屋を立ち去る頃には、彼の顔はいつもの仕事人間の顔に戻っており、先程までの甘い雰囲気は微塵も感じられない。

「…やっぱり総悟様は私をからかってるだけなんだから…本気になんか…しないもん………」

ふるふると首を振って雑念を飛ばした八恵は、すぐに給湯室へと走るのだった…





私が沖田家のメイドとして働くようになって3カ月。
お屋敷での仕事は実際働いてみると甘いものでは無くて…あのお給料は伊達ではなかったんだと実感させられてしまった。

執事の近藤さんの言う通り、このお屋敷の広さは半端なモノじゃなくて。
私1人ではお掃除だけでも1日でお屋敷全部は出来なくて…せめて2〜3日でローテーションしたいのに、それを許してくれないほどだった。
それプラス、訳の分からないまま総悟様の専属になってしまったので、その仕事もあって私は毎日てんてこまいだ。

…まぁ…その私がお仕えする方が一番の問題なんだけど…

一見キラキラした王子様で仕事熱心で優しい総悟様は、本当は意地悪なパワハラドS野郎だったんだ。
私の事を、すっ…好き…だなんて言ってからかったりするし!
その度にドキドキして仕事が手につかなくなったり失敗しちゃったりするから…だから、ただでさえ忙しいのにもっと忙しくなっちゃって…
仕方なく、私はこのお屋敷に住み込みで働くようになってしまった。
慣れたら家から通おうなんて思っていたのに、そんな事出来る訳無くて…週1で頂けるお休みの日に、姉上の顔を見に帰る事しか出来なかった。
少し寂しいけど…でも…私はこの仕事を辞めるつもりには全然なれない。

べっ…別にお仕事で疲れた総悟様が夜中にひっそりと私を抱き枕代わりにしにいらっしゃるから帰らない訳じゃないし!
意外と可愛い寝顔が見たいとか、体温が気持ちいいなんて思って無いんだからっ!!

…どうせそんなの総悟様の意地悪の一環だし…私を好きだなんてからかってるだけだし…

そう!お給料!お給料が良いから辞めないだけだしっ!!
それにお屋敷の皆さんは良い方達ばっかりだから、とても居心地が良くて自分からなんてとても辞める気になれないだけだしっ!!!

…なによりもっと良い所を見付けない限り、仕事を辞めるなんて姉上が許してくれる訳ないし………ね…ははは………


そんな事を考えながら急ぎ足で給湯室に向かっていると、ヒュ〜ッ♪と口笛が聞こえる。
あ…!警備の皆さん。

「パチ恵ちゃん色っぽ〜い。」
「又総悟に無茶ブリされてんのか?」
「朝から目の保養アザース!」
「嫌だったらちゃんと言いなよ?俺も進言してやるから。」

このお屋敷の警備の皆さんは、顔は怖いけど優しい方ばかりだ。
お仕えする方達にもやたらとフレンドリーなのが不思議だったけど、話を聞いてみると彼らは代々沖田家に仕えているそうで、ミツバ様と総悟様とは幼馴染か親戚みたいな関係なのだそうだ。

「お気づかい有難う御座います!でも大丈夫ですよ?仕事ですから。」

「本当か?無理してないか?」

「はい!これ、大きいからちょっと短めのワンピースみたいなものなので気になりません。総悟様って意外と大きいですよね。」

えへへと笑ってパジャマの裾を摘んでみせる。
そう、朝のこの時間は総悟様が置いていくパジャマの上だけを着てコーヒーを運ぶというのが私の仕事だ。
これもパワハラの一環なんだろうけど、こんな上等なパジャマなんてこの先着る事もないだろうし、本当に大きめなんでワンピースだと思えば特に抵抗なく着れる…と思い込むようにしてる。
それに、私が照れたり恥じらったりしたら総悟様は余計面白がって無茶ブリが酷くなるんで、そういうのは考えないようにした。
実際このお屋敷の皆さんは大人なんで、私が恥ずかしいって思う程度の格好なんか全く気にしないで普通に接してくれるし。
…もしかしたら、こういう格好って普通なのかな…?最近は皆こんなものなのかな…?

「…まぁ、パチ恵ちゃんが良いなら俺らは何も言わないけどね…」
「やっぱイケメンは正義なのか…」
「総悟をよろしくな!」
「いーなー、俺もイチャイチャしてぇー」

警備の皆さんが、力無く笑って手を振って去っていく。
…そういう訳じゃないですから…ね………


そのまま給湯室に入っていくと、朝のコーヒーを飲んでいた土方さんが、ギョッとした顔で私を見た。
土方さんはこの屋敷の警備担当責任者で、さっき会った皆さんの上司だ。
そして折角のイケメンなのに、常に瞳孔が開いていて何だか怖いちょっと残念な人だ。

「…志村…いくら勤務前とはいえこの家には餓えた野獣がゴロゴロしてんだぞ?そんな格好でフラフラしてたら襲われちまうぞ。」

呆れたような、心配そうな表情で私に忠告してくれるけど…

「あの…コレは総悟様の言いつけで…それに皆さんいつも普通に接して下さいますよ?」

私がそう反論すると、土方さんは憐みの目で私を見てポンポンと肩を叩いてくる。

「近藤さんかミツバに言ってやろうか?」

「いえ!そんな事は!!」

慌てて否定すると、土方さんは何を思ったのか黙って考え込む。
きっと、そんな事をしたら総悟様が私をクビにすると恐がって無理している、と思われているんだろうな…本当はそんな事じゃないのに…

そう、ミツバ様と近藤さんにこんな事がばれたら、私じゃなく総悟様が困った事になってしまうんだ。
あの2人はなぜかとても私を気に入ってくれていて…私を総悟様のお嫁さんにしようとか恐ろしい事を考えているから…


この間、いつものように廊下で総悟様が私をからかって遊んでいるのを見付けたお2人が、すっごく良い笑顔で言ったんだもの。

『そーちゃんったらパチ恵ちゃんの事大好きなのね。なら、お嫁に来てもらったら良いんじゃない?』
『そうだな、パチ恵ちゃんなら良いお嫁さんになるぞ。相性も良いんだろ?』
『他所様のお嬢さんに悪戯するのだから、それくらいの覚悟は有るのよね?そーちゃん?』

お2人は、目は笑ってるのに、凄く怖かった…


でも、総悟様は面白がって私をからかって遊んでいるだけで…本当は私の事、好きなんかじゃないって事を私は知っている。
お2人がそう言った時の困った顔を、私は見逃していないんだから。
総悟様が私に色々するのは、ただからかってるだけで…そういう対象じゃないって事ぐらいちゃんと分かってる。
分かってるから…少しだけ胸が痛い…