爆!祭!真選組!!
道場主だった父上が病死してから早数年。
蓄えていた貯金も少なくなり、生活の為姉上が働くようになり、少し遅れて僕も寺子屋を辞めてアルバイトをするようになった。
でも、元々そんなに要領良くも器用でもない僕は、中々仕事が長続きしなくって………今日も勤めていたファミレスでヘマをやらかして、クビになってしまったのだった………姉上になんて言い訳しよう…きっとめちゃくちゃ怒られてボコられる………
ぶるりと震えた僕は、一応アルバイト情報誌を買ってひっそりと家に帰った。
そっと様子を窺いながら家に入ると、笑顔の姉上が居間で僕を待ちかまえていた。
なっ…もしかしてもうバレてるゥゥゥ!?
「あっ…姉上只今帰りました!どうしたんですか?僕が何か…」
「新ちゃん、そこにお座りなさい。」
自分の向かいを示す姉上の綺麗な笑顔は崩れない。
それが余計に恐いよォォォ!!
でも、僕がそれに逆らえる訳もなく、言われるまま卓袱台を挟んだ向かいに正座すると目の前には一枚のチラシ…ん…?
「昨夜すまいるにいらしたお客様に凄く良い事聞いちゃったのよ、私。絶対新ちゃんに向いてると思うの、此処。身についた剣術も活かせるし、何より安定した職場っていうのが良いじゃない?どお?試験を受けてみない?」
そう言って差し出されたチラシを良く見てみると『真選組隊士募集』というもので…
真選組って…確か警察だったっけ…?え…?チラシで募集とかしてんの…?
「ね?新ちゃんだって男の子だもの、いつまでもアルバイトだなんて言っていられないでしょう?もうそろそろちゃんと稼いでもらわないと。」
最後の方は、とても綺麗な笑顔なのに、背後に般若が見えた。
「はいィィィ!僕受けてみます真選組ィィィ!!」
「大丈夫、試験を受けに行ったら受かるようになってるから。」
…物っ凄い爽やかな笑顔で思いっきり不正な事言ったよ姉上…だけど、そんな事気にしている場合じゃない。
姉上の笑顔と安定したお給料と僕の命を守る為に。
僕は、言われるままに、真選組の入隊試験を受ける事にした。
◆
そして迎えた試験当日。
僕がチラシを握り締めて試験会場である真選組屯所に行くと、そこはガタイが良い上ガラの悪い人やら、いかにもな剣術自慢がわらわらと集まっていた。
………僕…場違い………?
イヤイヤイヤ!でも僕だってスゴスゴ帰る訳にはいかないから!
そんな事したら姉上が………考えるだに恐ろしい!
なんとか己を奮い立たせて挑んだ入隊試験は、簡単な筆記試験と実技試験で。
筆記試験は、途中までだけど寺子屋に行っていた分自信あるんだけど…実技試験が…
くじ引きで僕の対戦相手に決まった人は、その日試験に来ていた中でも一番大きな人で…見た目通り力技でどんどん押してくるタイプの人だった。
その上素早い動きも出来るから、タイミングを計るのが難しくて初めの1本は取られてしまった。
でも、僕だって一応道場主なのだから。
僕が今出来る事全てを使って、なんとかタイミングを計って隙をついて、次の1本は取る事が出来た。
でも、それが相手の闘争心に火を付けてしまったらしく、その後はコテンパンにされて僕は負けてしまった。
それも最後の一撃は本当に手加減無しで僕の頭にヒットして…あまりの衝撃に意図せず僕の目からは大量の涙が流れ出てしまった。
侍として、そんな事は有ってはならない事で…その上その場面を綺麗な髪色の隊士の方に凝視されてしまって…
そんな僕は、もう絶対受かる訳無いよね…
結果が来るまでが、僕の残された人生か………
帰り道に、最後のあがきで又アルバイト情報誌を買って帰った。
「土方さん、あのメガネ俺に下せェ…採用、っと。」
「総悟ォォォ!?あんな弱ェの無理だ!死ぬぞ!?」
「大丈夫でィ、現場にゃ出さねェから。俺の小姓にしやすんで。」
「いらねぇよ!そんな役職!!」
「アイツが世話焼いてくれねェと俺働けねェ気がするー寝たきりになっちまう気がするー」
「ふざっけんな!」
「トシー、今日『志村新八』って子入隊試験に来てた?なんかとっつあんの知り合いだから入隊させろって言われてんだよ。」
「お。」
「……………一番隊隊長付にしてやっから絶対死なすなよ……………」
「当たり前でィ、俺が一生大切にしてやりまさァ。」
「「………え………?総悟君………?お前、何言ってんの…?」」
◆
「沖田隊長ォォォ!いつまで寝てるんですか!!もう隊長会議始まっちゃうでしょうがァァァ!!!」
スパーン!と良い音を立てて開いた襖の向こうに広がるのは穏やかな朝の光景そのものだけれども、今現在ココで見えているのはおかしな光景で…
「ちょっとォォォ!何スヤスヤお眠りしちゃってるんですかァァァ!!起・き・て・く・だ・さ・いィィィ!!!」
遠慮なくズカズカと部屋に踏み込んだ僕は、そのスヤスヤと気持ち良さそうに眠る男の布団を剥ぎ取って、思いっきり肩を掴んで揺す振ってやる。
このぐらいしなくちゃ起きないんだ、この人は!
しかし、いつもならグラグラと揺れるのが面倒になって起き上がるその男は、今日に限ってそのままの体勢で僕の頭を鷲掴み、どういう勢いを付けたのかそのまま転がして僕を布団に引き込んでガッチリと抑え込んで、再び布団をかぶって寝の体勢に持ち込んできやがった!
「僕を巻き込むなァァァ!僕まで副長に怒鳴られるでしょうがァァァ!!」
僕が全力でジタバタと暴れてもピクリとも動きやしない!
そんなに体格差も年齢差も無いって言うのにこの力の差は何なんだよ悔しい!!あぁ!流石隊長だよ!!!
「…もちっと優しく起こせねェのかよ新八ィ…お前さんが添い寝してくんねェから、俺ァ眠れてねェんですぜ…」
寝起きの掠れた美声が僕の耳元で囁いてくる。
その上子供みたいにぎゅうぎゅうと抱きついてこられたって、甘やかしてなんかやるもんか!!
「子供じゃないんですから1人で寝て下さい!いかな僕だってそこまで面倒みきれませんよ!!」
「…お前さん…俺の小姓だろィ…隊長の健康管理も仕事の内ですぜ…?」
「うっ…」
言葉に詰まった僕に、追い打ちのようににっこりと笑いかけた隊長は普段見る事が無い可愛いさけど、そんな顔には騙されないからな!
この人はサディスティック星の王子様なんだから!!
「一緒に寝ときゃァ新八が起きる時に俺も起きてやらァ。ま、起きれれば、の話ですけどねィ…」
にっこりをニヤリに変えた笑顔に一抹の不安を感じるけど…そんなんでちゃんと起きる、って言うなら悪くない話なんじゃないのか…?僕は寝起きは良い方だから、多少の事じゃ寝坊なんかしない自信は有るし…面倒事が減るなら、万々歳だ。
どうせオールでトランプとか、寝る前に全力でまくら投げとか、僕とそういう子供の遊びがやりたいんだよね、この人は…
「…分かりました。それじゃぁ今晩から僕もこちらで寝る事にします。いびきとかはかかないと思いますけど、煩くても知りませんからね。」
フンッ、と鼻息も荒く僕がそう言い放つと、ポカンとした阿呆顔になった沖田隊長がコクリと素直に頷いた。
「おう…んじゃ着替えやす…」
やけに素直に起きて立ち上がった沖田隊長の寝間着を脱がせて隊服を着せていく。
まるで子供のお世話だけれど、寝惚けたこの人に自分で着替えさせたら、そこから1時間もかかるのだから仕様がない。
僕が、その首にスカーフを巻いてベストの前を留める頃には沖田隊長もやっと目が覚めたのか、僕に全体重をかけて圧し掛かってくるという嫌がらせをしてくるのでスルリと避けると2、3歩前に出る。避けた勢いでジャケットを肩に乗せると、その頃には器用に自分で袖を通して後ろに手を差し出してくるんで、隊長の愛刀菊一文字RX-7をポンと乗せる。
「行ってくらァ。」
「はい、行ってらっしゃいお気をつけて。」
そこまでいくと、後はもうしっかりとするんだけど…本当になんとかならないかな、あの男の寝起きの悪さ…
はぁ、と大きな溜息を1つ吐いて、僕は隊長会議が終わるまでに掃除を終わらせる為、今週の一番隊の当番、中庭に急ぐのだった。
◆
そう、多分絶対受からないと思っていた真選組で、今僕は働いている。
その時送られて来た合格通知には『一番隊隊長付小姓』という役職が書き込まれていた。
それがどんな仕事なのかは解らなかったけど、何にせよ安定の公務員。拒否する事など考えもしないでやってきた説明会で、僕は微笑む局長と、今思えば気まずそうな副長に思いっきり騙されたのだ。
「良く来たな、志村新八君。君は筆記試験での成績が優秀だったんでな『隊長付』として採用させてもらったよ。要は隊長の秘書みたいな役割で、スケジュール管理から健康管理まで、隊長の不便が無いように便宜する事務方なんだ。何より真選組にはアイツと年が近い隊士が居なくてなぁ…友人としてもよろしく頼むよ!」
「こちらこそよろしくお願いします!」
前半は若干棒読み風だった近藤局長の言葉も、その時の僕は全く気付かなかった。
隊士想いの良い局長さんなんだなぁ、なんてのんびりと考えてた。
「事務方と言っても隊長付だ。危険も多い仕事だから、事務関係だけでなく普通の隊士と同じように鍛錬もしてもらう。」
「はい!頑張ります!!」
僕に全く目を合わせない土方副長も、シャイな方なんだ、なんて思ってたっけ…
「お前さんが俺付の小姓ですかィ?」
そう言って優しく声をかけてくれた沖田隊長も、見た目だけは完璧美少年で優しそうで…
「年も近いんだ、畏まった敬語なんざ使わなくても許してやらァ。仲良くしようぜ、宜しくな。」
なんて言われて握手なんかしたら、舞い上がっちゃって言葉の端々がおかしいなんて気付きもしなかった。
その後起こる数々の悲劇なんか想像もしないで、僕は心からの笑顔で答えてしまったんだ。
「精一杯お仕えします!沖田隊長!!」
次の日からの隊務は、僕が想像していたものとは全く違うもので…
朝は隊長の目ざましになり、3食ご一緒して隊長の嫌いな物を代わりに食べさせられて、しょっちゅうサボって居なくなる隊長を江戸中駆けずり回って探させられて…
そう、実の所、僕は体よくこの真選組随一の問題児・沖田総悟のお世話係を押し付けられただけだったんだ。
年が近い遊び相手として…それだけで採用になったんだよ、きっと。
それでも最初の内は僕だって秘書っぽく頑張ったよ!
畏まって敬語も使ったし、3歩下がって従ってみたり、手帳なんか用意してスケジュール管理も頑張ったよ!!
それなのに、どんなに僕が頑張っても沖田隊長は沖田隊長で…或る日ブチギレた僕が思いっきり突っ込みを入れると、一瞬キョトンとした隊長が酷く嬉しそうに笑って言った。
「やーっと普通に接してくれやしたねィ。」
絶対クビになると思ってビクビクしていた僕は、その笑顔にちょっとだけ見惚れてしまった。
それに、その時周りに局長副長を始め各隊の隊長達が居たにも関わらず、僕が不遜な言葉使いを沖田隊長にしてしまった事は誰に咎められる事も無かった。それどころか、僕は皆さんに『総悟を宜しくな』なんて言われてしまった。
それからは、僕と隊長は友人のような態度で接するようになったんだけど…
最近は、僕、お母さん…?とかちょっと思うようになってきた気がしないでもない。
2
→