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隊長会議が終わる頃、僕は大急ぎで食堂に向かう。
好き嫌いの多い隊長の事だから、ちゃんとチェックしておかないと又偏った食事になってしまうんだ。
「おはようございます!今日の朝ご飯のメニューを…」
「おはよう志村君。今日も沖田隊長の好き嫌いチェック?大変だねぇ。」
もうすっかり顔見知りになってしまった食堂のおばちゃん達にメニュー表を見せて頂くと、今日の朝食は隊長が普通に食べられそうなものばかりだった。
よし、これなら僕の好物も盗られる事はなさそうだ…
「今日は大丈夫そうです!」
「そうかい?又盗られたらおばちゃん達に言うんだよ?志村君には特別におかわりあげるから。」
「え!?良いんですか!?」
「もちろんだよー、こんなに美味しい美味しいって食べてくれる子は他に居ないからね。大盛りにするのも遠慮するんじゃないよ?」
「はい!有難う御座います!でも、本当に美味しいので!」
「そうかい?嬉しいよ!」
みなさん本当に嬉しそうに笑ってくれるからちょっとこそばゆい。
だって本当に美味しいんだ、ここのご飯。
…まぁ…僕の場合は姉上の手料理が暗黒物質だから…生きる為に自分で作るしかなかった料理だから…誰かが作ってくれる普通のご飯ならどんなものでも美味しいんだけどね…
「しィーんぱちィー!飯ー」
おっと、隊長のお出ましだ。
僕がおばちゃん達に目配せをすると、あっと言う間に2人分の朝ご飯を作ってくれて、グッ、と親指を立ててエールを送って見送ってくれる。
「ハイハイ、今日の朝食は好き嫌い魔の沖田隊長でも全部食べられるご飯ですよ!」
「おう、御苦労。でも、俺ァ別に好き嫌いなんざありやせんぜ?」
いけしゃーしゃーとそう言った隊長は、澄まし顔で手を合わせて頂きます、と朝食を食べ始めた。
どの口がそんな事言うかァァァ!?
「何言ってんですか沖田隊長ォォォ!散々僕に嫌いな物食べさせてますよねェェェ!?その上、その分自分の好きな物は盗っていくじゃないですかぶっ飛ばしますよ!!」
「なんでィ新八くん食事中に突っ込みたァ行儀が悪いですぜ?ほら、おばちゃん達の手料理有難く頂きなせェ。」
澄まし顔のまま冷静にそう言われたら僕は黙るしかない。
畜生!確かにその通りだよ!!
文句は諦めて僕も手を合わせて朝食を頂く。
あー、今日も美味しいなぁ…
「俺ァ何遍も言ってんだろィ?ちょっと苦手な喰いもんは、新八が食べさせてくれたら美味しく頂けやす、って。」
「なっ…何で男同士でそんな腐れカップルみたいな恥ずかしい事しなきゃいけないんですかァァァ!どんな辱めだよ畜生ォォォ!!」
「えー?男のロマンだろー?」
すっかり食べ終わった隊長が、ごちそうさまと手を合わせて食事途中の僕をじっと見てきやがる!
こういう嫌がらせにも、全く手を抜かないんだよな!この人は!!
「そういうのは、可愛い女の子がやってくれるからロマンなんです。野郎がやっても気色悪いだけですよ。」
嫌がると喜ぶから、なるべく冷静に、何事も無いようにそう返すと、隊長の顔がむうっと膨れる。
ホント、子供だよなぁ…
「俺ァ新八が良いんでィ。」
ふいっと顔を逸らされても…
僕も食べ終わったんでぬるめの食後のお茶を持ってくると、くいっと飲みほした隊長は席を立った。
「んじゃァ見廻り行くとしやすか。」
「はい!」
僕も慌ててお茶を飲み干して食器を片付けて、食堂の入口で待っていてくれた沖田隊長と一緒に午前中の見廻りへと向かった。
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市中見廻りは一番隊の先輩3人と新人2人がチームになって決められた区域をパトロールするもので、何かおかしな気配は無いかと用心しながらも町の人に威圧感を与えないようにのんびりと歩くものだと沖田隊長に教えられた。
そんな沖田隊長と当然のように僕は同じチームに振り分けられている。それは僕が隊長付だというのもあるけれど、隊長はいつも僕らの目を盗んでフラッとどこかに消えてサボってしまうからなのだ。
そうなると、他の3人で見廻りを続けて、僕は沖田隊長の捜索にあたらなければいけなくなってしまうから…僕は隊長のオマケなのだ。
当然のように、今日もちょっと僕が目を離した瞬間に隊長はどこかに消えてしまった。
僕は迷子の子供にちょっと話し掛けてただけなのに!見廻り中の警察なんだから、当たり前の事じゃんか!!
「沖田隊長探しに行ってきます!」
「おー、志村宜しくー!」
もうすっかり慣れているからなのか元々そのつもりだったのか、他の3人が手を振って僕を見送って、見廻りに戻っていく。
…昨日は中央公園で昼寝してたし、一昨日は駄菓子屋さんで買い食いしてたから…
きっと今日は団子屋さんだ!
あたりを付けて隊長お気に入りの団子屋さんまで走ると、思った通りベンチに座ってモグモグとお団子を頬張る隊長を発見した。
畜生、美味しそうに食べやがって!
ついでだから僕もお団子食べていこうかな…やっぱみたらしが…
そんな事を考えながら僕がそっと隊長に近付いて行くと、突然僕をガタイの良い男達が取り囲む。
攘夷浪士…!?
僕が気付いて刀に手をかけた時にはしかし、何かが横を駆け抜け、僕を取り囲んでいた筈の攘夷浪士達は全員倒れていた。
え…?何が…?
「隊長付の真選組隊士だろィ、志村ァ。お前さん、気ィ抜き過ぎじゃねェのか。」
僕の目の前に燦然と立つその人は、真選組一番隊隊長沖田総悟その人で…
あんな所に居たのに…一瞬で全員倒した…の…?
いつもはグダグダなのに…凄い…凄過ぎる…!こんなに凄い人だったなんて!!
「すみまっせん隊長ォォォ!自分、たるんでいましたァァァ!!」
思いっきり頭を下げると、何故か僕に近付いて来ていたらしい沖田隊長の頭にそのままの勢いでぶつかった。
痛ァァァ!星!星が流れた!!
あまりの痛さに蹲った僕に、上からちょっと鼻にかかった隊長の声がする。
「帰ったら俺が直々に鍛錬してやらァ…覚悟しとけ…」
「宜しくお願いしまっす!!」
ビシッと立ち上がって敬礼すると、涙目の隊長がニヤリと笑った。
後始末は何故か隊長に呼び出された監察の山崎さんに任せて、そのまま屯所に帰った僕は沖田隊長と一緒に道場に向かい、今迄味わったことの無いような鬼のシゴキを受けたのだ。
でも、間近で見る隊長の剣技はそれは見事な物で…彼が年若くとも隊長という役職についている事を誰もに納得させるだけのものだった。
そう、それは流れるように美しく、僕如きの目では追いきれない程の速さを誇っている。その上力強くて、憧れずにはいられないものだった。
一体どれ程の鍛錬を積んだらあんな風になれるんだろう…
こんな凄い剣士に教えを請えるなんて、実は僕は凄く運が良かったのかもしれない。
煌めいている姿を見てしまった僕は、ちょっとだけ、隊長を見る目が変わってしまった…かもしれない。
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稽古が終わり昼食を摂る為に食堂に行くと、そこには既に沖田隊長がもそもそと不味そうに定食を食べていて…僕と目が合うと、無表情のまま自分の隣の席をパンパンと叩いた。
…隣に座れ、って事なのかな…?
「志村、隊長が呼んでるぞ?」
隣に居た先輩が苦笑いしながらそう言って僕の背中を押すので、僕は気付かなかったフリも出来ずに大急ぎでおばちゃんに昼定食を頂いて沖田隊長の隣に座った。
「何ですか隊長。昼食も普通に食べれる物ばっかりですよね?」
「でも不味い。」
むっつりと不満そうに僕を睨むけど、こんなに美味しいのに隊長はグルメなのか?やっぱ高給取りは違うよね。
「そんな事無いですよ!僕の作ったご飯の100倍は美味しいです!!」
「…新八は飯作れるんで…?」
「はい…まぁ、生きる為に仕方なく作ってたぐらいなんで美味しくはないですけどね。」
僕がそう答えると、沖田隊長は何かを考え込んでしまった。
その隙に僕がおばちゃん達の作ってくれた美味しいご飯を頂いていると、食べ終わる頃ににーっこりと笑った隊長が僕の顔を覗き込んできた。
…何か悪巧みしてんな、隊長…
「じゃぁ、今晩の俺の晩飯は新八が作りなせェ。」
「えぇーっ!?美味しくないですよ?それに僕余分なお金は…」
「材料費は俺が出しまさァ。」
高給取りの隊長が出資って事は…肉メインでも良いんだよな…?それも高級なヤツ…
「作ります作ります!あ、隊長は何食べたいですか?」
久し振りのご馳走に浮かれてにへら、と笑ってしまうと隊長が顔を逸らした。
何だ…?
「午後の隊務上がりに買い物行きやしょう。そん時に決めてやらァ。」
「はい!隊長は副長と1号車でパトロールですね…僕は局長の事務仕事の補佐ですから…4時終わりぐらいですか?」
「おー、んじゃ4時に正門前。遅れたら切腹な。」
「何でだよ!?」
僕の突っ込みにニヤリと笑って、手を振りながら隊長が行ってしまう。
あ…置いていってくれればいいのにちゃんと食器を片づけてる…意外とちゃんとしてるよね、沖田隊長って…
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