昼食後、僕は給湯室でお茶を淹れてすぐに局長室へと向かう。
沖田隊長と一緒の隊務ではない時は、僕は近藤局長か土方副長の書類整理のお手伝いをする事が多いのだ。

「局長、失礼します志村です。お茶をお持ちしました。」

襖の前でそう声を掛けると、すぐに局長の声が返ってくる。

「新八君!丁度休憩にしようと思ってたんだ、入って入って!」

明るい声で促されたんで、失礼しますと声を掛けて襖を開ける。

…局長…疲れきってる…?

髪をボサボサにして目の下にクマを作った近藤局長の前にはまだまだ沢山の書類が山積みだ。
あの書類の半分ぐらいはきっと沖田隊長の始末書…なんだよな…

「お茶どうぞ。」

申し訳ない気持ちでそっとお茶を差し出すと、それでも近藤局長はニコリと笑って美味しそうにお茶を飲んでくれた。
とても気さくで優しくて、その上頼りがいのある局長を僕はとっても尊敬している。
いつも自由な沖田隊長も、厳しくて口煩い土方副長も、真選組の隊士は皆そうだ。

だけど…

「新八くんの淹れてくれるお茶は旨いなー!お妙さんに教わったのかい?やっぱりお妙さんの淹れるお茶は格別なんだろうね。いーなー、新八くんはいつも飲んでるんだろー?旨い?旨いよね?」

「…普通だと思いますよ…?」

「いやぁ、お妙さんが淹れるお茶は違うって絶対!今度新八君からさり気なく頼んでくれない?ね?ねー?」

…そう、姉上の職場であるスナックすまいるに通っていた局長は、どこをどう間違えたか、姉上を見染めてしまった…
その上ストーカー紛いの行動をしてしまった局長は、姉上にすっかり警戒されてしまって…僕に色々頼んできたりするんだ…

「お茶ぐらいなら、普通に恒道館を訪ねたら淹れてくれるんじゃないですか…?いつも局長屋根裏とか床下から現れるから…」

「そうかなー?新八君そう思う?」

「はい。大丈夫だと思います(…多分…)」

そうかー!と言いつつ嬉しそうな局長が、せめてお茶を1杯淹れてもらえると良いなぁ、と僕は思いました。


書類整理に戻った局長が、さくさくと書類の山を片していく。
その真剣な顔は格好良いと思うんだけど…姉上にもこういうちゃんとした所を見せれば良いのに…

「時に新八君、総悟とは仲良くやれてるかい?」

「あ、えっと、はい。」

書類に目を通しながら、突然局長が僕に話を振ってくる。
仲良く、かどうかは解らないけど、それなりにやれていると僕は思っている。

「そうか!総悟は我儘だからあんまり友達が居なくってなぁ…あ、でも本当は優しい所もあるんだよ?年の近い子供が今迄近くに居なかったから付き合い方が良く分からないだけだし、子供の遊びもやった事がないから…新八君、宜しく頼むな。」

そう言って笑いかけられたら、僕が頑張らなきゃって使命感に燃えてしまう。

「はい!僕で大丈夫かは自信ありませんが…精一杯頑張ります!」


その後も局長はスイスイと書類整理を終わらせていって、沖田隊長との待ち合わせ時間より全然早くに仕事は終わってしまった。
沖田隊長もこれぐらいスイスイと出来れば良いのにな。いつも大変なんだ、あの人に書類仕事をさせるのは。

時間が空いたんで、隊長の部屋に僕の布団を運んで大部屋の先輩に事情を話しておく。
その後には折角の買いだしだから、食堂のおばちゃん達や女中さん達にも何か買いだしするものは無いかと聞いてみた。男手2人での買い物だもの、少しはお手伝いにならないかなぁ、なんて思ったんだ。

皆さんに買い物メモとお金を預かって、そろそろ良い頃合いかと正門前に走ると、そこにはもう不機嫌そうな沖田隊長が立っていた。
やばい!待たせたァァァ!!

「すみまっせーん!お待たせしましたァァァ!!」

「…時間前でィ…」

ふいっと顔を背ける姿はどう見ても怒ってるのに、嫌がらせも罰ゲームも無いなんて…どうした沖田隊長!?

「…あのぉ…」

「俺なんかと買い物ですいやせんねェ。なんだったら女中達と買い物行ってきたらどうですかィ?」

…まさか…僕が女中さん達と楽しくお話してたのを見て拗ねてるのか…?
隊長モテそうなのに…もしかして初心なの…?女性と話せないとか…?

「何言ってるんですか。隊長の晩ご飯の材料買いに行くんですよね?それに、僕は買い物のついでに何かないか皆さんに聞いていただけですよ。折角男手2人で買い物に行くんだから、重い買い物とかないかなぁ、って思ったんです。」

僕がそう説明すると、チロリ、と僕を見た沖田隊長がニヤリと笑った。

「なんでィ、パシリかよ。」

「ジェントルと言って下さい。」

「残念だったねィ、都合の良いメガネー」

「そんなんじゃねーしゅ!僕は男として当然の…」

「モテてる訳じゃねーぞー目を覚まして下さーい。」

「そんな事思ってねーよ!全然っ!!」


正門前でそんな大騒ぎをしていたら、鬼の形相をした副長が走って来て僕らに拳骨を落としてきた。

「煩いぞ餓鬼どもォォォ!買い物行くならさっさと行けェェェ!!」

逃げるようで悔しいけど副長の怒鳴り声を背中に受けて、僕らは大江戸ストアへと買い物に行った。





大江戸ストアに着いて沖田隊長の夕飯リクエストを聞いてみると、それは意外な物で…

「ハンバーグとミートスパゲティ…」

まさかそんなお子様の大好物がリクエストされるとは思ってっもいなかった僕は、思わずフリーズしてしまった。
だって!僕は当然血の滴るようなステーキだとか超辛い料理とか酒の肴的な何かだって思ってたし!
そんな可愛らしいものとは思ってなかったし!!
…でもそう言えば…オムレツとかシチューとかカレーライスの時はちょっとご機嫌に食事してるっけ…
えぇぇ…この人お子様舌なの…?

「…何でィ、作れねェのかよ…」

僕が呆然としているのを誤解したのか、残念そうな表情になった沖田隊長がお刺身を物色し始める。

「いえ、作れますけど!隊長なら酒の肴とか辛い食べ物をリクエストされるんだと思ってました…」

僕が慌ててそう言い繕うと、少しだけ頬を染めて照れたような隊長がフイッと顔を逸らした。

「…そんなんじゃ腹膨れねぇし…屯所じゃおっさんばっかりだからあんまそういう喰いモン出ねェし…オムライスとか唐揚げとかも好きでィ!」

そっと僕を窺うようにそう言いきった沖田隊長が、小さい子供みたいでなんだか凄く可愛く見えてきた…うわ…

「じゃぁ…唐揚げも作りますよ。あ、でもお肉ばっかりなんでサラダも付けますからね?」

つい笑いながらそう言うと、目をキラキラと輝かせた隊長が僕の顔を覗き込んでくる。
うっ…うわァァァ!

「みっつですぜ?そんな沢山をいっぺんに喰っても良いんですかィ?」

イケメンのキラキラ笑顔の破壊力って何だよコレェェェ!?
それも、邪気が無い上近いよ近い!!こんな顔見せられたら…駄目とか出来ないは言えないじゃないか畜生ォォォ!甘やかしちゃうじゃないかァァァ!!!

「はい!それぐらい食べれますよね!?残したら怒りますよ!?」

「ひとっ欠片も残してなんかやるもんかィ!んじゃ、鶏肉も追加でィ!!」

カートをゴロゴロと転がしてはしゃぐこの人は、本当にアノドS王子と呼ばれて恐れられる一番隊隊長の沖田総悟なのかな。
でも、そんな沖田隊長と居るのが楽しくて、僕はたくさん笑った。

夕食の材料を両手にぶら下げた僕たちは『他の奴らに盗られたら大変でィ!』と隊長が言うので僕の家に向かった。
そこでの隊長は屯所に居る時よりも自由で…あれでも屯所に居る時は、少しは隊長としての自覚が有るのかなぁと思ってしまった。

たっぷり作ったハンバーグとミートスパゲティと唐揚げを、沖田隊長は美味しい美味しいと言って食べてくれた。
そんなに言ってくれると僕もなんだか凄く美味しく感じてしまって、沢山の料理をあっと言う間に2人で平らげてしまった。

「新八ィ!今度はオムライスな!あ、シチューも頼みまさァ。」

ご機嫌な沖田隊長はそう言ってくるけど…こんなに喜んでくれるんなら僕が料理するっていうのもたまには良いかなぁ、と思いました。