パチ恵が解るようにワザと音を立ててつっかえ棒を外して、勢い良く襖を開けて外に出る。

…イヤ、俺厠に行くだけだし。
別にパチ恵がすぐに飛び出してくるとは思って無いし。

ドスドスと音をたてて厠まで行って、又ドスドスと音を立てて部屋まで戻っても其処にパチ恵は居なかった。

…あり…?
そんなに怒ってんですかィ…?
それとも…やっと嫌いな俺と縁が切れて清々して…二度と話しかける気なんざ無ェとか…


自分で考えてヘコんで、暫く俺の部屋の襖の前で体育座りしちまった。

それでもなんとか自分を奮い立たせて、そーっと襖の中の気配を探るとやっぱりパチ恵の気配は部屋の中からする。
そーっと襖を開けて中に滑り込んで、きっちりと襖を閉める。

こんなに解り易く動いてやってんのにパチ恵は何やってんでィ!?
やっぱり俺を見限…イヤイヤイヤ、パチ恵はそんな子じゃありやせん!

怖ェけど、それでもちゃんと確かめたくてそーっと後ろを振り返ると、パチ恵は………


俺の布団をしっかり着こんで、涎を垂らす勢いでぐうぐうと寝てやがった………


………へー、そうかィ………

俺ァあんなに悩んでたってェのに、パチ恵は何事も無かったようにぐうすか寝ちまうんだ。
俺がどうだろうとパチ恵には関係無ェんだ。
そうだよな、嫌いなんだもんな。


その時、俺の中で何かがキレた。


ガキの頃からずっと好きだって言ってんじゃねェか…
何遍だってデエトに誘ったし…
ちゅーしようとした事だって有ったよな…
それでも伝わってねェなら…
一体どうしたら俺の想いはお前さんに伝わるって言うんですかねィ…
俺ァただの優しい幼馴染じゃねェんですぜ?
いつだって…


男、なんですぜ…?


ぐうぐう眠るパチ恵の布団をひっぺがして、一気に寝間着を引き剥がして口を吸った所までは覚えてる。
その後も、何かした気はするけど記憶は曖昧だ。

「…何やっとんじゃテメェェェ!!!」

ってェ叫び声と共に俺の頭が吹っ飛んで、その先に見えたのは半裸で顔を真っ赤に染めたパチ恵…の拳…
抵抗する間もなくボッコボコにされた俺は、今しっかりと寝間着を着こんだパチ恵の前に正座させられている。

「…そーちゃん、自分が何やったか判ってる…?」

「…パチ恵を襲いやした…」

そっと下から、仁王立ちで腕組みをして鬼みたいな顔で俺を睨むパチ恵の顔を見ると、困った様に眉毛を下げる。

「バカなの?アホなの?そーちゃんは私にこういう事する人じゃないでしょ?護ってくれるんじゃなかったの?」

「…護ってやす…俺以外の奴からは…」

呆れたような顔から目を逸らして俺が俯くと、はぁっ、と大きく溜息を吐いたパチ恵がしゃがみ込んで顔を覗き込んできた。

「あのねぇ、最近忙しくてそう言う所に行けなかったんだろうけど…そう言う事はヨソでやってくれませんか?そーちゃんだったら選り取り見取りでしょう?又彼女作るとか…お嫁さんもらっても良い…」

「イヤでィ!俺ァパチ恵が好きだってずっと言ってんじゃねェか!!パチ恵が良い!パチ恵しか要らねェよ!!!ここまでしても解んねェなら俺ァ一体どうしたら良いんでィ!?」

一番のキメ顔でぎゅっと手を握って真っ直ぐパチ恵を見つめながら言ってんのに、困り顔は変わんねェ…
でも、ジッと目を見つめ返してくれっから。
そーっと顔を近付けてちゅーしようとすると、凄い勢いで俺の手を振り払って後ずさる。

…パチ恵…顔真っ赤…
伝わった…のか…?


「あ!」

何かに気がついたように声を出したパチ恵が、俺ににっこりと笑いかけてくる。
やっと俺の気持ち…俺の愛が伝わった…んですかィ…?

「まだ給料日前だもんね!そーちゃんいっつも私にお菓子とかアイスとか買ってくれるから…お金足りなくなったんでしょう?しょうがないなぁ…」

そう言って枕元をゴソゴソしていたパチ恵が、はい!と俺に何枚かの札を握らせる。

「恥ずかしがらないで貸してって言えば良いのに。」

にこにこ笑う顔は、ここ最近俺には向けてくれなかった華が咲くような可愛い笑顔だったけど…だけど…

「違ェよ馬鹿パチ恵ー!」

俺は流れる涙を見せたくなくて、目の前の布団に潜り込んだ。
…パチ恵の良い匂いがすらァ…

「もー!何なの?素直じゃ無いにも程が有るよ!私帰るからね!!」

ブーブー文句を言いながら、襖をスパンと良い音を立てて閉めてパチ恵は隣に帰って行っちまった。

…俺、もうこれ以上どうしたら良いか解んねェや…
パチ恵に俺の気持ちが届く日なんか来るんですかねィ…?

スゲェ悲しくて、スゲェ混乱してっけど。
布団に残ったパチ恵の良い匂いに包まれて、俺ァその日はぐっすりと眠る事が出来た。