チョコが欲しい訳じゃないんだ
その日の朝は、珍しく甘い香りで目が覚めた。
姉上…?
何やってるんだろ…
身支度を整えてから台所に行ってみると、姉上が…朝から暗黒兵器を作っていた…
あぁ…今日の朝ご飯は卵焼きか…
でも、待てよ?この甘い香りは何だろう…?焼け焦げた匂いの中にもうっすら香ってくるこの甘い香り…
見た感じじゃ違いは分からないけど、いつもの卵焼きとは何か違う…
「おはようございます、姉上…朝食の支度ですか…?」
「あら、新ちゃんおはよう。ごめんなさい、これは朝ご飯じゃないの。すぐに支度…」
「イエ!大丈夫です!!姉上の手を煩わせるなんてしませんよ!!!僕、自分で作りますからっ!!!!僕の事は気にせずに姉上は続きをどうぞっ!!!!!」
「そぉ?悪いわね。」
ちょっと不自然だったかとビクビクしていた僕に気付きもしないで、ちょっと頬を染めつつ、いそいそと暗黒兵器作成を再開した姉上の手元を覗き込むと…板チョコ…?それに、ハートの形の型も有る…これは…まさか…
「姉上…バレンタインのチョコレートですか…?」
僕がチョコを貰う相手にちょっと同情しつつ姉上に尋ねると、途端に顔を真っ赤に染めて僕を見る。
「そっ…そんな…私が手作りとか…そんなのあのゴリラにあげる訳…っ…!」
…姉上…僕はそんな事まで聞いてません…
そうか…近藤さんにか…うん、近藤さんなら暗黒兵器でも美味しく食べてくれるよね…
姉上の気持ちごと受け止めてくれるよね…
「…頑張って下さいね?」
「違うんだから…これは、お店のお客さんに…」
どんどん俯いていく姉上は凄く可愛い。
きっと又素直になんか渡せないんだろうけど…それでもニカリと笑って凄く喜んでくれる近藤さんが目に浮かぶようだよ…
…なんでだろ…その黒い制服が、やけに頭に残る…
「新ちゃん、時間は良いの?」
ボーっとしていた僕を心配してか、姉上が声を掛けてくれる。
おっといけない。
適当に朝食を済ませて、今日も万事屋に向かった。
◆
なんとか時間内に万事屋に着くと、今日は珍しく2人とも起きていて台所で何かやっていた。
…ここでも甘い香りが漂って来る…
銀さん…又何か甘いもの食べようとしてるのか…?あんの糖尿予備軍がっ!!
「おはようございます、何やってるんですか…?」
説教しようと腰に手を当てて台所に踏み込むと、銀さんだけでなく神楽ちゃんまでしっかりと割烹着を着て三角巾を被ってチョコレートを溶かしてころころと丸めていた…これは…まさか…バレンタインチョコ…?
「お〜う、はよ〜」
「おはようネ!」
2人とも僕を見てにっこりと笑うけど…
あれ?おかしいな…なんか泣きそうになってきた…
「銀さん…アンタいくら毎年貰えないからって…ついに自分で…」
僕がちょっと涙目でそっと銀さんを窺うと、ぶんぶんと首と手を振って否定する。
「や、ちょ、違う違う!いくらなんでもそんな事しないからね?銀さん。コレは、あの…アレだ…」
…なんで赤くなって言い訳…?ちょっと気持ち悪い・・・
スッと目を逸らすと、この場にふさわしく無いブツが目に飛び込んでくる…マヨネーズ…?
なんでそんな物が…あっ…!
僕の脳裏に、煙草をくわえたあの人が浮かぶ…
…うん…まぁ…恋愛は人それぞれだよね…
なんでだか、又黒い制服が僕の頭に残る…
そっと銀さんから目を逸らして視線を横にやると、神楽ちゃんが頬っぺたにチョコを付けて一生懸命チョコを丸めていた。
あはは、可愛いなー、あんなに頑張って、誰にあげるんだろ…?
そう考えた途端、ふわりと綺麗な茶髪が僕の頭をよぎる。
ひらりと翻る上着の裾と、意外と逞しい背中は…真っ黒な制服…
あぁ、僕はさっきからずっと、あの人の事、想い出してたのか…ここの所毎日逢ってたもんな…
うん、きっとそうだよね…神楽ちゃんがチョコあげるんなら、沖田さんしかいないよね…
…なにか寂しいのは…胸が痛いのは…
娘を嫁に出すお父さん的なアレだよね…
「神楽ちゃんもバレンタインのチョコ?上手に出来たね。」
「おう!神楽様に出来ない事は無いネ!新八も楽しみにしてるヨロシ!」
得意気に笑うけど…又顔にチョコ付けちゃってるよ…
僕が笑いながらティッシュで顔を拭いてあげると、くすぐったそうに首をすくめる。
「もしかして僕にもくれるの?有難う。」
そう言って笑うと、神楽ちゃんが怪訝な顔で僕を見る。
「ワタシがあげるのは新八だけヨ。他に誰にやるネ…」
「え?沖…」
「やる訳ないネ!何でワタシがドSにやらなきゃならないネ!?」
本気でイヤそうな顔をした神楽ちゃんが、凄い目で僕を睨む。
…照れ隠し…では無さそう…かな…?
「えー?だっていつもケンカしてるし…仲良いよね?2人。」
「ソレは飾りアルカ…?眼鏡叩き割るヨ…」
「すいまっせーん!!」
本気で僕の眼鏡を割ろうと手を伸ばしてくるんで、なんとか避けて眼鏡を死守する。
本当に違うのか…
それなら沖田さんちょっと可哀想だな。
この1週間、何故か街中で毎日逢って、逢う度に、
『14日って何の日でしたかねィ?新八くん知ってやすか?』
とか
『俺ァ甘党なんでさァ』
とか
『ここん所チョコレイト喰ってねェなァ』
とか
『男として3倍返しは当たり前なんで期待しなせェ』
とか…
ずーっと、僕に、言って来るんだよな…
多分、直接神楽ちゃんに言えないから僕に言って欲しい、って事だよね…
でも、神楽ちゃんがこんな様子なら…本当に沖田さんにはチョコ、無いよな…
だからって、僕のチョコをあげる気にはならないし…貴重な1個、誰が渡すかよ。
それに、沖田さんってモテそうだし…人気投票2位だし…他にも沢山チョコ貰えるよね…
………いや待てよ…銀さんって人気投票1位じゃん………
僕…あの人がチョコ貰ってんの見た事無いけど…
え…?もしかして、あの人達でも貰えない…?
どんだけ厳しいんだよ、この世界!?
「新八!何ボーっとしてるネ!銀ちゃんのチョコ気色悪いヨー!止めろヨー!!」
神楽ちゃんの声で我に返ると、銀さんがホワイトチョコに大量のマヨネーズを投入していた…おえっ…
「…神楽ちゃん…アレは特殊な嗜好の人用のチョコだから…生温かく見守ってあげよう…」
ぽん、と神楽ちゃんの肩に手を置いて、僕は居間の掃除へと逃げた。
◆
あぁ、気持ち悪いもの見ちゃった…
早く忘れようと頭を別の事に切り替えようとすると、上目遣いで僕を見上げる悲しそうな顔の沖田さんがちらつく。
それもご丁寧に、
『チョコ…食べてェ…』
なんて音声まで付いて。
実際はあの人の方が僕よりちょっとだけ背が高いから上目遣いなんてされる訳無いんだけどね。
変なイメージ出来あがっちゃってるよ…
もう、ここの所ずっとチョコチョコバレンタインとか言われてるから…
でも、どうなんだろう…本当に沖田さんでもチョコ貰えないのかな…?
まぁ、武装警察だし…ドS王子だし…多少見栄えが良くったって、チョコなんて貰えないのかもしれない。
神楽ちゃんに期待してたんだろうな…
あ、なんかチョコを貰えない沖田さんを想像すると凄く嬉しい…
僕は1個貰えるからかな…?
…そうでもないような気もするけど…なんだろ、これ…?
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