はあとのちょこれいと
今年もやってきたこの季節。
もうずっと僕には関係無かったハズのその日は、知り合う人が多くなって僕の中ではすっかりメジャーな日となってしまったのだ。
義理とはいえ、僕は男としての矜持を保てるようになったし、何より…
「新ちゃん、今年もチョコ、よろしくね?お客様達にすっごく好評なのよ、新ちゃんの手作りチョコ。」
「はい、まかせてください姉上!」
…男の僕だけど、ここの所バレンタインデーには姉上に代わってチョコレイトを作るようになってしまったのだから…
だって仕方ないじゃないか。何事も完璧な姉上の唯一の弱点は料理という名の暗黒物質を作る事なのだから。それなのに、姉上はその事を自覚してなくて…過去に姉上が寺子屋で手作りチョコを配った次の日、そこでは阿鼻叫喚の地獄が訪れたのだから…死人こそ出なかったけど、そりゃぁヤバかったんだ。
職業上姉上がバレンタインにチョコをバラまかなきゃいけないのは仕方ない事で…だから、すまいるのお客さん達の命を守る為だ、男だなんだと僕が恥ずかしがっている場合じゃないんだ。仕方ない事なんだ。
それに、それは悪い事ばっかりじゃなくて。
「これ、材料費とバイト代。今年も沢山になっちゃうけどよろしくお願いね?あ、新ちゃんのチョコは私の手作りだから楽しみにしていてね?」
「…はい…姉上…」
うふふと綺麗に笑って去ってゆく姉上を見送る顔は少しだけ引き攣ってしまったけど、その気持ちはやっぱり嬉しい。
なにより臨時収入が入るのはとても助かる。万事屋の給料なんていつ入るか全然分からないんだからさ!
材料費を出来るだけ安く済ませたら、その分バイト代も増えるし…お通ちゃん資金は多い方がイザと言う時に助かるからね。
早速ここ最近検討していたチラシを片手に一番安いチョコを大量買いしに行く。
ちょっと遠い店だけど、どこよりも安いからそれを逃す手は無いよね!
大量の板チョコをお得に手に入れた僕が次に向かうのは100均で。ラッピング用品とかチョコ作りの道具なんかが色々売ってた筈だから…いくら義理とはいえ一応ソレっぽくしとかないといけないしね。
色の付いたケースとか可愛らしい袋なんかをさして期待しないで見に行った僕の目に飛び込んできたのは、色とりどりの可愛らしい模様の付いたケースやら、ハートの形のケースやらで。
凄い!こんなに色々あるの!?それもなんか可愛いよ!!これ、凄く良いんじゃない!?
ワクワクしながら僕が色々見て回っていると、凄く可愛い小さな箱が僕の目に飛び込んできた。
それはラッピング用の箱で…
…こんな可愛い箱にチョコを入れて贈られたら…嬉しいよね…きっと…
ふわりと浮かんだ顔は、僕がいつも見る無表情で…それが笑顔に変わったら、きっと僕の心臓は破裂してしまうかもしれない…
大量の可愛い柄の丸いアルミケースやラッピング用品と一緒に、カゴの底にはこっそりとハート型のアルミケースと可愛過ぎないけどバレンタインっぽい小箱。
さりげなくさりげなく、あの人に渡す為の特別なハートのチョコレート。
僕からって言ったら引かれるかもしれないけど…でも上手く誤魔化して、ちゃんと渡したい。
大量のチョコを溶かしてアルミケースに流してどんどん固めていくと、いい感じのチョコが出来あがる。
今年はいつもよりウケが良いんじゃないかな?コレ。すっごく可愛く出来てるもん!
自画自賛しながらも手だけは止めないで義理チョコを量産していく。
さて…練習は終りだ。
ココからが、僕の本番だ。
ハート型のアルミケースに、そーっと細心の注意を払って小さいボウルに別に溶かしたチョコを流し込む。
コレは特別だから、ミルクチョコとビターチョコと2種類作るんだ。
チョコの中の気泡をとばして、想いを込めて。
…うん…上手く出来たよね…?美味しく食べてくれると良いな…
◆
そして迎えたバレンタイン当日。
姉上の義理チョコと一緒に作っておいた、お世話になってる方達用のチョコを持って僕は万事屋へと向かう。
お登勢さんにキャサリンさんにたまさんに神楽ちゃん。
皆ちょっと照れながらも嬉しそうにチョコを受け取ってくれた。
そして、お返しとばかりに僕にも(義理)チョコをくれたんだ!
本命じゃないってのはちゃんと分かってるけど、やっぱりこの日にチョコレイトを貰えるのは嬉しいものだよね!!
銀さんに甘いモノは良くないと思ったけど…やっぱり1人だけあげないのは可哀想なんで、1個だけをラッピングしてあげる事にした。
そうしたら物凄く喜んでくれて、
「ホワイトデーにお返しするからな!!」
と異様なテンションで言われた。
そんなの気にしないで給料くれないかな。マジで。
その後はバレンタインデーだからといって特に普段と違う事も無く、僕はいつものように掃除や洗濯をしながら買い物までの時間を潰していた。
そう、僕はあの人がいつもどこに居るのかなんて知らないから…たまに偶然逢う事が出来る大江戸ストアのタイムセールに賭ける事にしたんだ。
この僕の想いの詰まったチョコレイトを渡すのは、そこしかないって。
そっ…そろそろ時間だ…!
ガタン、と勢い良く立ち上がってエコバックを担いで歩きだすとテーブルに足をぶつけた…てっ…テンパるな僕ゥゥゥ!
「かっ…買い物に行ってきましゅ!」
「…新八君何張り切ってんの…?あー…今日は銀さんも一緒に行くわ。」
チィィィッ!何か気付かれたか!?僕の様子、おかしかったかァァァ!?
「チョコ貰えるアルカ!?ワタシが一緒に行って見定めてやるネ!!」
駄目だァァァ!神楽ちゃんが来たら上手くいくモノも全部台無しにされるゥゥゥ!!
「僕がチョコ貰える訳ないじゃないですか!別に、そこら辺歩いてたら僕を待ち伏せてる女の子が『あの…これ、受け取って下さい!』なんて来るなんて思ってませんから!そんな期待してませんからァァァ!!」
僕がそう叫ぶと、2人の目がからかいを含んだ凄く嫌なモノになる。
そして、すぐに慈愛に満ちた目になるのがムカつくけど今日は我慢だ。
「そっか、新八君ガンバ。」
「新八ぃ、夢はあきらめたらそこで試合しゅーりょーアルヨ。」
「うるせェェェ!行ってきます!!」
生温かい笑顔に送られて玄関を出る。
そぉっと気配を探っても、僕を追いかけてくる気配は無い。
…良かったァァァ…なんとか振りきれた………
キョロキョロと周りを窺いながらの行く道も、あの人が居そうな所をわざと通った帰り道も、結局僕は彼に出逢う事は出来なかった。
…あーあ、駄目だったか…
しょんぼりと帰った万事屋で、誤解ながらも精一杯励ましてくれる2人に夕飯を作って、今日は帰らせてもらう事にした。
帰り道では偶然出逢えるんじゃないかと少しだけ期待したけど、やっぱりそんな事も無く、僕はすんなりと家に帰り着いてしまった。
あーあ、仕方ない。渡しに行く勇気もないんだから仕方ない。
折角作ったチョコだけど、コレは僕が食べてしまおう。
大きく溜息を吐いて門をくぐると、玄関に見知った姿が2つ。
少しだけご機嫌な姉上と…近藤さん…?…まぁ、今日は来るよね。バレンタインディだもの。
そっと門の陰に隠れて見守っていると、あろう事か可愛らしく頬を染めた姉上が、近藤さんに向かってチョコらしき包みを差し出していた。
それも、僕が作った義理チョコじゃなくて、姉上の手作りっぽい…暗黒物質…
えっ…えええええっ!?
姉上どういった心境の変化ァァァ!?
まさか…本当は近藤さんの事す…イヤイヤイヤそんな事無い!そんな事僕は認めませんんん!!!
凄く幸せそうに受け取った包みを開ける近藤さん…なんだか姉上も幸せそうで…そんな………
一瞬顔が引き攣った近藤さんが、それでも暗黒物質を鷲掴んで思いっきり口に入れた…あーあ…
するとやっぱり、いつもの如く近藤さんが泡を吹いて倒れた…
それを見届けた姉上が、ニヤリと笑って、近藤さんを放置したままこちらに歩いてくる。
「あら新ちゃんお帰りなさい。ゴリラは放っておいても大丈夫よ。どうせ山崎さんが回収に来るから。」
にっこり笑顔でそう言って、爽やかに出勤していってしまった。
…姉上…少しでも疑った僕が馬鹿でした…
流石にそのまま放置するのもなんなんで、僕は近藤さんを引き摺って玄関の中に入れて毛布を掛けておいた。
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