少しだけの勇気



今日7月8日は沖田君の誕生日。
1年生ながら皆の憧れのイケメンで、剣道の達人で、勉強はちょっと苦手だけど頭の回転が速くって、サディスティック星の王子様で…でもちょっぴり優しい沖田君の。

同じクラスだけど、きっと沖田君は私の事なんか知らない。
でも、私は沖田君の事良ぉーく知ってる。

…だって…

私は片想い、してるから。
想いが通じるなんて思っていないけど、でも…恋する気持ちが止まらないから。
だから沖田君の誕生日を知って、少しだけ勇気を出してプレゼントを渡そうと思い立ったんだけど…
それを機会に私の事覚えてくれたら良いなぁ…とか、ささやかな期待を持ってたんだけど…

駄眼鏡なんて呼ばれてる私は運もあんまり無いみたいで…


「ドSナマイキヨ!何でそんなに菓子もらってるネ!ワタシにも寄越すアル!!」

「はぁ?こんなモン要らねェけど、テメェにだけはやらねェよクソチャイナ!!」


今日も朝から沖田君は神楽ちゃんと喧嘩を始めた。
沖田君が珍しく朝早くに登校してきたから凄いチャンスだと思ったのに…何で今日に限って神楽ちゃんも早いの…?
その上、私が用意したプレゼントもお菓子だから…もし神楽ちゃんに見つかっちゃったらきっと食べられちゃうよ…
沖田君、よく駄菓子を食べてるからお菓子好きなんだろうな、って思ったし。
残るものじゃないから置き場所に困ったりもしないし。
…お小遣いあんまりないから…家に有った材料でなんとかなったし…
なんとか綺麗にラッピングしたから、見た目も悪くはならなかったし。
…頑張ったんだけどなぁ…

イヤイヤ!諦めちゃ駄目パチ恵!まだまだチャンスは有るパチ恵!!ここで諦めるなパチ恵ェェェ!!!

取り敢えず、これ以上教室が破壊されない内に2人の喧嘩を止めるのが私に出来る最大の役目…

「神楽ちゃん喧嘩は駄目ェェェ!!」
「キャー!沖田君これ貰ってぇー!!!」

私が神楽ちゃんを止める声と、女の子達が沖田君を取り囲むのはほぼ一緒で。
…女の子の恋するパワーって凄いなぁ…クラスの男子でもこの2人の喧嘩の間に入るような猛者は少ないのに…
とにかく喧嘩は納まったから良かったって事にしておこう。
…沖田君はなんだか凄い事になってるけど…

「パチ恵、助かったアル。危なく巻き込まれる所だったネ。」

「ううん、偶然だよ。でも、喧嘩は駄目だよ?お菓子ならコレあげるから。」

はい、と神楽ちゃんの為に持ってきたお菓子を差し出すと、にっこりと可愛い顔で神楽ちゃんが笑う。
…本当は沖田君のプレゼントを作った時に出た失敗作なんだけど…でも、味は悪くないから!!
ちょっと形が悪かったりコゲちゃったりしたヤツだから!!

「おぉー!パチ恵大好きアル!」

お菓子の袋を抱え込んだ神楽ちゃんが、自分の席に落ち着いて早速お菓子を食べ始める。
にこにこと嬉しそうに食べてくれるのは嬉しいけど…
そんな喜んでくれると…ちょっと罪悪感が…
今度は神楽ちゃんの為にちゃんと作って来るね…?





その後も、休み時間毎に私はチャンスを窺ってたけど、沖田君の周りには女の子が絶えなくって私が入り込む隙は無かった。
その上、大量の女の子に遂にキレた沖田君がドSの王子様を発揮して、バッサバッサと冷たく斬り捨てていって…
それだけで頑張って頑張って勇気を振り絞った私の気持ちはすっかりヘコんでしまった。
それに…授業が終わってすぐに沖田君はさっさと教室を抜け出して部活に行ってしまった。
まだHRも始まっていないのに…

…やっぱり私が頑張ったって沖田君に近付くなんて無理だったんだよね…
下手にプレゼントなんか渡して、ウザがられて嫌われたりしなくて良かったんだよね…
お菓子は…家に帰って自分で食べよう…

全部諦めてさっさと帰ってしまおうと教室を出ようとすると、ふいに後ろから腕を掴まれる。
何!?

「志村妹〜、ちょっと先生の手伝いしてくんない?」

私が振り向くとそこには死んだ魚の目をした担任の坂田先生。
しょっちゅう私に雑用を頼んでくるまるで駄目な大人…略してマダオだ。

「せんせい…今日は私早く家に帰り…」

「やってくれる?お〜、やっぱ志村妹は優しいね〜ちゃんと飴やるから。」

「アメとかいりませんから!私は家に帰…」

「んじゃ行こうか〜」

なんとか断ろうとしてみても、全然話聞かないよこの人っ!
その上変に力が強いから、腕を掴まれたまま私はズルズルと国語科準備室まで連れられて行ってしまった。

「じゃ〜ここの掃除宜しく〜」

ソコは確か先週も私が掃除させられた部屋だった筈なのに…
もう既に山と積まれたジャンプやカップめんの空き容器やお菓子の空き箱で一杯になってて…
学校の一部とは思えない有様になっていた。

「ちょっとォォォ!ココ先週掃除した筈じゃないですかっ!1週間でなんでこんなになってんですかァァァ!?」

「不思議だよな〜?もう毎日オマエここ掃除してくんない?」

「しねぇよ!先生ちゃんと自分で掃除して下さい!何で私ばっかり…」

ブツブツと文句を言いつつも見兼ねて掃除を始めると、背後に立った先生が私に何かを被せる。

な!?

「ちゃんとエプロンも用意してやったんだからさ〜俺の世話やけよ。」

確かに私に被せられたのは可愛いエプロンで、掃除をするのに助かるけど!

「ふざけんな天パァァァ!何で私が毎日マダオの世話しなきゃなんないんだよ!?自分でやりやがれェェェ!!!」

立ってるのもダルいのか、私の背中に寄りかかってきてたマダオに鼻フックデストロイヤーをお見舞いする。
見事に宙を舞った先生は、唯一見えていた床に激突してそのまま大人しくなった。

…流石にちょっとマズかったかなぁ…?

せめてものお詫びに、私はその部屋を掃除して帰ろうと思いました。





思ってたより掃除に時間がかかって、私が帰る頃にはすっかり遅くなってしまっていた。
だって、掃除の途中で目を覚ました坂田先生がおかしな文句を言ってくるから…何で気絶させたくらいで私が先生専用のメイドになんなきゃいけないんだよ!
その度に鼻フックデストロイヤーをお見舞いしてたら全然片付かなくって…
やっと綺麗になった頃には18時を過ぎていた。

暗くなりつつある玄関を抜けて校門に向かうと、校門前に部活が終わったのか厳つい男子の集団が居る。
ちょっと恐いけど…するっと抜けていけば大丈夫だよね…?
私が絡まれる事なんかないよね…?

その集団を追い越そうと早足で横をすり抜けると、聞き慣れた声が私を呼び止める。

「あら?はっちゃん?」

「お姉ちゃん?」

え…?お姉ちゃん…?
私のお姉ちゃんは同じ高校の3年生で、剣道部のマネージャーだ。
いつもなら剣道部はもっと遅くまで練習している筈なのに、何でこんな時間に…?

「どうしたの?はっちゃん今帰り?」

「はい、坂田先生の雑用に掴まっちゃって…」

私がえへへ、と笑って誤魔化そうとすると、お姉ちゃんが恐ろしい事を呟きながらバキボキと指を鳴らす。
『あのアホ教師…やっぱりシメなきゃ駄目ね…』とか止めてェェェ!

「あっ…あのお姉ちゃんこそ今日は早いですね!剣道部にしては珍しい…」

けんどうぶ…?
はっ!剣道部なら、沖田君も…
私がキョロキョロと辺りを見回すと、目立つ綺麗な茶色が私の目に飛び込んできた。
わ…ラッキー!
もしかしたら途中まで一緒に帰れるかも…

「あの、お姉ちゃん一緒に…」