てんこうせい
父様が、亡くなった。
私達姉妹の父様はこの時代に剣術道場を開くような奇特な人だったけど、それでも弟子の方達には必要以上に慕われるような人格者だった。
いつも厳しくて強くて、でも優しくて。
人が良すぎて生活が苦しくなった事も有ったけど、親子3人が暮らしていくのに不自由は無いどころか、有名私立女子高に娘2人を通わせることが出来るぐらいの経済力も併せ持っていた。どうやってお金の工面をしていたのかさっぱり分からなかったけれど、でも父様はいつも笑っていた。
私達も笑っていた。
楽しくて幸せで安心しきってて。
私達はそんな生活がずっと続くと思っていた。
でも、もうこれからはそういう訳にはいかない。
厳しくて強くて優しくて頼りになって…大好きな父様は、もう居ないのだから。
残された資産で道場を運営しつつ、私達も生活していかなくてはいけない。
父亡き後の道場を今迄通りにしておくにはやっぱり今まで以上に経費がかかるし、収入だって今迄通りという訳にはいかない。
だから、後少しで卒業する姉様はともかく、私はお金のかからない都立高校に転校する事に決めた。
当然姉様も塾頭の兄様も反対したけれど、2人が気付く前に私は転校手続きを済ませてしまっていた。
そう、それは全部自分で決めた事。
決めた事なんだけど………
そりゃぁ中途半端な時期ですよ?
そうそう転校出来る学校が無いって事も覚悟してましたよ?
でも、銀魂高校は無いんじゃない?
よりによって銀魂高校って…良い噂聞いた事無いよ、その学校…
それも、その中でも他クラスに眉を潜められるZ組にしか空きが無いとかどういう事なんだろう信じられない。
それでも今更転校を取りやめる事なんて出来ないから…
もう諦めて、1年生の間はクラスに関わらないで勉強だけしていよう。
2年生になったらクラス替え有るよね?
そうしたら…少しはまともな生活に戻る…よね…?
◆
そう思って挑んだ転校初日。
大人しく過ごそうという私の決意は既に職員室で砕かれた。
担任だという白髪のだらっとした教師が、いきなり私にセクハラをかましてきたのだもの。
『お〜、巨乳地味系眼鏡っ娘じゃん。俺専用のメイドに決定〜!放課後国語科準備室に来いな〜?イイ事しようぜ〜』
こんな時、共学の子だったら上手く躱せるのかな?
それとも何も言い返せないで泣いてしまうのかな?
でも残念ながら、私は道場の跡取り娘だ。
せめてツッコミだけで押さえておけば良かったのだろうけど、その目付きがみょうに恐くて、ついつい必殺技が出てしまったのだ。
『鼻フックデストロイヤー』
剣術とは関係ないけど、護身術として応用した私のとっておきだ。
勿論、職員室に居た女性教師達は私の味方をしてくれたけど…っていうか白髪の先生のオデコにクナイ的なモノが刺さってた気が…金髪の綺麗な女の先生が滅茶苦茶怒って何か投げてた気が…ううん、気のせい気のせい。
でも、職員室に居た先生方の印象は最悪で…2年生になってもZ組から抜け出せるのかどうかは疑問になってしまった。
こうなったら卒業まで教室の片隅でひっそりと地味にやり過ごそう。
私、地味には自信があるから。
…そう思い直したのに…思い直したのに…!
このZ組の生徒達は私の決意を悉く打ち壊して来ようとするよ!
我慢…我慢するんだ!ここで突っ込んだら負けだよ!!
私が教室に入った途端、四方八方からクラッカーが鳴り響いて熱烈歓迎されるってどういう事!?
小学生だってそんな事しないでしょ!?
その上HRなんか無視で私の机の周りにクラス全員集まるってどういう事!?
崩壊してるの!?このクラス!?
他のクラスも、眉顰める程度で放置してて良いの!?こんなの!!
…なんなんだこのクラス…
「ヨロシクな!ワタシがかぶき町の女王アル。神楽様って呼ぶヨロシ。」
一見可愛らしいぐるぐる眼鏡の女の子が反り返りそうに胸を張って上から目線で私に言ってくる。
何!?かぶき町の女王って!?
「分からない事があったら何でも聞いてくれ。俺はリーダーだからな。」
長髪の男子生徒(?)が言ってくる。
リーダーって何…?委員長って事かな…?
「学校の中案内しようか?俺、どこでも案内出来るよ?」
地味な男子生徒がいつの間にか私の横に現れてそう言ってくる。
えェェェ!?いつの間に…!?
「お前、恒道館道場の娘なんだって?」
こっ…恐い顔で瞳孔を開いた男子生徒がそう言ってチラチラと私を睨んでくる。
不良!?殺される!?
「俺とトシと総悟は志村先生にお世話になってね。妙さんはお元気ですかァァァ!?」
瞳孔男を押さえて、ゴリラみたいな男子生徒が頬を染めてそう聞いてくる。
父様の弟子…?なのかな…?ちょっと助かった…
私がコクリと頷くと、ゴリラが嬉しそうに笑う。
良いヒト…なのかな…?
「ちょっと男子あっち行きなさいよー!八恵ちゃんってあのお嬢様学校から転校してきたんだってー?」
女子生徒達が男子生徒を押しやって私の周りを取り囲む。
「…そうだけど…」
「えー?なんでなんでー?」
…面倒…
いちいち事情説明なんかしたくない。
同情されるのもまっぴらごめんだし。
「家庭の事情。」
私が一言そう言って目を逸らすと、私を取り囲んでいた女生徒達がブーブーと文句を言いながら去って行った。
あー、スッキリした。これくらいなら良いよね?なんとか我慢しきったんだもん。
「志村さん。」
…まだ何か用なの…?
ジロリとそちらを向くと、眼鏡を掛けたスタイルの良い女生徒が私を睨んでビシリと指をつきつけて来た。
「これだけは覚えて置いて?銀八先生は私のだから手を出さないで頂戴!分かった?」
………銀八って誰………?
分からないけど取り敢えず頷くと、その女生徒は満足したように帰って行った。
…はぁ…煩かった。なんてクラス………!?………
やっと静かになったと前を向くと、未だに1人男子生徒が私の机の上に顔を乗せて、じーっとこちらを見上げていた。
すっごいイケメンだけど…何なのこの人…?
「俺ァ眼鏡っ娘が好みなんですがねィ、残念ながらもうひとつ条件が有るんでさァ…」
何が残念…?
「アンタ、ドMですかィ?」
「そんなんアンタに何の関係が有るんだボケェェェッ!!」ばし――――――ん!!!!!
あまりにおかしな言動に、つい盛大にツッコミをいれてしまった!それも頭を平手で叩く勢いで。
流石に初対面の相手にそれはマズいよ!それも男の子に…
怒られるかな…殴られたりしたらどうしよう…
そこまで考えて私が固まってると、驚いたのか目を見開いていたそのヒトが、ゆっくりと顔を上げてにっこりと笑った。
…え…?可愛い…
「お前さん面白い女ですねィ…俺をぶん殴るたァやってくれるじゃねェか…気に入った…」
にっこりが、にやぁりに変わったと思った途端背中がゾクリと震えて自然と身体が一歩引いた。
その途端、机の上に落ちる全力の拳固…拳固ォォォ!?いくらなんでもソレはやり過ぎでしょォォォ!?
「へぇ、やるじゃん。流石志村先生の娘だァ。俺ァ沖田。沖田総悟。宜しくなァ、パチ恵ちゃん…俺ァやられたまんま黙ってるような男じゃ無いんで。」
再びにやぁりと笑ったその男の子が席に着くと、そのまま何事も無かったように授業が始まる。
…何なんだ!?ホントに何なんだこのクラス!?
私は改めて、大変な所に転校してきてしまったと思いました。
◆
その後は私の周りは静かなもので、当初の予定通り地味に静かに過ごしていた。
あの、沖田と名乗った男子生徒もどこかに行ってしまって教室には居なかったし。
4時間目が終わってすぐに、私はおべんとを持ってこっそり教室を抜け出した。
どこか静かな所でゆっくりしたかったから。
人の居ない方を選んで歩いて行くと、私は自然と屋上へと向かう階段を上っていた。
…屋上…良いかもしれない。
今日は天気も良いし…少し寒いかもしれないけどきっと外は気持ちいい。
そう思って少しだけ足を速めて階段を上っていると、階段の影から突然誰かが現れる。
「パチ恵…?」
「え…?」
誰だろうと顔を上げた瞬間私の目に飛び込んできたのはあの沖田という男子生徒の焦った表情。
そして、天井。
…天井…?
手を掴まれて抱え込まれたと思ったら、唇に何か柔らかいものがあたった。
そして次に来たのは酷い衝撃で…
私達は一緒に階段を転げ落ちた。
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