泣きながら、それでも晩ご飯を作り終えた頃に沖田君のお姉さんが帰ってきた。
彼女は沖田君に良く似た綺麗なヒトで、物腰柔らかな優しい女性だった。

「お姉ちゃんお帰りなさい。」

「ただいまそーちゃん。あら珍しい、晩ご飯作ってくれたのね?」

うわ、沖田君『そーちゃん』とか呼ばれてるんだ!

「はい、お疲れかと思いやして。」

「嬉しいわ、有難う。」

そっと頭を撫でられるとすごく安心して落ち着く。
姉様…ちゃんとご飯食べて………ハッ!沖田君に言っておくの忘れた!!姉様に料理をさせてはいけないって…!
…明日無事に会えるかな…?

すぐに一緒にご飯を食べて、私もちょっと死ぬ目に遭った。
ミツバお姉さんが『ちょっと物足りないわね。』と言って作ってくれた卵焼きで…
あんな赤い卵焼き、初めて食べたよ…普通卵焼きにタバスコとか一味なんてかけないよぅ…

後片付けはお姉さんがしてくれるというんで居間でぼんやりとテレビを見ていると、にこにこと微笑んだお姉さんがやってきて私に死刑宣告をした。

「そーちゃんお風呂用意出来たわよ?先に入っていらっしゃい。」

「えっ…あの…えっと…僕今日ちょっと風邪気味で…」

「じゃぁゆっくり温まってお薬飲んで早く寝るのよ?」

「イヤ…あの…今日はお風呂は…」

「そーちゃん?」

「…はい…」


…姉様…八恵は一足飛びで大人になります…





次の日の朝、あんまり寝る事も出来なくて早起きした私はお姉さんのおべんとと私のおべんとを用意して早くに家を出た。
昨日書いてもらった学校までの地図を見つつテクテクと歩いていると、携帯がメールを受信する。
…誰だろ…?
パカリと携帯を開くと、送り主は沖田君…?何か有ったの!?
慌てて本文を読むと、

『1時間目はサボれ。屋上にて待つ。』

…何だろう…やっぱり何か有ったのかな…
不安で一杯なまま、私は学校に急いだ。





ドキドキしながら屋上をウロウロと歩いていると、1時間目も半ば終わったぐらいの時間に欠伸をしながら私の姿をした沖田君がやってきた。
なっ…なに!?何があったの!?

「おーす…」

「おはようございます!一体何が有ったんですか!?頭ボサボサだしすごく眠そうだし…姉様にバレて監禁されたとか…それとも一兄様に成敗されたとか…」

「んー?特に何も無かったですぜ?」

きょとん、と私を見る顔は誤魔化してる感じじゃないけど…でも…

「じゃぁ一体何が…?」

「報告会でィ。パチ恵俺に大切な事言い忘れただろィ…?」

「え…?」

私が聞き返すと沖田君の顔がキリッと引き締まる。
一体何が…?

「姐さんの料理…アレ殺人兵器だろィ…危うく喰っちまうところだったぜィ…」

「あっ!ごっ…ごめんなさいっ!!でもミツバさんの調味料だって凄かったよ!」

「…悪ィ。」

…お互い姉の料理はもう話題にするのはやめよう。
それよりも…

「沖田君バレ無かった?姉様にバレたのかと思ったよ…監禁されてるのかと思った!」

「俺がそんなミスするかよ。姐さんは始終ご機嫌でしたぜ?あ、朝から塾頭と朝稽古もしてきやした!やっぱスゲェなあの人。」

キラキラと目を輝かせてそんな事言われたら、なんかくすぐったい。
そっか、兄様と稽古したから遅れたのか。兄様は剣術バカだから…

「沖田君、兄様に付き合ってたら何時までも稽古して毎日遅刻になっちゃうよ。ほどほどで切り上げて…」

「は?稽古はちゃんと切り上げやすぜ?」

「え…?じゃぁ何でこんなに遅かったの?」

朝稽古を早めに切り上げたんならそんなに遅くはならない筈…

「そんなん稽古の後に風呂入ってきたからに決まってるじゃねェか。もうすっかり使いこなせてやすぜ?オメェのカ・ラ・ダ。」

「え…?使いこなす…?」

「おう。イイ所は全部調査済みでさァ。」

「は…?」

「あんまきもちーんでついヤり過ぎちまって遅刻しちまいやした。お前さん感度良いねィどこもかしこも。特にチク…」

………まさか………
え…?嘘でしょ…?

「沖田君…?まさかとは思うけど…私の身体に何かした…?」

「ひとりエ…」

「イヤァァァ!変態ィィィ!!」

「何でィ、オメェだって便所行ったり風呂入ったりして俺のムスコ触りまくったんだろィ?」

「まくってなんかいません!仕方なくです!いっ…いやらしい目的じゃないもん!!」

ニヤニヤ笑う沖田君に泣きそうになるけど、とにかくもうやめてもらわなくっちゃ!
今は私の身体じゃないけど私のだもん!!

「そっ…そんないっ…いやらしい事…!もぉやめて下さいよ!絶対ですからね!!」

「へーい。」

「ホントにホントですからね!」

「へいへい。それよりこれ弁当な。どーせ昨日みてェなちっちぇえのしか持ってきてねェんだろ?俺がそんなんで足りると思わないで下せェ。」

沖田君が差し出したのは2段重ねの重箱で…大っきい…

「沖田君が作ってきたの…?」

「おう。姐さんが作るとでも思ってんですかィ?それともあの暗黒物質が食べたかったんで?」

私がブンブンと首を横に振ると沖田君がクスッと笑う。
…何だろ…私の顔なのに可愛い…

「沖田君がお料理するなんて意外で…じゃぁ、コレ…」

私が朝作ってきたおべんとを渡すと、沖田君がにっこりと笑う…何…?
何でなのか分からなくて首を傾げていると、ぽんぽんと頭を撫でられる…なっ!?

「昨日の弁当旨かったからな。お前さんの弁当ちょっと楽しみだったんでィ。」

そっ…!
そんな事言われたら照れる!!
でもなんか嬉しいな…そんな事言ってもらえたら…

「あっ…ありがとう…」

「おう…」

なんだか猛烈に恥ずかしくなって顔に血が上ってきたんで屋上の風で熱を冷ましていると、凄く気持ちいい。
教室行きたくないな…このまま屋上で1日過ごしてたら…駄目だよな…

「で?元に戻る何か良い案は浮かびやしたか?」

その声に振り返ると、器用な手つきでおさげを編んでいる沖田君と目が合う。
…そういえば全然考えて無かった…

「…もっと高い階段を落ちるとか…神様にお願いするとか…?」

「…考えて無かったろ…?」

ジトリと私を見る目が呆れてるよ…!

「だってそれどころじゃなくって…!大変だったんだもん!色々!!」

「…ま、神頼みしてみやすか。近くの神社に行ってみやしょう。んじゃ又放課後な。」

そう言い残して沖田君がさっさと屋上を出ていってしまう。
え…もう行っちゃうんだ…あとちょっとだけ…一緒に居たかったな…

って何考えてんの私!?
あんな変態エロ野郎と一緒になんか…!


すぐにチャイムが鳴って、私は不安ながらも教室へと向かった。