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次の朝すっかり寝坊してしまった私が慌てて起きあがると、にこにこ笑ったご機嫌な沖田さんに顔を覗き込まれていた。
ひどく気恥ずかしくて布団に潜り込もうとすると、抱き込まれて動きを封じられてしまう。
うわわわわ!!
「おはよーごぜぇやす。コーヒー淹れてありやすんで飯作って下せェ。」
「おっ…おはよう御座います…すぐ作りますね!」
慌ててベッドから出ると、何だか足が寒…さむ………なんでパジャマ上だけェェェ!?って沖田さん見て…
「きゃ………!!」
思いっきり叫びそうになったら、慌てた沖田さんに手で口を塞がれる。
そっ…そうだった…お嫁さんが悲鳴とかおかしいもんね…
こくこくと頷くと、そっと手を離してくれる。
危ない所だった…しっかりしなくちゃ!
「なんでィ、今更恥ずかしがる事なんざねェだろ。そんな所も可愛いんですがねィ…さ、おはよーのちゅーしやすぜ。」
「…はい…」
にっこりと微笑まれると胸がきゅんとする…
でも私は嘘のお嫁さんなんだから…だから…
1か月だけ…1か月だけ沖田さんの事沢山好きになろう…
そっと目を瞑ってベッドに近付くとちゅうちゅうと音がする。
何…?
目を開けると自分の手に吸い付いている沖田さん…え…?
…そうか…カメラは無いからここでは本当にして無くて良いんだ…キスなら私が演技する必要もないもんね…
いきなり現実を叩きつけられた気がして泣きそうになる。
でも、そうじゃなきゃ1か月が過ぎた時にちゃんと諦める事が出来ないかもしれないもんね。
沖田さんの演技が終わってすぐに、私は逃げるようにキッチンに走って朝ご飯を作った。
本当ににコーヒーメーカーにコーヒーが出来てる…沖田さんが淹れてくれたんだ…
ちょっとビックリしつつ冷蔵庫を覗くと中には食材がいっぱい入っていた。これならトーストを焼いてオムレツとサラダとベーコン…
ってコレ凄い良い食材ばっかり!こんな朝ご飯銀さんや神楽ちゃんにも食べさせてあげたいな…あ、でも神楽ちゃんは和食が好きだから洋食じゃ駄目かな…?
つい万事屋の事を考えてクスクスと笑ってしまうと、ちょっとだけ気持ちが軽くなった。
そう言えば、万事屋には出勤しても良いのかな?お休みするとか全然打ち合わせしてないよ…
「おーいパチ恵ェ、腹減ったー」
いつの間にか背後に居た沖田さんがガバリと抱き付いてくる!
ビックリしたけど、なんとか小さい悲鳴で堪えた私偉い!!
「いつの間に後ろに居たんですか!?ビックリしました!おき…総悟さんは洋食で大丈夫…ってなんでパジャマ着てないんですかァァァ!?」
ココはカメラが有るからお嫁さんらしく…って思ってたのについツッコミを入れてしまった。
だって沖田さん、何故かパジャマの下だけ履いてて上は、はっ…裸だったんだもん!
「ちゃんと着てやすぜ。上はホラ、パチ恵に着せてまさァ。」
そう言われてちゃんと見てみると、それは夕べ沖田さんが着ていたパジャマの上で私にはかなり大きかった。
…なるほど新婚さんっぽい…そこまで考えてるのか沖田さん凄い!
「…でも恥ずかしいです…」
「全裸が良かったんで?あ、裸エプロン?パチ恵ちゃんのえっちぃー」
ニヤニヤと笑う顔は意地悪だけど、でもカメラ前だからか目は優しい…
「そういう意味じゃないです!…もう良いです風邪ひいても知りませんからね。」
ふいっと目を逸らすと焦った空気が伝わってきて、すぐに両腕の中に囲われてしまう。
それが凄く気持ち良い…
「風邪なんかひきやせん。パチ恵が暖めてくれっからねィ。」
「…仕方ないですね…旦那様の体調管理も妻の役目ですから…暖めてあげます。でも、今はご飯冷めちゃいますから早く食べましょう?」
「えー、そんな殺し文句言っといて飯ですかィ?俺ァ俄然パチ恵が喰いたくなってきやしたー」
…凄いな沖田さん…カメラ前では完璧ラブラブな新婚さんだよ…
このまま幸せな新婚さんで居たいけど…でもきっとそうしたら諦められなくなっちゃう…
「お腹すいたって言ってたじゃないですか。良いですよ?総悟さんが食べないなら万事屋に持って行っちゃいますから。」
「喰いやす。」
すぐに食卓について料理を食べ始めた沖田さんは、やっぱりラブラブな旦那様の演技で旨いとか幸せだとか言ってくれた。
それが演技だって分かってても凄く嬉しくて幸せで…少しだけ本当なんじゃないかって錯覚してしまう。
でも、私は上手く演技が出来る自信はないから、今はそれで良いのかもしれない。
◆
食事を終えて後片付けも終わって、ソファでテレビを見ている沖田さんの隣に座る。
確か今日は非番だって昨日言ってたけど…新婚さんってお休みの日は何すればいいんだろう?
どこかに出かけたりするのかな?
それとも家でゆっくり休むのかな?
「…総悟さん、今日はお休みなんですよね?どこかに出掛けたりするんですか?」
「パチ恵はどっか行きたい所でもあるんですかィ?有るんならどこにでも連れてってやりますぜ?」
にっこりと微笑まれるのはやっぱり慣れないよ…その度に心臓が暴走して苦しくなる!
いつも無表情だったりニヤリと悪そうに笑ってるのしか見た事無いし…いきなりこんな顔見せられたら仕方ないよね…
「あ、いえ特にどこかに行きたいとかは無いんですけど…総悟さんが出掛けるなら…一緒に行きたいなって…」
ちょっとだけ本音も混ぜてみたりした。
ラブラブな演技には私の恋心は丁度良いのかもしれない。
そっと沖田さんの顔を窺うと、照れたような嬉しそうな笑顔。
…あれ…?こんな顔見たような気がする…
そうだ、買い物の帰りに偶然沖田さんに逢った時とか、恒道館に近藤さんを迎えに来た時とか…周りに誰も居ない時にこんな顔を見た事有るかもしれない…
そっか、だから好きになっちゃってたのかもしれない。だってこんな顔は反則だもの。
「俺も特に出掛ける予定は有りやせん。非番の日には大体屯所でゴロゴロしてやすからねィ…いつ何が有るか判りやせんから。」
…隊長って大変なんだな…
って!設定では私と『想い合って』結婚したんじゃないの!?
デートはどうしてたの!?
「じゃぁデートの時非番だって言ってたの嘘だったんですか…?」
そんな事した事無いけど、そこはツッコんでおかなきゃダメだよね…?
「…アレは有給でさァ。パチ恵とのデートは俺にとって最優先任務ですからねィ。呼び出しなんざ無視してやした。」
「だっ…ダメじゃないですかァァァ!」
私が怒ると、ゲラゲラ笑った沖田さんが抱きしめて動きを封じてくる。
…こんな甘い生活…知ってしまったらもう諦められなくなるかもしれない…
でも…1か月だけ夢を見ても良いよね…
「もう毎日一緒なんですから…今日はしっかり休んで下さいね?」
「…おう…」
そのままソファに座って色々なお話をした。
沖田さんの事をたくさん知る度に、好きだって気持ちが大きくなっていくけど…
後で辛くなるのは分かってるけど、それでもやっぱり幸せで嬉しくて。
私は気持ちを押さえる事なんか出来なかった。
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