※日記ログ『温かな』の続きです


未来は


やわらかな薄茶色の髪に深い藍の瞳の男の子。
キレイだなぁ…なんて少しだけ憧れていたクラスメイトが、ドS王子と呼ばれているのは周知の事実だったのに。
それでも私にはイジワルなんかしたことない人だったから、すっかり安心してしまっていたのかもしれない。
だからHRが終わってもグウスカ眠りっぱなしの彼をほんの出来心で起こしたら、寝惚けて愛の告白をされてしまったんです。
それも、銀八先生に言わせたら『原始人の告白』で。

告白なんて初めてだったからすっごくビックリしたし、凄く近くでキレイな顔を見てしまったから見惚れてしまったし、ぎゅうって抱きしめられたらドキドキしたのに!
一体どんな夢を見ていてそんな事を私に言ったんだろう?
それともちゃんと解っててからかってるのかなぁ?

どっちにしても、本当に彼が私を好きだなんてありえない事なんだ、って私はちゃんと解ってる。
だって私達は同じクラスだっていうだけでそんなにお話した事も無いし、ちゃんと私の名前を知っているかだって怪しいぐらいの関係なんだもの。
いっつも仲良く喧嘩している神楽ちゃんならまだしも、相手が私だなんて無いよ絶対。
それに彼は性格に難ありだけど見た目は綺麗だし、剣道だって強いし、無敵なんじゃないかってぐらい何でも上手くこなす、学校一のモテ男だって言ってもおかしくない男の子なんだもん。
そんな彼が学校一地味で眼鏡が本体とか言われてる私の事を好きになるだなんて無いよ。
よく私の地味仲間の山崎君に『オメェは地味なんだから地味子がお似合いでさァ!カワイソー。高望みしてんじゃねェよ。』とか言ってるもの。
そんな人が地味子である私を好きになんてならないでしょう?
だから、私はビックリしたけど、彼はそんな事すぐに忘れてもうお話しする事も無いんだろうなぁって思ってたの。

それなのに、あの日から彼はいつも私の傍に現れるようになって…
たくさんお話をして色々な事を知ってしまって…
その上、毎日すっ…好きだなんて言ってきて…
今では私とは全然関係無かった筈のその人は、すっかり私の心の中に居座ってしまったの。

本当の本当は私の事を上手く騙せなかったから、上手く騙せるまでからかい続けてるだけなのかもしれないっていうのに…
私がちゃんと騙されたら、その後はもうお話もしてくれないかもしれないって言うのに…
私は…


でも…好き、って言ってくれる時は、いつもと違う凄く真剣な顔で言ってくれるし…


ううん!それは全部演技かもしれないし!!
私がその気になったら、いつものニヤリって顔で笑って種明かしするんだよきっと!!
きっと…からかわれてるだけなのに…


…もぅ―――解んないよぉ………



「妙さんすみません…俺、明日はデート出来ないんです…あ!今日が七夕だから俺達が織姫と彦星って訳でじゃないですよ?俺はいつだって妙さんに逢いに来ますから!」

私がそんな事をグルグルと考えてしまっていたっていうのに、近藤君の大きな声が聞こえてきて私の思考の邪魔をした。
…またウチに来てるんだ近藤君…懲りないなぁ…

「私達、デートなんてした事ありませんよね?」

「え?あぁそうか、ちゃんと出掛けてはいなかったですね!じゃぁ明後日ちゃんと出掛けてデートしましょう!!妙さんドコ行きたいですか?」

「そういう意味じゃないです。」

………お姉ちゃん怒ってる…今は近付かないようにしようっと…

「俺に任せるって事ですか?じゃぁ次に来る時までに考えときますね!あ、明日は総悟の誕生日なんです。なんで部の皆で騒ぐのが毎年の恒例でして…こうなったからといって俺だけ抜けるってのは違うでしょう?妙さんには寂しい思いをさせてしまって申し訳ないんですが…」

あ!近藤君ソレはダメっ!!

「…別に寂しくなんかありません!」

すぐに、何か重いモノを殴りつけるような音と近藤君の悲鳴が聞こえてきたけど、私は知らないよ。何も聞いて無い。


…でもそっか…明日は沖田君の誕生日なんだ…
確か今アレとアレがあるから…出来るよね………

誕生日を口実に…明日、このグルグルした気持ち全部をハッキリさせる為に、私は台所へと向かったのです。





次の日の朝。
姉妹揃って家の玄関を出ると、そこにはいつものように全開の笑顔の近藤君と、なぜか緊張した顔の沖田君が居たんです。
なんで沖田君…?いつもは遅刻ギリギリの登校なのに…

「妙さんおはようございます!今日も俺が登校途中の危険から貴女をお守りします!!」

「朝から鬱陶しいんだよゴリラ!!」

いつもなら、そのまま近藤君を殴り飛ばして私の手を引いて登校するはずのお姉ちゃんが、今日は近藤君の手を引いてスタスタと歩いて行ってしまった!

えっ…えぇぇぇぇっ!?お姉ちゃんに何が…


「パチ恵ちゃんはガッコ行かないんですかィ?お、サボリなら一緒に…」

「行きます!ちょっとビックリしただけです。あのお姉ちゃんがやっと素直になったから…じゃなくて!こんな早い時間に家の前で沖田君を見るなんて…」

「…又『沖田君』に戻ってやすぜ?俺ァ『そー君』でィ。」

むぅっと口をとがらせて拗ねるとか…そんな仕草まで可愛いなんてズルイ…高校生男子なのに!そんなの…本当にそー君って感じだよ…
寝惚けてたあの時にそう呼べって言われて暫くは沖田君の事をそー君って呼んじゃってたけど、恋人でもないのにそんな呼び方はおかしいって皆に言われたから止めたのに…私がそう呼んでも良いのかな…?

…うん…今日は誕生日だし!沖田君がそう呼べって言うんだから、リクエストには応えても良いよね…?
そんな事を考えていたら、沖田君が私の手を掴んで歩きだしたよ!?

…てっ…手…繋いでる…!

男の子と、それも沖田君と手を繋ぐなんて恥ずかしすぎて顔に血が上ってきちゃうよ!
神楽ちゃんやそよちゃんやお姉ちゃんの手とは違う、ゴツゴツした大きな手は…なんだか安心して気持ち良くって…って!流石にコレはダメだよ!!

「そー君、手っ…!」

私が手を引っ張って歩くのを止めると、前を向いたままの沖田君が私の手を引き返して止まった。

「今日俺、誕生日なんでィ。早起きしてんだし…少しぐれェ良い事有ってもいいだろィ…?」

そう言って、嬉しそうに笑って握ったままの手を持ち上げられると、ダメだなんて言えなくなってしまった…
あ!今がチャンスだよ!!今なら誰にも邪魔されない。アレを渡して…確かめるんだ…!

昨日作ってキレイにラッピングした誕生日プレゼントを、沖田君の目の前に差し出す。

「あの!そー君のお誕生日にね、カップケーキを作ったんです!…美味しくないかもしれないけど…プレゼントです!!」


これで喜んでくれるなら、私は沖田君の言う事を信じる事にする。
ちゃんと私もお返事するんだ!
でも、私を騙そうとしてるんなら…きっとコレで私がすっかり騙されたって思ってくれて…バカにして終わりにしてくれるだろうから…
悲しいけど、もう沖田君の事でグルグルする事は無いんだ!


沖田君の気持ちがハッキリ解るのが怖くて、でも早く知りたくて、プレゼントを差し出したまま動かないでいたのに…それなのに…
袋を目の前にした沖田君は、ピクリとも動かなくなってしまって…どっちなのか判らないよぉ!

そーっと袋を横にずらして沖田君を見ると、首も耳も顔も真っ赤になってて…って何!?この反応!?
こんな顔…見た事無いよ…

「カオ真っ赤にして可愛くプレゼントなんざ反則でィ…コレ…告白…ですよねィ…?」

「なっ…ちっ…違います!昨日近藤君が、ウチで大きな声でそー君が今日誕生日だって言ってたからっ!何かあげないと苛められると思ったんですっ!」

プレゼントの袋を押し付けて、身体ごと沖田君の目から逃げようとしたのに!手を繋がれているから逃げられないよ!!
もうイヤっていうほど解っちゃったから!恥ずかしくて逃げたいのに…!!

「俺ァパチ恵ちゃんだけはイジメたりした事ねェよ?本当に本気で好きだから…どうやったら信じてくれるんですかィ…?」

「もっ…もう信じました!そー君真っ赤だもん…それも演技だっていうんなら、私騙されても仕方ないです!」

「えっ…」

沖田君が慌てて私の手を離して顔を隠す。
そうしたら、今迄繋がれていた手が急に冷たくなった気がするよ…

なんだか凄く悲しくなって、腹が立って、私は沖田君をその場に残したまま早足で学校に向かった。
でも、すぐに私に駆け寄ってきた沖田君が私の手を取って、今度は指を絡めて恋人繋ぎをしてきた!
…でもそれは、凄くドキドキしたけど気持ち良くって幸せな気分になってしまったから…手は離してあげないよ…

「…ケーキ有難うごぜェやす。今喰っても…?」

そう言った沖田君のお腹が、丁度その時グーっと鳴った。

「えっ!?朝ご飯食べてないんですか?じゃぁ私袋持ってますから食べて下さい!」

「いただきやす。」

本当なら繋いでいる手を離せば良いんだろうけど、そうしたくなくてケーキの入った袋を私が持つと、沖田君は器用にカップケーキを1つ取り出してぱくりと食べてくれた。

「旨ェ!本当にコレパチ恵ちゃんが作ったんですかィ?買ってきたんじゃ無くて?」

目をまんまるにして驚く沖田君っていうのも珍しい…

「作りましたよ?家に材料があったのでカップケーキになっちゃいましたけど…逆に買えませんよ…おこずかい少ないんで…でも、そー君のお口に合って良かったです…あ!まだ言ってなかったですね!お誕生日おめでとうございます!」

少し照れ臭くてえへへと笑うと、フラフラと揺れながら沖田君が近付いてくる。
わーっ!お腹空き過ぎちゃったの!?
倒れないように支えようとして私も近付くと、チュ、という音と一緒に唇に感じた温かい感触が離れていった。
呆然と沖田君の顔を見つめていると、真剣だった表情が、にっこりと笑顔に変わった。

え…?今…キス…

「なっ…!?」

「スゲェ旨かった…ごちそうさんでした。」

ペロリ、と沖田君の舌がそのキレイな唇のを舐めるのを見せつけられて、私の心臓は壊れそうに脈打って、頭が破裂するんじゃないかってぐらいに血が上ってくる。
とってもそのまま顔を見ているなんて出来なくて俯いてしまったけど、それでも大切な事を伝えなくちゃいけないから繋いだままの手をぎゅうと握り返した。

「…私…そー君の事が大好きです…」

頑張ってやっとそれだけ言ってそっと見上げると、沖田君の顔が気まずそうに歪む。

え…?
やっぱり全部演技………?

涙がこぼれそうで又俯いてしまうと、沖田君がはぁーっと大きな溜息を吐いた。

「残念だったねィ。俺ァパチ恵ちゃんの事が………大・大・大好きでさァ!」

沖田君もぎゅうと手を握り返してくれたから、私は顔を上げて大好きな男の子と笑い合った。
その時どこからか「おとうさんやったね!」って声が聞こえた気がしたのだけど…きっとあの時沖田君が見ていた夢は、幸せな夢だったんだろうなぁ、って思いました。



END