メガネっこといじめっこ



万事屋の眼鏡と呼ばれる私志村八恵には、今悩み事がある。

それは、万事屋に仕事がない事でも銀さんがお給料をくれない事でも神楽ちゃんと定春のご飯が多すぎる事でも銀さんと神楽ちゃんが日がな一日お手伝いの一つもしてくれないままダラダラゴロゴロしている事でもない。

…イヤ、それはそれで問題なんだけど…

それは、もっと精神的にキツい事で…年頃の女の子としては、いちばん重大な悩みなんです。


「パチ恵ー!そろそろタイムセールの時間ヨー!!」

「…うん…」

万事屋の今の経済事情では、大江戸ストアの夕方のタイムセールは絶対外せない。
でも…この時間だと、途中で絶対真選組の見廻りの人と会ってしまって…そこで沖田さんに逢ってしまうのが…嬉しいけど、悲しくなって、凄く気が重いんです…

私がエコバッグを持ってうじうじしていると、頬を膨らませた神楽ちゃんが私の手を引いて万事屋を出てしまった!

「パチ恵安心するネ。アイツがカラんできたら、ワタシが追い払ってやるヨ!」

神楽ちゃんは勇ましくそう言ってくれるけど、そうなったら私は勿論その地域の方達にもかなりの被害が出るからそれはお願い出来ないよ!

「あっ…有難う神楽ちゃん!でも、ケンカはダメだよ?無視して逃げよう?ね?」

ね?ね?と何度も念を押して、今度は私が神楽ちゃんの手を掴んで大江戸ストアに向かったのでした。
2人がケンカをしたら、絶対何かが壊れるもんね…そうなったら私じゃ止められないから…なんとかしてケンカにならないようにしなくっちゃ!


大江戸ストアの近くまで来ると、やっぱり今日も私達の後ろから涼やかな声が呼び止めてくる。
うぅっ…ヤダなぁ…

「おやおや、今日もつるっぺたとデブが仲良いこって。オマエらも女の端くれなら、もうちっと自分の体に気ィ使いなせェ。周りに目の毒ですぜ?」

「総悟!あー…俺は子供らしくて可愛いと思うぞ?志村はきちんと着物着てるだけだしな。」

そのまま無視して急ごうとしたのに、土方さんが変にフォローしてくれたからそのままは立ち去れなくなっちゃったよね…

「あぁん!?まだまだ成長途中なんだヨ。オマエももっと牛乳飲めヨチビ。」

「はぁ?俺ァこっからだから。クソチビにチビ呼ばわりされる筋合いねェよ。」

鼻息荒くガンを飛ばしあってる神楽ちゃんと沖田さんを、私と土方さんが抑えながら会釈する。
そうしたら、今度は沖田さんの目線が私の方に向かってきた…うぅっ…睨まれるとヘコむよ…

「ドSテメェ見てんじゃネーヨ!パチ恵が減るネ!!」

「はぁ?デブは少し減った方が良いんじゃねェの?」

又ギリギリと睨み合った2人を両方から抑え込むけど、力入んないよ…
だって沖田さんにけなされる度に、腹が立つより落ち込んでしまうんだから。
こんなにけなされてなんで?って思うかもしれないけど、私はそのキレイな顔や恐ろしく強い剣術は勿論、自由奔放でいてここぞと言う時には気を使ってくれる優しさに、ひっそりと恋心を抱いてしまっているのだから仕方ないんです。
顔を合わせる度にイジワルな事を言われるけど…それでもキライになんかなれなくて…辛いんです…

「あー…気にすんなよ?コイツ、ガキなだけだから。モノ知らなくて悪ィな。」

そう言って笑いかけてくれる土方さんは流石フォローの達人だけあるよね。
そんなフォローしてくれるから、沖田さんの標的はすぐに土方さんに移って斬り合いが始まった。

「有難う御座います、土方さん。私達はタイムセールの時間が有りますんでもう行きますね?沖田さんも…いつもお見苦しいものお見せして…ごめんなさい…失礼します…」

そっと沖田さんの横顔を盗み見て、俯いたまま神楽ちゃんの手を引っ張って早足でその場を立ち去ると、後ろからぼそっと声をかけられた。

「…顔はイケてんだから勿体無ェよ…」

思わず振り返っても、沖田さんは土方さんとケンカの最中で…あ、バズーカ…
私が呆然と見つめていると、それに気付いた沖田さんが嫌そうに顔を歪めて舌を出した。

「さっさと成長しやがれ。」

横を見ると、神楽ちゃんも同じく舌を出していた。

あ…そうだよね…神楽ちゃんに言ったんだよね…
神楽ちゃん可愛いもんね…もう少し成長したら無敵だよね…

涙が出そうになったんで、少し乱暴に神楽ちゃんの手を引いて、私は大江戸ストアに急いだ。

悔しい気持ちのおかげか、その日のタイムセールはことごとくおばさま方に競り勝つ事が出来て、万事屋の食卓はちょっと豪華になりました。





そんなある日、ご機嫌ナナメな姉上に拉致された私は、スナックすまいるのお手伝いをさせら…しています。
なんでも、チャイナ娘週間をしているすまいるで、夏風邪が流行ってしまって人手が足りなくなってしまったんだそうで…
姉上のヘルプぐらいなら大丈夫だろうと、私まで駆り出されてしまったのです。

ちゃんとお化粧して貰ってチャイナドレスを着たら、私でも人数合わせぐらいにはなる…んじゃないかな…?ぐらいには仕上がった。
なにより、困っている姉上の力になれるんなら精一杯頑張ろう!
いつもの着物よりチャイナドレスって苦しくないし動きやすいし、力仕事も出来そう。

…神楽ちゃんとキャラかぶっちゃうけど、これから普段着でチャイナドレスも良いかな…コレなら…太って見えないし………ってダメか。神楽ちゃんにぶっ飛ばされそう…それにやっぱり裾とか短いしスリットとか恥ずかしいから無理…


「はっちゃん支度出来た…あら可愛い!」

「姉上!私頑張りますね!」

控室に戻ってきた姉上が嬉しそうに目を細めてくれるんで私が立ち上がると、微笑んでいるのに雰囲気が怖くなる。
えぇっ!?私何かしたかな…?

「…今日は絶対!私から離れちゃダメよ?はっちゃんのこんな可愛い姿をクソオヤジどもに見せるなんて勿体無いわ…この子だけ着物じゃダメかしら…」

そう言って、大切そうにギューッと抱きしめてくれるけど…身内の欲目甚だしいよね…
おじさん達だって、美人な姉上達を見てる方が嬉しいと思うよ。


でも、やっぱり初めてのすまいるはちょっと怖いから、言われるままに姉上の傍は離れないでなんとかヘルプを頑張りました。

私が少し慣れてきた頃、お店に私服の近藤さんがやってきた。
…凄いなぁ…いつも殴られたり酷い事言われたりしてるのに、姉上の事好きでいてくれるんだよね、近藤さんって…ちょっとだけ親近感…だからかな、私は好きだよ?近藤さんの事。

「いらっしゃいませ、近藤さん。」

姉上の隣で私も笑うと、近藤さんが目を丸くする。

「えっ!?もしかしてパチ恵ちゃん!?うわー可愛いねー!それに…予想以上にダイナマイトだね…」

優しげな笑顔で褒められたら悪い気はしない。後半頬を染めて目を逸らされたのがちょっと気になるけど。

「よし!じゃぁ今日は俺が志村姉妹を指名しちゃうぞ!!」

意気揚々と私達を引き連れてボックス席に向かう近藤さん頼もしい!
万が一人手が足りなくなりすぎても、近藤さんに指名されてたら大丈夫…だよね…?

その後、予想通りお店は大繁盛で姉上は他の席に移動したりしていたけど、私は近藤さんのお相手だけで事なきを得た。
感謝の気持ちを込めてずっと隣でお酌をしつつお話を聞いていたけど、近藤さんの口から出るのは沖田さんの事ばっかりで…私はすっかり聞き入ってしまいました。私の知らない事をいっぱい知れて、顔に血が上ってくるのを止められないよ…
顔を赤くして笑顔で頬を緩ませた私を見た近藤さんは、嬉しそうにふわりと笑った後、頭を撫でてくれた。
それが兄上みたいで父上みたいで、私は近藤さんが大好きになってしまいました。

「総悟な、アイツ会う度にパチ恵ちゃんを苛めてるんだって?ごめんな。まだまだ子供だから、女性の事情には疎いんだよ。」

本当に申し訳なさそうに言ってくれるけど…どういう意味なんだろ…?
私が首を傾げると、近藤さんはちょっと言いずらそうに私に身体を寄せてくれる。

「アイツ、パチ恵ちゃんがふくよかだって言うんだろ?トシに聞いたよ。綺麗に着物を着る為に胸の下にタオル巻いてるんだよね?…あー…パチ恵ちゃん………立派だから…」

ものっ凄く言葉選んでくれたのに、なんか恥ずかしい言われようになってるゥゥゥ!
でもやっぱり土方さんとか大人の人は事情分かってたんだ…そんな事男の人に言うの恥ずかしいから反論しなかったのに…だからいつもフォローしてくれてたんだ…

「うっ…はい…」

「総悟が今のパチ恵ちゃん見たら驚くよきっと!照れてまともに見れねぇんじゃねぇかな?なんせパチ恵ちゃんと話したくて仕方ないけど何話していいか解んねぇから悪口言って気を引こうとしてんだから。」

近藤さんが、がははと笑い飛ばすけど、私は笑えないよ!
え…?それって沖田さんも私の事気になってるとかそういう事…?

「あら楽しそう。沖田さんってばウチの可愛い妹を手篭にしようとしているのかしら…?」

突然、どこからか姉上が現れて近藤さんの頭を鷲掴んだ!

「姉上!近藤さんの頭割れちゃいます!!」

「いでででで!お妙さん、総悟はそんなヤツじゃないですよ!アイツはまだまだ子供ですから!!ムラムラは20歳になってからですから!!!」

「そうですよ姉上!私に限ってそんな事有り得ませんから!!」

なんとか姉上の指を近藤さんから離して私が前に立つと、姉上は拗ねたように頬を膨らませた。

「…はっちゃんは自分の魅力を解ってないのよ…男は皆危ない変質者なのよ?気を付けないと…」

「沖田さんはそんな事有りません!………多分………」

何かを納得してくれた姉上が近藤さんの隣に座ったので私も反対側に座って2人でお酌をしていたら、旨い旨いと沢山お酒を飲んでくれた近藤さんがへべれけになってしまった…

「あら、はっちゃん良くやったわ。」

そう言って綺麗に笑った姉上は、又私達を置いて他の席に行ってしまった…
どうしよう…もうこれ以上お酒呑めないよね、近藤さん…

「近藤さんもう帰りますか?私、送って…」

「らぁーいじょーぶ!パチ恵ちゃんは心配しなくていーの!お、そーだ、総悟にもかーいいパチ恵ちゃん見せちゃおーっと。」

にししーっと笑った近藤さんが携帯を取り出してどこかに電話する。
お迎えに来てもらうのかな…?沖田さん…とかだと嬉しいな…

「総悟はさぁー、素直じゃないからぁー!パチ恵ちゃんの今の格好見てもかーいいって言わないと思うけどぉー…絶対かーいいっておもっうからさあぁ!見せてやってねー」

それだけ言った近藤さんは、ぽてん、と眠ってしまった。私の膝枕で…
スーカスーカと無防備に眠る姿は可愛いかも…思わず頭を撫でたら、意外と柔らかい…