時をかける少年


沖田さんのお姉さん、ミツバさんが江戸に来てから、沖田さんがおかしくなった。
イヤ、おかしいのはいつもの事だけど、更に輪をかけておかしくなった。今日はまだ現れてないけど、絶対来るっ!間違い無く来るっ!!

「しぃ―んぱちぃ―――!」

遠くからぶんぶんと手を振って、僕に向かって駆けて来る。
街中で叫ぶのは止めてぇぇぇぇぇぇ――――っ!!!!!!

「新八ィ――っ!思い出したんでぃ!俺は約束は守る男ですぜぇ―っ!!俺ぁもぅ、結構な高給取りですぜ―!3か月分の給料はたいて結婚指輪買ってきたし、新八の事は大事にしてる。家事もちゃんと手伝いやすから―!!結婚するぜぇ――――っ!!」

何だよそれ、決定かよっ!?逃げる!僕は逃げる!!
僕はぐるり、と振り返って走り出す。両手に持った買い物袋は重いけど、ここで掴まったら終わりな気がするっ!!僕の将来ココで決まるよっ!!!…それもアリかな、って思ったりもするけどさ…

僕もそれなりに頑張ったけど、脚力の差は歴然としていて…後少しで掴まる!!と思った時に、僕はバランスを崩して、転んだ。

ギャ―――――っ!!
両手に荷物持ってるから、顔から落ちるっ!顔から落ちるっ!!
一瞬、ふわっと浮かんだ気がして体が軽くなる。
沖田さんが追い着いて、掴まえてくれたのかな…?
あ―あ…掴まっちゃったのか…恐いような、嬉しいような、不思議な気分だよ…

僕がちょっと幸せな気分に浸っていると、いきなり加速して地面が近付いてきた。

えええええええええ―――――――っっっっっ…


ガンッ!!


僕は顔面で地面に挨拶した。
…痛ぁ―――っ…メガネっ…メガネ割れたかなっ…

「何だよ、ニブイ兄ちゃんだなぁ…」

頭の上からふてぶてしい子供の声がする。
なっ…恥ずかしいっ…!!思いっきり転んだ所を子供に見られてるよっ…もぅ、〜さんってば、支えるならちゃんと支えてよねっ!!…って…アレ…?慌てて起き上がると、5〜6歳の男の子が僕を見下ろしていた。

「兄ちゃんハデにころんだなぁ。…だいじょ―ぶか?立てるか?」

男の子が小さい手を僕に差し出して立たせてくれる。
あぁっ、恥ずかしいっ…!こんな小さい子供に助けてもらうなんてっ…

「あっ…ありがとう…」

その男の子は、珍しい薄い茶色の髪をしていた。
わぁ…キレイな子だなぁ…目も蒼いよ…お人形さんみたい…
でも…何か…どこかで見たような…凄く身近で…凄く大切な…絶対忘れたくないような………

「おい、兄ちゃんホントにだいじょ―ぶか?なんかボーッとしてるぞ?兄ちゃんどこのだれだ?おれ、家まで送ってってやるよ。」

「…ありがとう、僕は………新八…………アレ………?僕………何処から来たんだっけ…………?あれっ………!?」

えぇっと…確か…買い物に行って…アレ?何処に帰るんだっけ…?あれっ…?僕、何新八だっけ…?新八何?何新八?
僕がパニックを起こしてダラダラと汗を流していると、男の子が僕の手を取って引っ張った。

「とりあえず、ウチにこいよ。お茶でもいれてやっからちょっと落ちつけよ、しんぱちぃ。」

男の子に手を引かれるまま彼の家に行くと、お姉さんが出迎えてくれて、お茶を出してくれた。それをいただくと、少しだけ落ち着いた。

男の子と同じ色の髪と、優しい瞳…
この人に良く似た人を僕は知っている…とても…大切な人…
お姉さんに話を聞いてもらっていると、だんだん落ち着いてきた。けど…やっぱり僕が誰で、何処から来たのかは、どうしても思い出せなかった。

「じゃぁ、記憶が戻るまでウチに居ると良いわ。」

「お姉ちゃんっ!?」

大胆な申し出に、男の子はもちろん、僕も驚いた。この申し出は僕にとってはすっごく有難かったけど、そんな事で良いの!?一応僕だって男なんですけどっ!!…まぁ…何もしませんけどね?僕は。

「大丈夫よ、そーちゃんがウチに連れてきたぐらいだもの、悪い人じゃないわ。それに、困った時はお互い様よ?」

「でも…」

男の子が不安そうな顔で僕を見てくる。…そうだよね、この子の反応は正しいよ…
お姉さんは、にっこり笑って更に続ける。

「何か悪い事をしたら、そーちゃんがやっつけてくれるんでしょ?」

「うん…そうだけど…」

「そんなっ!僕、悪い事なんてっ…!!」

僕を目の前にそこまで言うか!?この人達は…!?
…でも…そうだよな…素性の知れない男だもんなぁ…今の僕………
そう考えて、これからの事を不安に思ってへこんでると、男の子が、はぁ、と溜息をついて僕の頭を撫でる。

「しかたね―なぁ…しんぱちはお姉ちゃんに変なことするようなどきょう、あるようにはみえないしなぁ…ちょっとの間めんどーみてやるから、そんなに落ちこむなよ!」

…子供に慰められる僕って………男の子が得意満面で胸を張る。
他に行く当てなんて無いし、有難くお世話になろう…
僕が宜しくお願いします、と言うと、男の子とお姉さんが笑って自己紹介する。

「ぼくは沖田総悟。お姉ちゃんは沖田ミツバ。先にいっとくけど、お姉ちゃんに変なことしようとしたら、ぶっとばすからなっ!こうみえても強いんだぜっ!!」

総悟君は、この近くの剣道場に通っているそうで、そこの先生になかなかスジが良いと褒められているそうだ。(ミツバさん談)

「へぇ―、そうか…総悟君は剣を習ってるんだね。でも、いくらなんでも僕、総悟君には負けないよ?こう見えても今は道場主だからねっ!………って!僕、道場主だっ!………何処かの…………」

「しんぱち思い出したのかよっ!?どうじょう主だったら…コンドーさんだったらわかるかも!!」

 ぐぅぅぅぅぅぅぅぅ――――――――

僕のお腹が鳴った。そう言えば、お腹すいたな…

 ぐぅぅぅぅぅぅぅぅ――――――――っ

続いて総悟君のお腹が鳴った。お昼時なのかな…?
僕ら2人のお腹の音を聞いたミツバさんが、くすり、と笑って立ち上がる。

「あらあら、もうお昼だものね。何か作りますから、お昼にしましょうね?」

「あ、台所貸して頂けたら僕が何か作ります!お昼の材料を買った帰りだったみたいですから。」

僕が後生大事にずっと両手にぶら下げていた袋には、色々な食材が入っていた。何人分かは分からないけど、結構な量だった。
え―と…ネギと…醤油と蕎麦と…卵と…野菜色々。これは…お蕎麦を作る気だったのかな…?
ミツバさんにお勝手を借りて、暖かいお蕎麦と野菜の煮物を作った。

「お待たせしました―!熱いんで気を付けてね?」

「お―――、うまそ――――っ!!」

総悟君がニコニコしながらお蕎麦をかっ込む。
ミツバさんが…えぇぇぇぇぇ――――――――っ!?何それっ!?ちょっと!!お蕎麦が赤いんですけどっ!?ソレもぅお蕎麦じゃ無いですからっ!!何か赤いヤツですから!!
大量に一味を振りかけたお蕎麦を、嬉しそうにつるつるとすする。ミツバさん…ソレは…イエ、美味しいと思ってくれるなら良いんですが…嬉しそうに微笑んで食べてくれてるし…でも、この笑顔…やっぱり何処かで見たような………その人も、幸せそうに僕の料理を食べてくれた………

「しんぱちィ、どうしたんだよ?また何かおもいだしたのか?」

野菜の煮物を頬張りながら、総悟君が小首をかしげる。

「うん…ミツバさんに良く似た人を僕は知ってる…ハズ…とっても大切な人………」

「なんだよ、およめさんじゃないのか?」

…お嫁さん…?イヤ、お嫁さんなんて可愛いものじゃなかった…ような…

「いや、お嫁さんは…居なかったと思う………」

「じゃあ、かのじょか?」

ちょっと違う気もするけど…恋人…だった気がする…
僕がコクリと頷くと、総悟君は得意満面で、うんうん、と頷く。

「しんぱちはなかなか女のしゅみが良いよな!でも、うちのお姉ちゃんに手を出したらダメだからなっ!」

総悟君が、ビシッ!と僕を指差して言い放つ。僕はどう思われてるんだ?この子に…

「総悟君…僕はそんな事しないよ…だって、僕の大事な人は他に居るから。その人だけだから。」

僕がはっきりと言い切ると、総悟君はビックリした顔で僕を見てニカリ、と笑った。

「そんだけ言いきるなんて、いがいと男らしいな、しんぱちっ!みなおしたぜっ!!」

総悟君がバンバンと僕の背中を叩く。いつの間にか料理は全部食べ終わってて、総悟君の通う道場主の近藤さんと言う人に会いに行く事になった。ミツバさんが後片付けをしてくれると言うので、ソレに甘えて、僕は総悟君と道場に向かった。後片付けをするミツバさんの後姿が…何かとかぶる。…あの人も、僕の作った料理を食べて、後片付けはやってくれてた…気がする…

「行くぜ、しんぱち!ぼやぼやしてるとおいてくぜっ!!」

総悟君が僕の手を掴んで走り出す。
僕は、又転ばないように気を付けながら、その小さな手を握って一緒に走った。
近藤さんという道場主さんは、僕の事を知ってるんだろうか?知ってると良いなぁ…
そして、早くあの人の所へ帰らなきゃ。きっと心配してるよ…心配…してる…