僕は総悟君に手を引かれて、総悟君が通うという町道場へと向かった。
そこは決して新しくも綺麗でもなかったけれど、さっぱりとした気持ちの良い道場だった。
「こんどーさーん!コイツ、どっかの道場主みたいなんだけどっ!!どっかで見たことないー?」
総悟君が道場に駆け込みつつ叫ぶ。
道場から、おーい、こっちだぞー。という声がするので、そのまま入らせてもらう。
「おぉ、総悟…と、こんにちわ?…うーん…悪いが見たこと無いなぁ…君、名前は?」
「あ、こんにちわ、…えと…新八としか思い出せなくて…」
その道場の中には、精悍な青年と、黒髪長髪の瞳孔が開いた青年が居た。近藤さんと呼ばれた人は精悍な青年の方で、なんとも人の良さそうな笑みを浮かべていた。
「コイツ、きおくそーしつなんだよ!こんどーさんなら道場主のしゅーかいとかに行ってるから、みたことあるかなっておもったんだけど…しらないんだ。」
「すまんな、俺の記憶には無いなぁ…新八君と言ったかい?ちょっと俺と立会いしてみてくれんか?型を見れば思い出せるかもしれん。」
近藤さんが僕に木刀を渡してくる。
そうか、僕が誰か直接分からなくても型を見れば何流の型か分かるもんな!!ソレが分かれば、どこの道場か、大まかな目安はつくもんな!!流石…
僕が感心しながら木刀を構えると、近藤さんも木刀を構える。その途端、今まで優しそうだった表情が恐ろしく引き締まる。まるで、別人のように恐ろしい形相になる。
……!!…この人…強い…!打ち込む隙が見当たらないよ…
でも、打ち込んでみないことには何も分からないし…
僕が思い切って打ち込むと、右へ左へとやすやすと受け流される。チクショウ…こんなに力の差が有るのかよ…僕はこんなんで本当に道場主なのか…?
僕がムキになって2度3度と打ち込むと、近藤さんの表情がやわらかいものになる。
「新八君、だったね?素直な良い剣筋だ。何よりも良い目をしている。だが、スマンな…君の太刀筋を俺は今まで見たことが無い。力になれなくてすまないな…」
近藤さんが、物凄くすまなそうに小さくなる。そんな近藤さんを、総悟君がぺしぺしと叩いている。
僕は慌てて総悟君を近藤さんから剥がして、ぺこぺこと謝る。
「あ、いえ、こちらこそすみませんっ!有難うございました!!」
でも…少しは何か分かるかと思ってたから…ちょっと残念…
ちょっと気落ちした僕を見て、近藤さんが慌てる。
「いや、そのうち色々思い出すさ!俺で力になれる事が有れば協力するよ!!そうだ!宿はどうするんだ?決まってないのならウチに来ると良い。まぁ、ウチと言ってもこの道場だがな?汚い所だが、気のいい仲間が沢山で退屈はしないぞ?」
あぁ、ソレも良いな…やっぱり女性と小さい子供だけの家に見知らぬ男が入り込むのはどうかと思うしな…
僕がそう思っていると、凄く嬉しそうに総悟君が僕の袴につかまる。
「こんどーさんっ!しんぱちはウチに住むんだぜ!」
「えっ!?総悟、お前の家はミツバさんが居るだろう。年頃の女性が居る家に年頃の少年が寝泊りするのはどうかと思うが…」
「しんぱちはだいじょうぶだぃ!きれーなかのじょが居るからな!!」
「…そうなのかい?」
近藤さんがこちらをちらっと見る。
「多分…そうだろうと思います…大事な…大事な人が居るのは間違いないんで!!ミツバさんを襲ったりなんかしません!!」
僕が力説すると、近藤さんがガハハ、と笑う。
「あー、スマン、スマン。…そこまで言うなら大丈夫だろう!ところで、腹減らないか?何か用意するから、君達も食べていきなさい。」
「あ、僕達はお昼食べてきたんで…あの、良かったら僕、何か作…」
「だめでィ!しんぱちは俺んちだけでしかりょーりしちゃだめでィ!!」
僕が言いかけると、総悟君が僕の袴につかまって止める。
「お世話になったんだから、料理ぐらい…僕、ソレぐらいしかできないし…」
「だめでィ!だめでィ!!しんぱちのりょーりをココのムサイ連中が食べたりしたら、みんなしんぱちに惚れちゃうだろっ!!」
総悟君が大真面目な顔で言う。
あははっ、なに言ってんだ、この子は…僕は男なのに!テレビでやってたな?きっとそんなこと。
「総悟君、僕は男だからそんな事無いよ?ここのお兄さん達だってソッチの趣味は無いよ、きっと。大体、お料理だけでその人の事好きになんかならないよ。そんな事が有ったら、料理屋のオヤジさんなんて、皆に惚れられちゃうよ。」
僕があははは、と笑っていると、む―っ、となった総悟君が半目で僕に言う。
「しんぱちは自分をしらないんだよ。男はかてーてきな人によわいんだぞ?りょうりやのおっさんとはちがうんだからなっ!!」
「いや、だから僕も男だってば………」
「だめっ!ぜったいだめっ!!」
総悟君が僕の袴にしがみついて離れないので、ちょっとだけ譲歩する。
「じゃぁ、おにぎりだけ作らせて?おにぎりなら誰が握っても一緒でしょ?お世話になったんだから、ちょっとは恩返ししないと侍じゃぁないよ?」
「…うん…じゃぁ俺もてつだう!!」
総悟君も手伝ってくれて、おにぎりと簡単なおかずを作って皆さんに出す。
「じゃぁ、近藤さん色々と有難うございました。失礼します。」
「いや、コチラこそ何も出来なかったのにこんなご馳走すまんな!良かったら又稽古にでも来てくれ。」
コレぐらいでご馳走って…男所帯ってそうなのかな…総悟君が言ってた事も、あながち間違いじゃないんじゃ…イヤイヤイヤ、さすがにそんな事はないでしょう。でも、稽古できる所が有るのは嬉しいな。少し稽古を休むと、勘を取り戻すの大変だもんな…総悟君が来る時一緒に来て稽古させてもらおうかな…?
総悟君が妙に引っ張るので、近藤さんに会釈して立ち去ろうとすると、道場の方から異様な気配を感じた。僕が慌ててそちらに振り向くと、強面なお兄さん達が、道場の扉の影に鈴なりになっていた。
げっ…!?なんだ?あの人達はっ!?ぼっ…僕何かしたか…?
「チッ…だからいったじゃないかよぅ!アイツらみんなしんぱちに惚れちまったよぅ…」
総悟君が袴にしがみついてぐいぐいと外に押し出す。
ははははは…まさかぁー………
後ろの方で、可憐だ…とか俺の嫁に…とか聞こえるような気がするけど、気のせいだ。
僕は未だに袴にしがみつく総悟君を抱えて、走って総悟君の家に帰った。
…暫らくあそこに行くのはよそうと思う。
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