「近藤…様…?近藤様、いらっしゃいますか?」
まだ誰も居ない早朝に、社に走って呼びかけてみる。
でも、返事は無い。
僕程度の神主じゃ…お姿は顕わして下さらないのかな…
「姉上…姉上…!いらっしゃらないのですか…!?」
姉上なら…と思って呼びかけてみても、何も返事は無い。
「沖田様っ!意地悪しないで出てきて下さいっ!!」
天にも届くように、僕に出る最大の声で叫んでも、誰からも返事は無い。
僕は…僕は…
姉上が居なくなってから、暫く独りでも大丈夫だったのに…
今は銀さんも神楽ちゃんも居て、毎日大騒ぎなのに…
寂しくて寂しくて、どうしようもない…
沖田様が居ないと…もう独りでなんて立っていられない…
いつだって一緒に居てくれたから、分からなかったんだ。
いつの間にか僕は、あの人を好きになっていたんだ。
神様だって、同性だって関係ない。
あの暖かい手で頭を撫でて欲しい。
意地悪な笑顔で触れて欲しい。
優しい微笑みで見つめて欲しい。
抱きしめて安心させて欲しい。
手を繋いで眠って欲しい。
『新八ィ』って呼んで欲しい。
…ううん…何も無くたって良い…
姿を…見たい…
見たいよ…
暫くその場にうずくまって、溢れてくる涙を流し続ける。
そうしたら、少しだけすっきりした。
畜生…出てこないつもりなら、出てこさせてやる。
気付いちゃったんだから、お望み通りハッキリ伝えてやるよ!
だから…もう1回僕の前に顕れて…
夕飯の買い物のついでに、酒屋さんで売っていた一番高級で美味しいっていうお酒を買って来る。
ちょっと値段は張ったけど、ここ最近更に参拝の方が増えてお賽銭も頂いているから、これくらいは神様に感謝の気持ち、って事で良いよね…?
うん、最近は参拝の方が凄く増えてきてる。
何でか週替わりで色んなタイプの参拝の方がやってくるようになったんだ。
沖田様が居た時は女性の方が多くて、その後は耳に赤鉛筆を引っかけた方々。で、その後は商人の方で、次に受験生、今は運動部っぽい厳つい男性…
ウチの神社には『商売繁盛』や『学業成就』のお守りは無いんだけどな…
なんでだろ?
銀さんと神楽ちゃんが帰って夜も更けてから、身を清めて社に伺う。
お酒に釣られて…沖田様が帰って来てる…かもしれないから…
そぉっと近付くと、社の階段に腰掛けた真っ黒な男性がお酒を飲んでいる。
…あれは…神様…だよな…?
近藤様…?
「あの…近藤様…ですか…?」
控え目に声を掛けると、その人が瞳孔が開き切った眼でジロリと僕を睨む…怖っ…!
「違う…俺は土方だ。今の、ここの神社の神様代理だ。」
「…今の…代理…?って…え…?代理って沖田様だけじゃないんですか…?」
「近藤さんが居ない間は皆で持ち回りでやる事になってる…総悟に聞かなかったのか…?」
「え…?そう…ご…?」
誰…?
「…あぁ、沖田に聞かなかったのか?一番初めに来ただろ?茶髪のガキ。」
「そんな事何も聞いてませんっ!ずっと…ずっと沖田様が居るんだとばっかり…」
だって…長い付き合いになるって…言ってたし…そんな持ち回りなんて…
…持ち回り…?
「あ…!もしかして…1週間毎に交代して…ます…?」
「おう。」
…そういう事か…
だから沖田様は1週間で居なくなったんだ。
で、その後参拝の方が変わってたのは…神様が違うせい…
でも、持ち回り、って事は又順番が回ってくるって事で…暫くしたら又逢えるんだ!
「それはねぇ。総悟はもうお前の前には顕れられねぇ。」
「は!?だって持ち回りって…」
まさか…僕が生きてる間に交代しきれない位神様が居る…のかな…?
え…近藤様って…凄い神様…
「近藤さんは凄い神だが、流石にそんなに配下は居ねぇ。ここに来んのは13人だ。」
「え…じゃぁ…その後は近藤様がお戻りになられるんですか…?」
「いや…」
黒い神様が口ごもる。
何か…有るのかな…?
「…黒い、ってなぁ勘弁してくれや。俺ぁ土方だ。」
「あ、すみませんっ!土方様、なんで沖田様はもういらっしゃる事が出来ないなんて…」
「あー…そればっかりは…な…」
ぐいっ、とお酒を煽った土方様が、一緒に奉納していたつまみに手を付ける。
沖田様が好きなおつまみだったんだけど…神様は皆好きなのかな…?
それに付いていたマヨネーズを不思議そうに見つめて、一口吸っている。
あ!ソレはそういう風に食べるものじゃ…
「旨ぇ!なんだこれ…」
袋ごとマヨネーズを吸ってるよ!?…まさか、この人マヨラー…
「失礼しますっ!ちょっと待ってて下さいね!!」
僕を呼び止める声を振り切って、台所に走って真新しい業務用マヨネーズを持ってくる。
それを奉納すると、土方様の頬が紅潮する…やっぱり…
「…土方様…何で沖田様はもうここにいらっしゃらないんですか…?」
ちょっとズルイけど…それでも僕は沖田様に逢いたい…
どうしても、逢いたい。
ちらちらと業務用マヨネーズを見て、土方様が何か考え込む。
でもやっぱり誘惑には勝てないのか、僕の方をじっと見る。
「イヤ、そういうんじゃないから。お前があんまり真剣だから仕方無くだな…」
…なんか、銀さんに似て…
「…ねぇ!あんなのに似てる訳ねぇだろ!!」
僕がそーっと奉納した業務用マヨネーズを引き寄せると、慌てた土方様がそれを引き寄せて抱き込む。
イヤ、盗らないし…
僕がちょっと目を眇めると、土方様がごほん、と咳払いする。
「あー、本当は全員が持ち回り終わるまで言えねぇんだが…」
「そんなに待てません。僕は、すぐに、沖田様に逢いたいんです。」
じっと土方様から目を逸らさないでいると、僕を観察していた土方様が、はぁ、と溜息を吐く。
「ルール違反なんで、はっきりとは教えてやれねぇ。でも、ヒントはやれる。後はお前が考えろ。」
「はい。」
「まず、近藤さんはお前が生きてる間には帰ってこねぇ。お前の生きてる時間と俺達の生きてる時間は長さが違う。」
「はい…」
そうだよな…この方々は神様なんだ…
「そして、今俺達は近藤さんが居ない間ここを護る一人を決める試験の最中だ。」
「え…?」
「そして、総悟はその試験に落ちた。だから、もうここには顕れねぇ。」
そ…んな…
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