気付いた時は

それは僕が高1の頃。
近所にいつも1人で遊んでいる子が居たんだ。
大体土手でお絵描きしていたり、公園のベンチで変なアイマスクを付けてお昼寝していたり…
毎日見かけるし、ちっちゃい子だったし…気にはなっていたんだけど、変な人だと思われるのも嫌なんで、話し掛ける事は無かった。

でも、そんなある日、いつもはお絵描きしている土手に座って、小さくなって、声を殺して泣いているその子を見かけた。
ちっちゃい子なのに、声をあげないで泣いているなんて…!

変な人だと思われても良いから、僕はその子に話し掛けた。
ビクッとしながらも、僕にお話をしてくれるその子はお友達に苛められて、悔しくて泣いていたと言う。
色々お話を聞いていると、涙も止まったみたいで、僕が持っていた飴をあげると、それは可愛くにっこりと笑ってくれた。

「ぼくはそーご。おにいちゃんは?」

「僕はね、志村新八って言うんだよ。」

「…しんにいちゃん…またあそんでくれる?」

「そうご君が良いなら又遊ぼう!」

「やくそく!」

指切りをして元気になったそうご君と一緒にその日はお絵描きをした。


その日から、そうご君に会う度に、僕らは一緒に遊んだ。
僕にすっかり懐いてくれて、学校の事とか家の事とか色々教えてくれた。

お姉さんと2人暮らしで、昼はお姉さんが仕事に行っているとか。
学校でいじわるな子が居るんで、いつも1人で遊んでいるとか…
そんな事を教えてくれる時は、ちょっと淋しそうに笑っていて…泣きそうな顔をするんで、ぎゅうと抱きしめて頭をぽふぽふと撫でてあげた。
そうしたら、元気になってくれるから。

そうすると、そうご君はガリガリで…このままじゃいけないと思った。
だから家で僕が作ったおやつを食べたり、駄菓子屋で買い食いしたりもした。
ホットケーキが大好きで…一生懸命頬張ってくれるのが嬉しくて、よく作ったっけ…

「ぼく、おおきくなったら、しんにいちゃんをおよめさんにする!」

なんて言ってくれた事もあったっけ…
まだちっちゃいからお嫁さんがどんなものか分かって無かったんだよね…
可愛かったなぁ…


お姉さんがお嫁に行って、一緒によその町に引っ越して行ったんだっけ…
あの子、どうしたんだろうなぁ…今は元気にやってるのかなぁ…?
ちゃんとお友達も出来て…一緒に遊んだりしてるのかなぁ…

そうだと良いな…

ちっちゃくて泣き虫で可愛かったそうご君…
なんで突然想い出したのかは分からないけど、元気でやってると良いなぁ…



ここ最近、仕事仕事で休むヒマも無い。

大学を卒業した僕は、普通に就職した。
一流とは言わないけれど、若い社長の奇抜な発想が受けて最近メキメキと頭角を現し始めたIT会社の営業だ。

ここ最近の忙しさは、新しいプロジェクトが始まって、営業も新規で顧客を獲得しなければいけなくなったからで…
不景気、ってのも有るけれど、先輩も後輩も出来た今の立場ってのが厄介だ。
先輩に頼られて、後輩に頼られて…
頼られる、って言ったら聞こえは良いけど、体よく使われてる、って気もしないでもない。

休む、って言ったら営業で出た先の喫茶店ぐらいなんて…
僕も淋しい生活送ってるよねー…

そんな中、今日はちょっと遠くにまで足を延ばして新規開拓してみたら、上手い具合に仕事を貰う事が出来た。
中々の好感触だったから…これから長く付き合えると良いなぁ…

幸先良いんで、この近辺の喫茶店も新規開拓しようと周辺をウロウロと探してみると、ちょっと良い感じのこじんまりとした店を見付けた。
早速入ってみると、カラカランとベルが鳴るのと一緒にいらっしゃいませと言う声が迎えてくれる。
…なんか、良い感じ…

ちょっとカッコ良いウェイターさんに案内されて、使い込んではいるけれど、清潔で味の有る椅子とテーブルの、奥まった席に落ち着く。
こじんまりとした綺麗な花も飾られていて、凄く落ち着く空間だ…

良い所見付けちゃった!

ざっとメニューを見てホットコーヒーを注文すると、お冷とおしぼりを置いてスッとウェイターさんが立ち去る。
お冷を頂いて熱いおしぼりで手を拭くと、なんだか生き返った気がする…
コーヒーの良い香りも漂ってきて…居心地良くて寝ちゃいそう…

「お待たせしました…」

さっきのウェイターさんがコーヒーを持ってきてくれて、何故かケーキも出される。

「…あの…僕、ケーキなんて…」

「ウチはコーヒーにはケーキも付くんです…不要でしたか…?」

「あ、イエ、有難うございます!」

ちょっと得した気分でにへっ、と笑うと、ウェイターさんがびっくりしたような顔をする。
…どうしたんだろ…?

「…新にいちゃん…?」

「…へっ…?」

ウェイターさんを良く見てみると、綺麗な茶髪に深い碧の目…
あれ…?もしかして…

「そうご君…?そー君…?」

「新にいちゃん!新にいちゃんか!?変わんねェなァ…」

目をキラキラと輝かせて笑う顔は…すっかり大人になってるけど、あのちいさかったそうご君だった。

「…そー君は大きくなったねぇ…」

「俺ァもう高3でさァ!」

「はぁ…あんなちいさかったのにねぇ…」

僕がしみじみ言うと、そー君は照れたように笑う。
すっかり大人っぽくなっちゃって…

「そー君はこっちの方に引っ越してきてたの?」

「まぁ、そんなトコですかねィ。新にいちゃんは…仕事ですかィ?」

「うん、営業先がこの辺りなんだ。うわー…ホント、大きくなったねぇ…立派になって。あれからお友達は沢山出来た?もう泣いて無い?」

僕が矢継ぎ早に質問すると、ちょっと顔を赤くしたそー君がむうっと膨れる。
あ…この顔…あの頃のまんま…!

「子供扱いしないで下せェ!俺ァもう高校生ですぜ?あの頃とは違うんでもう泣きやせん!!」

膨れる顔はそのまんまだよ。
でも…これぐらいの年頃は大人ぶりたいよね。
それに…良く見るとすっかり大人だしね…僕より背も高いんじゃない!?
…なんだかカッコ良く成長しちゃってるんじゃない…?

「そうだねぇ、ごめんごめん。そりゃぁ僕も年とる訳だ…」

僕がしみじみ言うと、そー君が慌てて言い募る。

「そんなことありやせん!新にいちゃんはあの頃のまんまで優しくて可愛いでさァ!」

「そー君…オッサンに可愛いは無いと思うよ…?僕もそー君みたいにカッコ良く成長…してると良いなぁ…」

「…新にいちゃんは昔から可愛かったんでィ!」

「あー…うん、褒め言葉ととっとくよ…」

あんまり話し込んでるとそー君が怒られちゃうよね。
いい加減で切り上げて、折角なんでケーキも頂く。

コーヒーもケーキも美味しくて、大満足だ!
久し振りの嬉しい再会も有ったし、今日の僕は本当にツイてる。
でも、そろそろ会社に戻らないと…

僕が立ち上がるとそー君がレジに入るんで、お会計をしてもらう。

「俺、月水金土日とここでバイトしてやす。新にいちゃん…又来てくれやすか…?」

「勿論!でも、そんなにバイトしてて…勉強はちゃんとやってるの?」

「大丈夫でィ!俺結構頭良いんですぜ?」

「へー…そっか、頑張ったんだね。でもそー君こくご苦手だったよね…?何か有ったら僕に聞いてね?あ、名刺置いてくよ。折角又会えたんだからさ。」

「あ…後で電話しやす!絶対!!」

にっこりと微笑む姿は昔と一緒だよ…
懐かしくなってちょっとお兄さんぶっちゃった。
迷惑…だったかなぁ…?
ま、嫌だったら電話かかってこないだろうし…その時はその時だよね…