その日は、起き上がると腰が痛くて身体がダルかったけど…
昨日サブチーフに言われてたから…こんな事…バレたくないし…
休む訳にはいかないんで、なんとか出社した。
まさか本当にそんな事になるなんて…思ってもいなかったもの…
あんな…あんな…
あ、マズイ…顔に血が上って来ちゃった…
うん、今日はオフィスに居たらなんか怪しい人になっちゃうし、適当に外回りしてるフリして休んでよっと…
あの喫茶店とか…今日は…そー君バイトじゃ無い日の筈だし…
そー君…僕が家出る時…心配そうな顔してたよな…
基本優しいんだよね…
なんか悪そうな顔で笑ったりするけど…あの年頃って悪ぶりたいんだよね、きっと…
って!
朝からそー君の顔ばっかり浮かんできて消えないよっ…
意識しちゃったら、アノ時の顔とかまで浮かんできて…すっごく…色っぽかったよな…
って!うわーっ!うわーっ!!
ぷるぷると頭を振ってそー君の顔を頭から追い出そうとすると、振動で腰が痛い…
今日1日…仕事になるのかなぁ…?
「新八君、どうしたの?」
「…山崎さん…」
…山崎さんも昨日、散々変な事言ってからかってたっけ…
言えない…こんな事言えない…絶対変な目で見られる…
「や、何でもないです!いつも通りですよ?」
立ち上がってぱたぱたと動くと、腰が痛い…
「あたたたた…」
そのまま座り込むと、山崎さんが背中をさすってくれる。
「…新八君…腰…どうかしたの…?転んだ…?」
山崎さんがそう言って、何か疑わしそうな顔で僕を見る。
丁度良いや、転んだ事にしておこう!
「そうなんですよ!分かっちゃいました?家の玄関で転んで腰打っちゃって!痛いんですよー、まだ!!」
えへへーと笑いながら失敗しちゃいましたって顔で言っても、山崎さんはまだ疑わしそうな顔でじっと見てるー!?
だらだらと冷や汗が流れてくるけど…汗なんて止められないよっ!
「…新八君さ…嘘つく時上見るよね。」
「や!嘘なんかっ…」
「新ちゃ〜ん」
僕が山崎さんに反論しようとした所に、後ろからズシリと社長が圧し掛かってくる…
って痛ァァァァァっ!!
僕が崩れ落ちると
「何!?どうしたの…俺そんなに重かった!?」
と言って社長が慌ててどけてくれる。
「社長…新八君…腰痛いんだそうですよ…?」
山崎さんが、死刑宣告みたいな口調でそう言うと、いっつもなら何か言い返してくる社長が押し黙る。
…あれ…?
「イエ、あのこれは今朝玄関で…」
「新ちゃんが…」
社長の様子がおかしいんで、僕が振り向いてみると、口元に手を当てた社長がプルプル震えてる…
「え…?」
「新ちゃんが喰われたぁぁぁぁぁっ!!」
「えっ!?ちょっとぉぉぉぉっ!何叫んでんですかぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
一応突っ込んでみたものの、社長のセリフに頭が反応しちゃって、昨日のそー君の顔が浮かんでくる…
色っぽかったよな…アノ時のそー君…って!何考えてんの僕ぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!
「新ちゃんが真っ赤になった〜!?やっぱりそうなんだァァァァァァァ!」
「新八君…」
社長と山崎さんが滂沱の涙を流すけど…
ここで流されたらドツボにはまる…
「いい加減にして下さいよっ!転んだって言ってるだろ!!僕、外回り行ってきますっ!」
鞄をひっつかんで、逃げるようにフロアを後にする。
自分の気持ちも分かんないのに…誰にも何も言えないよ…
僕は…
◆
外に出ると、ついついいつもの癖でお得意先を回っていつもの喫茶店に着いてしまった…
…今日は…木曜日だから、そー君居ないよね…
顔…会わせ辛いよ…
カラカランとベルを鳴らして店内に入ると、やっぱりそー君は見えなくて。
今日はマスターが席に案内してくれた。
いつものようにコーヒーを注文すると、すぐにコーヒーの良い香りが店内に漂う。
あぁ…ここはやっぱり落ち着くよ…
丁度良いや、色々考えよう…そー君の事…僕の気持ち…
僕がぼんやりと考え事をしていると、マスターがコーヒーとアイスクリームを持ってきてくれる。
…あれ…?ケーキじゃないのかな…?
僕が不思議に思ってマスターを見上げると、にこりと笑ったマスターが片目をつぶる。
「今日は暑いですからね、外回り大変でしょう?総悟がいつもお世話になっているから、サービスです。」
…あぁ…そー君大切にされてるんだなぁ…
そう思って胸が暖かくなる。
でも…それと同時に、何故かモヤモヤする…そー君…マスターとすっごく仲良さそうだよな…
って!何考えてんだ、僕!?
「あっ…有難うございますっ!そーく…えっと、総悟君は弟みたいな感じで…仲良くしてもらってますっ!」
慌てて言い募ると、マスターが又笑ってくれる。
「小さい頃からお世話になってるんでしょう?新兄ちゃん…ですよね?」
「あ、はい。志村新八と言います。」
「近藤勲です。貴方に再会してから総悟はいつも以上に楽しそうで…バイトに来ても、ずっとソワソワしてるんですよ。」
ガハハ、と笑う顔を見てると…なんだか凄く安心する…でも、この人…
「あの…総悟君とはどういった…」
「あぁ、俺はあの2人の遠い親戚でね。ミツバさんに子供が出来て、総悟が家を出たいと言った時に相談に乗って以来親代わりみたいなもんなんですよ。」
「あ…そうなんですか…?」
…なんでこんなホッとするんだよ…
そー君がひとりぼっちじゃ無かったからだよね…?
そうだよね…?
「これからも仲良くしてやって下さいね?なんせ総悟は貴方が大好きですからね!」
「へっ…!?」
優しい顔でそんな爆弾発言されてもっ!!
…って、この人はそんなつもりで言って無いよね…
でも、僕の顔には一気に血が上ってきて、きっと真っ赤になっちゃってるよ…
変だって…思われちゃう…
それに…そー君の好きは…僕の好きとは違ったのに…
僕が困ってしまうと、マスターが苦笑する。
「喧嘩でもしましたか?アイツはちょっと我儘な所が有るからなぁ…でも、良いヤツなんですよ?優しいヤツなんです。」
ぽんぽんと僕の頭を撫でて、ニカリと笑う。
なんでだろ…この人には子供扱いされても腹が立たない…むしろ心地良い…
マスターに頭を撫でられてホッとしたら…なんだか一気に気持ちがぐるぐるしてきた。
「でも…そー君の好きは、僕の好きとは違ってて…」
「ん?」
僕が俯くと、マスターが首を傾げて先を促してくれる。
…誰にも言えないと思ってたけど…この人になら、言える気がする…
知らず知らずのうちに、僕は昨日有った事を全部マスターに話してしまっていた…
こんな事…話されても困る筈なのに…マスターは、時に驚いたり、時に真剣だったりしながら僕の話を最後まで聞いてくれた。
夢中で全て話し終わった時には、マスターは腕を組んで考え込んでいた…
あ…僕…なんて事を…
こんな事聞かされて…きっとマスター困ってる…
「あのっ…すみません…こんな話されても…困ってしまいますよね…忘れて下さいっ!」
僕が慌てて言い募ると、マスターはニカリと笑って又僕の頭をぽんぽんと撫でる。
「俺には恋愛事は良く分からんが…」
そりゃそうだよね…同性だなんて…僕だって分からない…
僕が又俯くと、マスターの声がふわりと響く。
「…でも、総悟の気持ちは半端じゃないですよ?アイツはいい加減な所も有るが、大切なものが何かは判ってる奴なんですよ。」
ふっと、途中で柔らかく微笑んで、僕の目を真っ直ぐ見据えてくれる。
「だから…総悟がそこまでの事をしたんなら、アイツの気持ちはもう決まっているんです。後は貴方次第だと思いますよ。」
そう言って、笑顔のままマスターはカウンターに戻って行ってしまった。
僕…次第…
その気持ちが…良く分からないんだ…
あんな事されたのに…怒ったり、憎んだりする気持ちは…湧いてこない…
だからって、そー君と同じ種類の『好き』は…
だって年下だし…弟みたいなもんだし…あんなちっちゃかった子に…そんな感情…持つなんておかしいよね…
うん、おかしいもの…
折角なんで、コーヒーと一緒にアイスクリームも頂くと、なんだかさっぱりした気がする…
うん、やっぱりそんなのおかしいよ。
そー君は弟みたいなもんなんだから…恋人…とかそんなのは違うよね…
ちゃんと…はっきりそー君に言わなくっちゃ…
そんなんじゃない、って…
お会計の時にマスターにお礼を言うと、又、ニカリと暖かい笑顔で笑ってくれる。
なんだか…勇気が出てくる気がする…
もう一度頭を下げて、僕はそのままそー君の家に向かった…
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