神様といっしょ
「新ちゃん、私お嫁に行くの。後の事は任せたわよ?」
そう言って、ある日突然姉上が居なくなってしまった。
父上と母上が早くに亡くなってから、僕と姉上は2人っきりの姉弟だった。
いつだって、僕ら2人で先祖代々続いてきた、由緒正しいだけのこの神社を護って来たって言うのに…
何で今になって姉上…丸投げするかなぁ!
こんなボロい神社、僕だけでどうやって経営していけば良いってんだよっ!!
大体、経営の事は全部姉上が仕切ってたんで、僕は何にも知らないからね!
神様だって僕は見えないし…神主なんて出来る訳無いじゃないかっ!
僕が出来るのは、精々神社の掃除とかお供えを備える事ぐらいだからね!!
もう、どうなっても知らないからねっ!!
…そう言いつつも…僕にはこの神社以外もう何も残っていない。
ここを手放したら、僕には住む所すら無いんだからな…
なんとか頑張るしか…僕に残された道は無い…
とりあえず、どうしようもないので僕はいつも通りの生活を続けていた。
掃除をしたり、おみくじやお守りを売ったり、お供えしたり…
不思議な事に、姉上が居なくなってから少しだけ参拝のお客さんが増えた気がする。
それでもやっぱり今までより生活は厳しくて…
お供えのお酒…ちょっぴり安いものに変えたりして経済してみたりもした。
商店街に買い物に行った時は、姉上の行方を探して皆さんに情報を聞いてみたりしたんだけど…
どうしてか、小さい頃から姉弟共々お世話になっていた筈のおじさんおばさん達が、姉上の事を綺麗さっぱり忘れてしまっていた。いや、初めっから居ない事になっていた。
いくらなんでも、それはおかしい。
もしかして…姉上は神様の所にお嫁に行ったんだろうか…?
昔、父上に聞いた事がある。
神様に見染められた娘さんがお嫁に行って、人ではなくなった、と言う話を。
姉上も、そうなんだろうか…?
そうだとしたら、ウチの神様趣味悪っ…
『あら、新ちゃん失礼しちゃうわ。』
「姉上っ!?」
姉上の声がした気がして、キョロキョロと辺りを見回すけど誰も居ない。
…空耳だったのかな…?
姉上の声を想い出したからか、寂しさがより一層募ってくる。
あんな一言だけ残して居なくなっちゃうなんて…寂しいよ…
耐えきれなくなって、ポロポロと、流れる涙を止めないまま机に突っ伏して泣いていると、突然後ろから声が掛かる。
「おい、お前さんが神主ですかィ?なんか、酒の質が落ちてんだけど…」
…男の人…?
ちょっと待て…今…この家には僕しか居ない筈だよね…?
まさか…泥棒…!?それとも強盗!!??
0.2秒でそう考えて慌てて後ろを振り向くと、派手な着物を着た、栗色の髪もまぶしい綺麗な男の人が不機嫌絶好調な顔で僕を睨みつけていた。
…だっ…誰っ!?
「ちょっ…アナタ誰ですかっ!?勝手に人の家に上がり込んで…どっ…泥棒ぉーっ!!!」
僕が叫んで走り出すと、その人がスッと空中を移動して僕の前にやってくる…って、空中っ!?
「おっ…お化けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!」
みっ…見ちゃっ…見ちゃっ…!初めて見ちゃったよっ!!
なんでお化けが神社に出てくるんだよっ!?
「…失礼だねィ…お前さん本当にここの神主かィ?俺はここの留守を任されて暫くここの神様代理をする事になった沖田でさァ。ったく…自分トコの神様も判らねェなんざ…大丈夫か?お前さん…」
更に怒った顔になってブツブツ何か言ってるよ…
へっ…変な人…なのかな…?
あぁ!どっちにしろヤバイよっ!!僕今人生最大のピンチだよっ!!!
「なっ…何ですか!?お金ですかっ!?でもウチ貧乏だから、お金なんか有りませんからっ!!」
半泣きでその人に言い訳すると、ちょっとだけ機嫌の直った男の人がニヤリと笑う。
「…お前さん良い顔するねェ…好みでさァ。ってか俺の言いたい事はさっき言っただろィ。酒の質が悪くなったって。俺ァその事を言いにだな…」
「酒…?お酒って!ウチに有るのは神様用ですっ!質が落ちたって…アンタ飲んだんですかっ!?神様のお酒ですよ!?アレ!!大体、質が落ちるのだって仕方無いじゃないですかっ!姉上が突然いなくなって…ウチの経営真っ赤だよっ!!お金無いんだよっ!!!」
この人にそんな事言ったって仕方無いのは分かってるんだけど、それでも言わずにはいられなかった。
思いっきり不満を吐き出したからか、なんだかスッキリした気がする…
「…姐さんがコッチに来てから、大分参拝客増えてる筈なんですがねィ…近藤さん張り切ってやすから。それに、姐さん強ェし。」
「…は…?」
…何を言ってるんだろう、この人…
それじゃまるで…
「あの…アナタ、ウチの姉をご存じで…?」
「賽銭箱はちゃんと開けてやすかィ?」
僕の質問は全く無視されて、好き勝手に話をされる。
なんなんだ?賽銭箱…?
「あ、イエ、開け方知らなくって…」
「んじゃ後で教えてやりまさァ。」
…何でこの人そんな事まで知ってるんだ…?
まっ…まさかこの人姉上のストーカー…!?
「ストーカーは近藤さんでィ。」
えっ!?今僕何も言って無いのに!!
まさかコノ人…ぼっ…僕の頭の中見た!?
「イヤ、だから…俺ァ神様だって言ってんだろが。お前さんが何考えてるかぐらい判らァ。ついでに言うと、強盗でもお化けでもねェよ。」
………かっ…神様………?
イヤイヤイヤ、だって僕神様見えないしっ!
今普通に会話してるしっ!!
「おんや?姐さんお前さんになんも説明してないんで?」
「だって姉上突然居なくなって…」
僕が俯いて思わず流れた涙を擦ると、はぁっ、と大きな溜息が聞こえる…
こんな、見ず知らずの人に呆れられたのかな…でも、言い年した男がぐすぐす泣いてたら…呆れられても仕方ないよね…
ますます情けなくなって、じわりと涙が流れるのを止められない…
すると、ジッと僕を見ていた男の人が、ぽんぽん、と僕をあやすように頭を撫でてくれる。
…えっ…?慰めてくれてるの…?
ちょっと恥ずかしいけど嬉しくなって自称神様を見上げると、バッと目を逸らされる…
え…?僕何かしたかな…?
「面倒臭ェけど仕方無ェ…俺が説明してやらァ。お前さんとは長い付き合いになるんだからな…」
「は…?」
何が長い付き合い…?
僕がきょとんとして顔を上げると、ムスッとした綺麗な顔が間近に迫る。
「あのな、俺達ァココの神主にしか見えねェんでィ。なんか色々面倒臭ェんだろ?ニンゲンの世界は。これは代々の決まりだから、何か有っても変わらねェ。」
あぁ、だから僕には神様は見えなかったんだ…
って、この人を神様だって認めた訳じゃないけどっ!
「はいはい。だから今は見えんだろィ?俺の事。」
「…見えてますけど…でもアナタが神様なんて僕は…」
「んで、姐さんは今コッチに居やす。近藤さん…あー…ココの神社の神様でィ…近藤さんの嫁になって神界に来たんでィ。」
…神様に名前有るんだ…
………って………嫁に………って………
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