眠れる森の新八



むかしむかし、ある国にゴリラ似の王様と…

「お妙さーん!好きだァァァ!!」

「うるせーゴリラァァァ!!!」

ゴリラに育てられたようにとても強いお妃様が治める、平和で美しい国がありました。
二人は信頼しあいお互いを尊敬しあうとても素晴らしいご夫婦だったのですが、いかんせんお妃さまのツンが激し過ぎて、中々お子様に恵まれませんでした。

しかし、遂に王様の日々の努力が実を結び、お二人に待望のお子様がお生まれになるのです。

その知らせを受けた国民達は皆喜んで、国を挙げての宴が開かれる事になりました。
宴には、近隣の国の人々も近くの森の妖精も、皆が招待され、皆がお子様の誕生を祝福し、その愛らしいお姿に相好を崩すのでした。


宴もたけなわになったその時、沢山のごちそうやお酒を頂いてご機嫌になった妖精達が、そのお礼だと言ってお子様に贈り物を与える事になりました。


一人目の妖精・そよからは…

「私からは、美しさをあげますね?今のままでも十分可愛いけれど、この子地味で何の取り柄も無さそうだから。」

ニコニコと無邪気な顔でそう毒を吐いてお子様に触れると、その可愛らしさと美しさは更に輝きました。


二人目の妖精・信女からは…

「私は歌の才能をあげる………あ………」

無表情なままお子様に触れた彼女は、不吉な声をあげてすぐに手を離しました。

「…歌なんか歌わなくても生きていける。」

そーっと目をそらした彼女は、どうやらその贈り物を失敗したようで、お子様から歌の才能は消え去ってしまいました。


「次はワタシアル!ワタシは………」
「ちょっとォォォ!なんで俺呼ばれて無いんですかァァァ!?」

三人目の妖精・神楽が意気揚々と贈り物を贈ろうとしたその時、真っ黒いカラスが宴の間に飛び込んできて、そう叫びました。
そのカラスがフワリと着地すると、そこには黒いドレスの魔女が立っておりました。
そう、それはあまりの地味さで忘れ去られ、唯一この宴に招待されなかった、裏の森に住む魔女・山崎でした。

「山崎?え?呼んでなかったっけ!?」

王様が部下達に聞きますが、皆覚えが無く首をひねるばかりです。

「山崎ィィィ!おめぇ魔女なんだからそんぐらい解んだろ?自ら出向け!!」

近衛副隊長・土方が無茶苦茶な理由で怒鳴りました。

「ジミー君ごめん。あんまり地味だから忘れてたわ。」

もう一人の近衛副隊長・坂田も、もっしゃもっしゃとケーキを頬張りながら心無く謝りました。

「貴方がメル友にならないからですよ。」

近衛隊長・佐々木も、全く個人的な理由で魔女に詰め寄り真っ黒な携帯を持たせました。

「いらねーよ!あんたらがそんな態度だったら俺にも考えがありますよ…」

携帯を投げ捨てた魔女がスタスタとお子様に近付き、ニヤリと嫌な類の笑顔を浮かべます。

「折角だから、俺からもこの子に贈り物をしますよ。そうですね…この子は、16歳の誕生日の日没までに、糸車で指を刺して死にます。」

魔女がそう言うと、お子様の周りに黒い霧がたちこめ、可愛らしく開いた口に吸い込まれてしまいました!

「貴様!何をする!!」

刀を抜き放った近衛兵達が魔女を取り囲みますが、すぐにカラスになった魔女は天井高くに飛びあがって皆を見下ろして高らかに笑います。

「オーッホホホ!16年は幸せに生かしてあげるんだから良いじゃないですか。俺を忘れた事、思い知って下さい!」

そう言い捨てて、カラスは窓から飛び去ってしまいました。
近衛兵達はすぐに魔女を追いましたが、あまりの地味さにすぐに見失ってしまいます。


その場に残された王様と王妃様は、すぐにお子様に駆け寄って、おいおいと泣きだしてしまいました。
地味ですが、魔女の呪いの強力さは王様が誰よりも知っていたのです。

「大丈夫ネ!まだワタシの贈り物が残ってるヨ!!」

悲しみに包まれたその場に、三人目の妖精・神楽の声が響き渡りました。

「ワタシの贈り物は、魔法に変えるヨ。」

シャラン…と魔法の杖を振った妖精が、お子様の上でクルクルと杖を回しました。

「この子は糸車に指を刺されても死なないで眠るだけアル。そして、真の恋人からのキスで目を覚まして幸せになるネ!!」

キラキラと回る光がお子様の口に吸い込まれ、ふんわりとほっぺたが赤く染まりました。
その様子を見ていた皆は、ホッと安堵のため息を漏らします。


すぐに王様の命の元、国中の糸車が燃やされ、他国から持ち込まれる事も厳しく取り締まられ、その国から糸車は無くなってしまいました。
糸車が無いのは多少不便でしたが、可愛らしいお子様の為、誰一人その禁を破る者はおらず、これで呪いは達成されないと、その国の皆はすっかり安心してしまっておりました。





それから15年の月日が流れ、新八と名付けられたお子様は、美しく愛らしく健やかに育っておりました。
そのお優しい性格と鋭いツッコミは皆に愛され、もしも魔女の呪いが成就されてもすぐに晴らす事が出来るよう、城内の者達も城下の者達も男女問わず新八様の真の恋人を捜しておりました。
中には我こそ真の恋人と名乗りを上げる者や、遠くの国からやってくる王子や姫もおりましたが、誰も新八様の心を掴む御仁はおりませんでした。


そして、遂に新八様の16歳のお誕生日がやってきてしまいました。

その日、城では盛大な宴が開かれる予定で、皆てんてこまいです。
もちろん主役の新八様は暇を持て余しておりますが、近衛副隊長の二人が朝から護衛についており、どこにも出掛ける事は出来ませんでした。

「…銀さん、今日神楽ちゃん達もお城に来るんですよね?」

「そうだけど〜?もうすぐ来るんじゃね?」

妖精達も、呪いが成就する今日この日に、新八様の元にやって来て呪いを少しでも軽くしようと目論んでおりました。

「じゃぁ僕迎えに行って…」

「新ちゃん、それは駄目。」

いつもは新八様に甘い坂田副隊長も、今日ばかりは甘くはありません。

「土方さんー…お城の門までだけでも…駄目ですか…?」

可愛らしく土方副隊長におねだりしてみましたが、いつものごとく瞳孔を開いたまま眉を潜められてしまいます。
ただ怖いだけの顔に見えますが、実は困った時に彼がする表情だという事を新八様は知っているので、それ以上は何も言えなくなってしまいました。

「…悪ぃな…新八。」

そう言われて頭を撫でられてしまうと、もう諦めるしかありません。

しかし、新八様は意外と頑固でした。

そっと、いつもかけているメガネを外し、ベッドの上に置いて忍び足でその場を離れます。
すると近衛副隊長二人はそのメガネに話しかけ始めました。

「ちょ、新ちゃん拗ねんなよ〜…宴が始まるまでの我慢じゃ〜ん…」

「新八、オマエももう16になるんだ。そろそろ大人としての自覚を持って………」

そんな二人を尻目に、新八様はそっと部屋を抜け出してしまいました。

「…便利だけどさ…なんかムカつくよね…」


ちょっとイラッとしながらも新八様が向かった先は、城の最上階に有る誰からも忘れられた部屋でした。
その部屋には、子供の頃から新八様が秘密にしている特別な人が居るのです。

「山崎さん、今日は僕の誕生日パーティーがあるんです!沢山ご馳走が出るし、綺麗な着物も着れるんですよ?楽しみですよね!!」

「そうだね、俺も楽しみだよ。」

新八様が満面の笑顔を向けるその先には、にっこりと微笑み返す、あの魔女・山崎がおりました。
カラスになって逃げた後、その地味さを生かしてずっと城に潜んでいたのです。
そして、城の中で新八様の様子をずっと窺っていたのです。

「山崎さんの好きなあんぱんも用意して貰うように頼んでますから、今日はぜったい一緒に行きましょうね!今日は人がいっぱい来ますから、僕らみたいな地味仲間は人混みに紛れたらわかりませんよ!」

「そうだね、地味仲間で一緒に行けたら楽しいだろうね。」

魔女は身を隠すため、自分は訳あって人前には出る事が出来ないと幼い頃から新八様に教えていたのです。
素直な新八様は魔女の言う通り、そこに魔女が居る事を決して誰にも言う事はなかったのです。

「はい!あ、山崎さんに教えてもらったメガネを使う方法凄いですね…ちゃんと僕の身代わりになってくれました!銀さんも土方さんも全然気付かないんですよ?なんかちょっとイラっとしますけど…」

クスクスと笑う新八様は、とても楽しそうです。
一緒に笑う魔女も楽しそうです。
それでも仕事の手を止めずに一心に何かの作業をする山崎に興味を持った新八様は、とたとたと音を立てて駆け寄って行きました。
すると、山崎が動かす道具は新八様が今までに見た事が無いような、不思議なものでした。

「山崎さん、これはなんですか?」

ソレを興味津々で覗きこむ新八様に、山崎は悲しそうに笑いかけます。

「糸車だよ?新八君もやってみる?」

「はい!僕がお手伝いできるかな…?」

恐る恐る糸車の前に座った新八様がクルクルと糸車を回すと、それは調子良く回って次々と糸をつむいでゆきました。

「わ、凄い!これならすぐにお仕事終わりそうですね………」

糸車を回しながら笑顔で山崎に向き直った新八様の指に、呪いの通りに針は刺さり、そのまま深い眠りに落ちてしまいました。
すると糸車は豪華なベッドに変わり、新八様を包み込みました。