はじめてのお見舞い



ものっすごく珍しく、総悟君が風邪をひいた。
それも半端ない風邪らしく、電話の声は掠れてて殆ど出てない感じで…それなのに変な冗談言うから…
何で僕がお見舞いに行ったら元気になるんだよ…それに…かっ…可愛い、って何だよっ…
ホントは仮病なんじゃないの!?
そう思ってたけど、その後ミツバさんに看病を頼まれるぐらい、酷いみたいで…

いっつも煩い位元気だから…総悟君の元気無い所見てみたいし…
ミツバさんに頼まれちゃったらしょうがないし…
べっ…別に心配なんかじゃないし!

…今日の部活はお休みしてお見舞いに行く事にした。


昼休みに、坂本先輩の所に今日の部活をお休みさせて貰うように言いに行くと、隣で聞いてた高杉先輩が僕と一緒に総悟君のお見舞いに行くと言った。
先輩優しいから、総悟君の事心配なのかなぁ…?


放課後、玄関で待ち合わせして総悟君の家に向かう。
僕が急いで玄関に行くと、高杉先輩はもう玄関に居た。
僕が慌てて駆け寄ると、にっこりと笑って頭を撫でてくれる…なんでだ…?
途中、大江戸ストアにとドラッグストアに寄る事を告げると、先輩は何だかご機嫌になる。
なんだろ…?何か良い事でも有ったのかな…?

まず、ドラッグストアに向かう。
店員さんに総悟君の風邪の症状を告げて、薬を選んでもらう。
家に買い置きが無いなんて…どんだけ丈夫なんだよ…

「…アイスノン…」

「あ、イエ、それは要らないです。」

高杉先輩がにこにこ笑いながら持ってくるけど、そんな高いもの買えないよ…
総悟君の家にもタオルと氷ぐらい有るでしょう?

次に大江戸ストアに行って、ポカリと卵を買う。
どうせ何も食べてないよ、あの人…

「…アイス…」

「えっ!?アイス…あぁ、風邪ひいた時はアイス食べたくなりますよね!でも…ごめんなさい、予算無いです…」

にこにこ笑ってアイスの前に立っている先輩には悪いけど…僕が悲しい顔で謝ると、先輩がどん、と胸を叩く。

「…俺の…お見舞い…!」

ポカリと卵の入ったカゴにポイポイとアイスを詰めて、さっさとレジに並んでしまう。

「せっ…先輩っ!」

そんなにアイスっ…!?
お会計を済ましている先輩のお財布の中には沢山の万札が…!?
………ここは先輩の好意に甘えちゃおうかな………

僕がちょっと悩んでいると、さっさとお会計を済ませた先輩が、袋を下げてじーっと僕を見て待ってる…

「先輩!卵とポカリのお金…っ…」

「いい…いらない…俺のお見舞い…」

「…有難う御座います…」

…ここは、先輩のご好意に甘えておこう…

剣道の話をしながら総悟君の家に向かっていると、隣に居たはずの先輩が、いきなり居なくなる。
えっ!?と思った瞬間、僕も手を引かれて路地裏に連れ込まれる。何っ!?

キョロキョロと周りを見てみると、いかにもなヤンキーの皆さんが僕達を取り囲んでニヤニヤ笑っていた。

「よぉ、アンタスゲーじゃん。俺らにも幸せ分けてよ…」

高杉先輩に詰め寄ってるけど…僕知〜らないっと…
僕が彼らから目を逸らすと、その中の1人が僕を壁に着き飛ばす。

「無視してんじゃねぇよ!」

「イエ、無視っていうか…」

僕が話そうとすると、ガツン、と音がして頬が熱くなる。
あー…殴った…

「テメーらは大人しく金出してりゃ良いんだよ!」

あーあ…知らない…僕、怒っちゃったよ…?

「貴方方に差し上げるようなお金は有りません。ウチは貧乏なんですから。」

僕がその人達を睨みつけて拳を握った時、隣でガキッ、という音がする。

あ…

恐る恐る隣を見ると…やっぱり…高杉先輩が、変わってる…
前髪の隙間から見える目は恐ろしく、纏う雰囲気は斬れそうだ…

「テメェら…新八殴りやがったな…?」

あーあ、知らないっと…先輩は後輩思いだからなぁ…
こうなったら当事者の僕でも止められないよ…?

僕の前に居た1人が吹っ飛んで、取り囲んでた2人を巻き込んで倒れ込む。
そのまま先輩がその1人に近付いて、ポケットに手を突っ込んだまま、お腹の柔らかい所に爪先を蹴り込む。
あ…あの人が死なないうちに先輩を止めなきゃいけないのに…僕も怖いよ…でも…

「せっ…先輩っ!僕大丈夫ですからっ!」

そーっと腕につかまると、先輩のケリが止まる。
蹴られていた人がひぃ、と叫んで転がり、仲間の2人がその人を担いで逃げていく。

「テメェ新八…」

先輩が振り向く。
ひぃぃぃぃぃぃ!めっ…目が怖いぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!鬼の形相、ってこの事かぁぁぁぁぁぁ!!!
僕がビクリとなって固まると、先輩がポケットに突っ込んでいた手をスッと上げる。
なっ…殴られるぅぅぅぅぅぅぅっ!!!

「…赤くなってるじゃねぇか…ほっぺた…」

するりと撫でられるけど、生きた心地がしないよぅっ…
そのまま先輩の顔が近付いてくる。
何で!?頭突き…!?
ぺろり、とほっぺたを舐められて、ちゅうと吸われる。

…って何がぁっ!?

「イテェだろ…?」

「やっ…痛くなっ…」

僕が涙目で腕を突っ張ると、ニヤリと笑ってぐいと近付いてくる。

「すげぇ真っ赤…このまま喰っちまおうか…?」

僕が思いっきり後ろに下がると、先輩がくはっ、と笑って一歩一歩近付いてくる。

「可愛いねぇ…やっぱり沖田にゃやりたくねぇなぁ…」

なっ…何がっ!?
あっ…壁…もう下がれない…みっ…右か?左か…?
僕がキョロリ、と周りを見た時には既に遅く、僕の左右には先輩の腕が有った。

「せっ…先輩っ!僕らお見舞い行く途中ですから!初めてのお見舞いなんですよね?ね?ヤンキーも居なくなった事だし!総悟君苦しんでますよ?きっと!」

高杉先輩は後輩思いだから…きっとこれで戻ってくれるっ…!

「…チッ…又沖田か…アイツは殺しても死なねーよ…」

もっと怖い顔になった先輩が、ジワリジワリと近付いてくる。
顔っ…顔が近い…っ…逃げられないよっ…!

「…そんな事より…気持ちイイ事しようぜ…?」

ニヤリ、と笑う顔はひたすら怖くて…

「せっ…先輩っ!冗談はやめて下さいよっ!」

「…冗談…?」

くく、と笑って顔を傾ける。
ちょっ…まっ…この体勢は…まさかきっ…キスっ!?

「やっ…やだっ…!総悟君っ!総悟君っ!!」

先輩の顎を押してなんとか距離を取る。
なっ…何で僕、総悟君の名前なんて…呼んだって来てくれる訳無いのにっ…
あ…しまった…涙が…

「…しんぱち…沖田が…良い…?」

あ…高杉先輩が…戻った…

「あの…僕…」

そう言うんじゃ…無い…と…思う………
僕が安心と混乱で俯くと、ぽんぽんと頭を撫でて、僕の手を取って先輩が歩き出す。

「…お見舞い…沖田…きっと苦しい…」

あ…いつもの優しい先輩だ…良かった…戻って…
僕がぎゅっと手を握り返すと、先輩がそっと握り返してくれる。
もう2度と鬼には会いたくないよ…いつもの先輩が良い…