キミの向こう側
この世に産まれて16年、多少山あり谷ありだったけれど、極々普通だったはず僕の周りが、ここ最近少しずつ変わりつつある。
それは、侍で有り続ける事が難しくなった今の世の中でも、変わらずに己の侍道を貫いている銀色の魂を持った男、坂田銀時と出会ってしまったからなのだ。
不思議に輝くその男の生きざまをもっと見てみたくなって、僕は半ば無理矢理その男の経営する万事屋に就職した。
そこは『万事屋』と言うだけあって色々な人達との出会いが有った。
場末のスナックのママさんだったり、元高級官僚のマダオだったり、天人の皇子様だったり、武装警察だったり。
今迄通りのバイト生活じゃ、とうてい知り合う事の無い人種ばかりで、僕は少し戸惑ったけど反面とても楽しかった。
天人だけど、可愛い女の子の同僚・神楽ちゃんだって出来たし、バカデカイけど可愛いペットの犬・定春も出来た。
仕事だってちょっと危険なモノや大変な事が多いけど、万事屋3人が揃えば何でも出来る気がする。
…まぁ、僕の主な仕事は家事や雑用と、16歳男子としては少しばかり情けないものではあるけれど、僕は今のこの生活をとても気に入っている。
家族が増えたみたいで…毎日がとても楽しいんだ。
「新八ぃー、何ボーっとしてるアルか?そろそろタイムセールが始まる時間ネ!」
「え!?もうそんな時間?」
神楽ちゃんに教えられて大江戸ストアのチラシ片手にエコバックを肩から下げる。
今日の特売品は既にチェック済みだ!さぁ張り切って…
出掛けようと立ち上がると、立眩みがしてイスに座り込んでしまった…
「ちょ、新八大丈夫か?」
「あー…すんまっせん、ちょっと眩暈がして…」
上司である銀さんが、珍しく僕を心配してジャンプから顔をあげる。
侍がこんな事では情けない、と思うけど、今日ばかりは日が悪い。
恥ずかしながら、僕は痔主でして…月1ぐらいの割合で痔が悪化して大量に出血する期間が有るのだ。
そうすると貧血にはなるし、同時にお腹の調子も悪くなるのか激痛が走ったり具合が悪くなってしまう。
クスリは使っているんだけどなぁ…中々良くならなくて困っちゃうよ…今度全蔵さんに良い薬紹介して貰おう…
僕が少しの間座り込んでいると、神楽ちゃんが心配そうに僕の顔を覗き込む。
「新八顔青いヨ…ワタシが買い物に行って来てやるネ!」
凄く心配そうにそう言ってくれるけど、神楽ちゃんに買い物は任せられない。
トイレットペーパーを頼んだら1ロールしか買ってこなかったり、特売品が全部酢昆布に変わっていたりするんだもん…
「イヤイヤイヤ!大丈夫!大丈夫だから!!」
「大丈夫じゃないネ!何遠慮してるアルカ。」
「…イヤ、遠慮なんかじゃないんだけどね…」
僕が困って視線を彷徨わせると銀さんと目が合う。
「…しゃ〜ね〜な〜、今日だけ特別にスクーター出してやるよ。特別だからな?いつもだと思うなよ?」
そう言って、文句を言う神楽ちゃんから庇うように僕を押して万事屋を出る。
…そう、まず銀さんが最近おかしいのだ。
なんだか妙に僕に優しいのだ。気持ち悪いぐらい。
この間一緒にお風呂に入った時からなんだよな…何かやったかな?僕…
その時もやけにそそくさと出て行ったしなぁ…なんなんだろ…
ぼんやりと考えながら、落ちないように銀さんのお腹に手を回すと、銀さんの肩がビクリと震える。
そう、ちょっとしたスキンシップにもやたらと反応してくるんだ。
確かにこういう触れ合いは女の子としたいけどさ…でも、僕としては家族だって思ってるから…嫌がられると結構傷付くよ…
そーっと離れて着物を掴み直すと、いつも通りの死んだ魚の目が僕を見る。
「何してんだお前。ちゃんと捕まってないと落ちんだろうが。」
そう言って、ヘラリと笑って僕の手を銀さんのお腹の所で組ませる。
僕が遠慮したのに気付いたんだよな、きっと…
やっぱり銀さんは父上みたいに優しいよ。
僕がしっかり掴まると、スクーターは発進する。
折角銀さんがスクーター出してくれたんだから、諦めてたお米とトイレットペーパーも買おう!
ウキウキしながら大江戸ストアに向かうと、近くで黒い隊服を見かける。
「新八くん…?」
「あ!こんにちわ沖田さん。今日も見廻りですか?ご苦労様です。」
「おう。なんでィ今日はダンナも一緒ですか。珍しい。」
「ですよね、何の気紛れか。」
僕がくすくすと笑うと沖田さんも笑ってくれる。
そして、そっと手を伸ばして僕の頬に触れてくるのだ。
「お前さん、今日は具合悪ィ日ですかィ…?」
「あー…バレました…?」
「なまっちろい顔してまさァ。」
綺麗な眉を潜めて見る時は、心配してくれている時だ。
そんな事が分かる程度には、僕らは親しい友人だ。
武装警察真選組一番隊隊長 沖田総悟
そんな肩書をもった美丈夫が、何故胡散臭い万事屋の従業員と友人になったのかは、僕にもよく分からない。
仕事柄、なんとなく絡む事が多くなって、街中で出会う事とかが結構あって。
年も近いせいか、話してみると結構気が合って。
一緒に居るとなんだか落ち着いて、楽しくて…いつの間にか友人と言って良いであろう位置に居たのだ。
…まぁ、出会ってすぐの頃に1度掴み合いの喧嘩をした事は有ったけど…
アレかな、拳で語り合って友情を育んだ、とかそんなアレかもしれない。
「一応薬は使ってるんですけどね…治ってもすぐに悪化するみたいです。」
「…おう…」
僕が痔の話しをすると、沖田さんはいつも頬を染めて気まずそうに目を逸らす。
サディスティック星の王子との異名を持つこの人でも、やっぱり友人のプライベートなアレには気を使ってくれるのだろうか?
その度に、僕の心臓はドキドキと早鐘を打つ。
そう、僕もこの人に対しておかしくなってしまっている。
沖田さんのそんな顔を見ると…呼吸が苦しくなって、胸も苦しくなる。
無邪気に笑った顔なんかを見せられると、顔に血が上ってきて更におかしな気持ちになるのだ。
僕らは男同士だって言うのに…僕が友人に対してこんな事を想っているだなんて知れたら、きっと気持ち悪がられるに決まってる。
特に痔が悪化している時は、気持ちも弱っているのか女々しいにも程が有るのだ。
沖田さんに縋りつきたくなったりしてしまうのだ。
「で?新八くんは明日も買い物に来るんですかィ?」
にっこりと微笑まれて手を掴まれると、体中の力が抜けてしまう。
なんなんだコレは…!こんなのおかしいじゃないか!!
「や!明日は来れません!!すいません、僕タイムセールの時間が有るんでこれで失礼しますっ!」
半ば手を振りほどくようにして、その場を離れる。
去り際の、悲しそうな寂しそうな沖田さんの目が僕の脳裏に焼き付いてしまった。
でも…これ以上沖田さんと一緒に居たら、僕は未知の世界に足を踏み入れてしまいそうだから…
だから…
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