弟王子が会場に着いてすぐに、舞踏会は始まりました。
王子はすぐに会場内を見回して黒髪を探しますが、街で見かけたあの可愛らしい姿は見つかりませんでした。

がっかりしながら椅子に座り込むと、やたらとタッパーに料理を詰め込む知己の少女と、ひどく近くで写真を撮りまくっているいずれ義姉上と呼ぼうと思っている女性が目に入りました。
慌ててもう1度辺りを見回しましたが、やはり黒髪の少女の姿は有りません。
あの娘の事だから、家を開けるのを心配して留守番をかってでたのでしょう。
そうじゃ無ければ、ドレスが無かったのかもしれません。あの娘なら、普段着だって全然構わないのに。
しかし、心で思っただけではそんな声はあの娘に届く訳が有りません。
なので王子はもう諦めて、頬杖をついてただただ座って会場を眺めておりました。

次から次へと女性達が王子をダンスに誘いますが、その全てを王子は断りました。
それでも諦めない女性達にいい加減面倒になった王子は、にっこりと微笑んで女性達に囁きました。

「ここいら辺は臭っせぇんで外の空気吸ってきまさァ。香水じゃメスのニオイは隠れちゃァいやせんぜ?ブタ共が。」

泣き崩れる女性達を一瞥もしないまま、王子はバルコニーへと向かいます。
すると、壁際に探し求めていた少女がひっそりと立っていました。
眼鏡こそ有りませんが、王子が少女を見間違える筈が有りません。
美しいドレスに身を包み、煌めく宝石でその姿を飾ったその娘は普段の何倍も可愛らしく、暫く見惚れてしまうほどでした。

やっと我に返り、慌てて美味しそうな肉を皿に乗せた王子はその娘に向かって肉の皿を差しだしました。

「お嬢さん、こんな所で何やってんですかィ?旨い料理も高級な酒も、今日は山ほど揃えてるんですがねィ。」

ハッと顔を上げた娘は、すぐに可愛らしく頬を染めてあわあわと慌てはじめます。

「おっ…王子様!?あっ…あのっ…あんまり沢山ご馳走が有るんで迷ってしまって…それに、神楽ちゃんが本当に沢山タッパーに詰めてるんで、アレを食べられなくなったら困っ…あ…ごめんなさい!お持ち帰りとかしたら駄目ですよねっ…」

更に慌てて困った様に笑うシンデレラに、王子はドキドキしすぎて心臓を押さえてしゃがみ込みます。

それを見たシンデレラは酷く驚いて、自分もしゃがみ込んで王子の背中を擦りました。

「王子様!具合が悪くなったんですか!?」

「…大丈夫でさァ…それよりアンタ…俺を少しばかり見くびっちゃいやせんかィ?一国の王子がお持ち帰りぐれェで目くじら立てると思ってるんですかィ?」

そう言ってニヤリと笑った王子の顔が近くて、今度はシンデレラの心臓がドキドキと暴走します。
もう、ちゃんと返事を帰す事も出来ません。

「でもなァ、料理は温けェウチに喰った方が旨いんでィ。俺ァアンタに旨いモン喰ってって欲しいんでさァ。」

そう言って一口大に切られた肉をフォークで差し出されたシンデレラは、素直にぱくりと食べました。
その肉は、この世の物とは思えない美味しさで、シンデレラは差しだされるまま夢中で平らげてしまいました。
それを見た王子は満足そうに微笑んで、今度は自分にも食べさせてくれとせがみます。
シンデレラが震える手で差しだした食べ物は、どれも王子が今迄食べたものの中で一番に美味しい物でした。

そのまま色々食べさせあった後、頬を染めた王子はシンデレラの耳元でそっと囁きます。

「なぁ…俺の部屋に来ねェ…?」

「へっ…部屋…ですか…?」

「そうでィ…俺のモンになれよ…」

突然の事に驚いたシンデレラですが、その心はとうに決まっていたのです。
もう既に、王子でいっぱいだったのです。
すぐに頷こうと王子を見つめたその時、11時を知らせる鐘が鳴り響きました。

「あ…ごめんなさい…僕、12時までに家に帰らないと…」

「…何でィ…俺の事好きじゃねェのかよ…」

「好きですっ!大好き…です…」

思わず大声で即答してしまったシンデレラに愛おしさが募り、王子はシンデレラをぎゅうと抱きしめました。

「すげぇ嬉しい…本当なら時間なんか関係無く今すぐ俺のモンにしてェけど、お前さん困るんだろ…?明日も舞踏会は有るからねィ…覚悟決めて明日又来なせェ…オメェを見付けたら、すぐに攫ってたっくさん愛してやっから…」

「あっ…明日も…貴方の元に必ず来ますからっ…!」

真っ赤な顔で、そう頑張るシンデレラに王子は微笑みかけ、そうして2人は約束の口付けを交わしました。



余裕を持って家に帰り着いたシンデレラは、留守番をしていてくれた魔法使いと武蔵っぽい人にお土産だと王子様お勧めの美味しいお酒を渡しました。

「え!?お土産くれるの?有難う新八君。んじゃ、又明日来るからちゃんと用意しててねー!」

2人がご機嫌で手を振りながら帰って行きます。
又明日。
魔法使いは確かにそう言いました。

明日も又舞踏会に来る事が出来るようにと、王子様の入れ知恵でお酒を持たされたシンデレラでしたが、その必要は有りませんでした。
森の魔法使いはシンデレラの事が心配で、魔法で様子を見ていたのです。

明日、又王子様と逢える!
そう想うとシンデレラの心は躍りました。



次の日のシンデレラは朝からソワソワとしていて失敗ばかりです。
料理に入れる塩と砂糖を間違えたり、手を滑らせて沢山お皿を割ってしまったり、掃除をしていて父上の頭を掃除機に吸わせてしまったり。
そうかと思ったら、いきなり頬を染めて頭を振ってみたり…

それは舞踏会の時間が近付くほどヒドくなっていって、坂田家一同はシンデレラを心配して今日舞踏会に行くのは取りやめにしようとしました。
しかし、シンデレラが強く勧めるので、一同はしぶしぶ出掛けて行きました。

馬車を見送ったシンデレラがすぐに辺りを見回すと、すぅっと森の魔法使いが現れます。
すぐに魔法を掛けられたシンデレラは、武蔵っぽい人の変身した馬車に乗ってお城に向かいます。

1分1秒もを惜しんだシンデレラが舞踏会場に掛け込もうとすると、途中で何者かに廊下の陰に引き込まれました。

「お嬢さん、そんなに急いで誰に逢いに行くんですかィ?」

「王子様!」

振り向いて、優しく微笑む王子を見とめて、シンデレラは想いが募り募って飛びついてしまいました。
そんなシンデレラをしっかりと抱きとめた王子は、そのまま抱き上げて自室へと走りました。
扉が閉まるか閉まらないかで深く口付けを交わした2人は、見つめあってくすくすと笑いました。

「ところでお嬢さん、お名前は?」

悪戯っぽく笑った王子にシンデレラの心は捕らわれてもう逃げられません。
逃げる気など決してありませんが。

「僕は、新八と言います。」

「新八…俺ァ総悟って言いまさァ。王子じゃなくて、総悟、って呼びなせェ。」

「…総悟…さま…?」

「へい。新八?」

「はい…」

幸せそうに微笑んだ2人は、そうして何度も何度も愛し合いました。



疲れてすっかり眠り込んだシンデレラが目を覚ますと、その時にはもうすぐ12時になってしまう程時間が経ってしまっていました。
痛む身体をなんとか動かしてドレスを纏い掛け出しますが、すぐに目を覚ました王子が追いかけてきました。

「新八ィ!なんで逃げるんでィ!?」

「ごめんなさい総悟さま!僕は12時までに帰るって約束が有るんです!」

「そんなの…俺より大切なんですかィ!?」

「僕は…」

魔法でこの姿になっているんです、とは言えませんでした。
12時になって魔法が解けて、嫌われてしまうのではないかと思うと怖くて言えませんでした。
なので、更にスピードを上げたシンデレラは途中でガラスの靴が片方脱げてしまいました。でも、そんな物を拾っている余裕は有りません。
振り返る事もせずに一目散に走って、なんとか馬車に乗り込んで家へと向かいました。
途中で魔法が解けて、馬車はリヤカーに変わってしまいましたが、武蔵っぽい人はちゃんと家まで送り届けてくれました。
むしろ馬の時よりも早く。

家に帰り着いたシンデレラは、すぐに魔法使いと武蔵っぽい人にペコリと頭を下げました。

「長谷川さん、武蔵さんごめんなさい…今日はお酒持ってこれませんでした…」

「え?いーよいーよ!これで貸し借り無しだからね。それより新八君は楽しんでこれたかい?」

「…はい!一生の想い出になりました。」

そう言って笑う顔が酷く寂しげで魔法使いはとても気になりましたが、今日の所は過保護な保護者に見つかると厄介なので早々に退散する事にしました。
魔法使いと入れ違いのように帰って来た家族とお土産の料理やデザートを囲み、シンデレラは幸せでした。



夜も深まり、眠ろうと瞳を閉じると王子様とのひとときが瞼の裏に甦ります。
嬉しくて、恥ずかしくて、幸せで、そして…悲しくて…自然と涙が零れました。

シンデレラはもう2度と王子様に逢う事は無いと思っていました。
1度だけ、ひと目だけ、本物の王子様を見てみたい…叶うなら、お話をしてみたいと。
だから、家族の目を盗んででも無理矢理舞踏会に行ったのです。
しかし、その想い出はあまりに大きくなり過ぎて、想い出だけに留めておくには辛過ぎる物になってしまいました。
シンデレラは布団に潜ってそっと泣きました。