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それは、いつもと変わらない日常。
出勤してくる新八に起こされて、新八の作った朝飯を食べる。

でも、ここからは、いつもと違う。

昨晩のうちに神楽には小遣いを渡して、夕方まで帰ってこないように言い聞かせた。
神楽はなんだかんだで俺達の関係を知っている。だから、おかしな顔をしつつも了承した。

神楽と定春が遊びに出て、新八が洗濯と掃除を始める。
居間を掃除するついでに俺の前に茶を置いて行くなんて、なんて出来た嫁なんだ?

それなのに裏切るなんて、酷いじゃねぇか…
そうだろ…?新八ぃ…

全部終わったのか、新八は自分の分の茶を持って居間に来てテレビを見始めた。
だから俺は、新八の隣に座ってテレビの音量を上げる。

「あ、すいません。音小さかったですか?」

「いや…?あんま音小せぇとババアどもに聞こえんだろ?新八のやらしい声…」

「…あ…!」

すぐに唇を奪うと新八の身体がビクリと震える。
…そうか…俺とはキスもできねぇのかよ…
深く深く、息まで吸い込んで離さない。
しばらくそうしてると新八が動かなくなったんで、心配になって顔を覗き込んだ。
そうしたら…新八は酷く憐れんだ、諦めたような目で俺を見ていた。

そうか…もうオマエの気持ちは俺には無いんだな…

だからって、俺から逃げられると思うなよ。

そのままソファに縫い付けて、もう一度唇を塞ぐ。
いちまいいちまい、焦らすように着物を剥ぎ取っていくと、白い肌には無数の赤い痕が残されていて…それでもほんの少しの希望を残していた俺の心を砕いてしまった。

新八…オマエはドコが感じるんだ…?
どんな声で啼く…?
どうやって誘うんだ…?

咲き誇る赤い華を俺で塗りつぶしたくてその上に口付ける…と、今迄無抵抗だった新八が、急に酷く抵抗を始める。

「や…やだ…消さないで…消さないでっ!」

「…そんなに俺が嫌なのか…?」

暴れる身体を押さえつけて華の上に口付けようとしても、新八の必死の抵抗で上手くいかない。

「ぎ…さん…やだ…いやだ…消えちゃう…消えちゃうよ!僕にはもうコレしかないのに!もう2度と、顔も見れないのに…この痕だけなのに…こんなの…一生消えなきゃ良いのに!」

大粒の涙を流してコレしかないなんて必死の抵抗をされるなんて、これじゃ俺の方が間男みたいじゃねぇか…俺達…恋人だよな?

「新ちゃんさ〜、おまえ誰の恋人?銀さんだよね?銀さんの、新ちゃんだよね?コレ、誰がつけたの?銀さん記憶に無いんだけど?」

俺がふざけたようにそう言うと、新八は又ビクリと震える。

「なぁ、新ちゃん…誰なのかなぁ…?人のモンに手ぇ出したの。そんなのさぁ…殺されても文句言えないよねぇ…?ソイツ…」

俺が笑って見せると新八はソファから転げ落ちて、そのまま四つん這いになって玄関の方に逃げ出した…逃がさねぇけど?

「ごめ…なさい…ごめんなさい銀さん…殺さないで…あの人が死んでしまったら僕はもう銀さんを好きになれません…!」

「…嘘はダメだぜぇ、新八君…もう好きじゃねぇだろ…?」

這いずり回る新八を、俺はゆっくり追いかける。

「俺から逃げるんだ〜…逃がさないけど?逃げられると思ってんの?新ちゃんは甘いな〜」

くすくす笑いながら見下ろすと、腰を抜かしたのか動けなくなった新八が涙を零して俺を見上げる。


「逃げらんねェなら、俺が奪ってってやらァ。」


あぁ、世界の真理か。
お姫様のピンチには王子様が現れる。
とかくこの世はめでたしめでたし…ってか?


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あれから俺は一度も新八くんには逢ってねェ。それどころか、その影すら見ちゃいねぇ。
俺が、ワザとそうしているから。
それでも、瞼を閉じればアノ時の新八くんの姿がありありと浮かんでくる。
可愛らしくて、イヤらしい、アノ姿が…
俺ァ、ソレが有ればもうこの先一生、生きていけると思ってる。
まぁ、その一生ってやつが何時までもつのかは判らねェが。

あれからすぐに、旦那が俺を殺しに来ると思ってた。
それなのに、旦那は一向に姿を見せねェ。
ならば姐さんかと覚悟を決めてスマイルに言った。
それなのに、ソコで姐さんは笑顔で俺を迎えた。


新八くん…アンタ一体アノ人らに何をした?
言って無いなんて事ァ無ェだろ?
それとも…もう関わり合いさえもちたくないぐらいに俺は嫌われたんですかィ…?


今日も新八くんを避けて、シフトを午前中の見廻りにしてもらった。
本気で真面目に仕事をしとけば、俺と新八くんが逢う事なんざ、無ェ。

でも、癒しも休憩も無いまま働き詰めってのは頂けねェ。
途中の公園で缶コーヒーを買って、ベンチで一休みさしてもらう。

ベンチに座ってただぼんやりと公園を眺めていると、フッと隣に見知った気配が現れる。
…何そんなに急いでんだ…?
それともコイツが俺を殺しに来たのか…?

「何か用かよ、チャイナ。」

前を向いたまま声を掛けると、俺の予想に反してソイツが俺を攻撃してくる事は無かった。

「…新八助けるネ…」

「はぁ?」

何でコイツが俺にそんな事…?
あんまりにも意外で俺がチャイナを見ると、全くらしくない泣きそうなツラでこっちを見ていた。

「ワタシじゃ銀ちゃん止められ無いネ…銀ちゃん、おかしくなってるヨ。あのままじゃ新八が危ないアル!でも…分かってるけどワタシは銀ちゃんも新八も両方好きだから…銀ちゃんにヒドイ事出来ないネ…でもワタシが本気出さないと銀ちゃん止められなくて…だから…」

ついにはボロボロと涙を流して俺に頭を下げる。チャイナはまだ子供だから。

「いくら旦那がSだからって、新八くんに危害を加える事ァねェだろ。そういうプレイなら判んねェけどな…」

「そういうんじゃ無いアル!今の銀ちゃんホントに危ないネ!新八殺されるかもしれないヨ!!」

…新八くんが…?俺じゃ無くて…?
殺るってんなら俺の方だろうが…!

「新八くんは今何処でィ…?」

「万事屋アル!助けて…新八を助けて!!」

チャイナの声を半ばまでも聞かずに、俺は万事屋に走った。
まさか旦那がそんな事する筈無ェと思いてェが…チャイナの勘が外れるとも思えねェ。
なんかされるんなら俺の方だろ…早まんな、旦那…!

万事屋に着いて、玄関前で中の様子を伺う。
…物音は…しないか…?
そっと扉を開けようとすると、珍しく鍵がかかっている…居ないのか…?

『や…やだ…消さないで…消さないでっ!』

…新八くん!?
そっと耳を押し当てると、旦那のいつもとは全くトーンの違う声と怯えきった新八くんの声…
本当なら扉ぶち破ってすぐにでも駆けつけてェけど、あんな声を出してるヤツを刺激できねェ。
そっと鍵を斬って音をたてないように、完全に気配を消して室内に侵入する。

「俺から逃げるんだ〜…逃がさないけど?逃げられると思ってんの?新ちゃんは甘いな〜」

旦那…俺に気付かねェたァ…本気でおかしくなっちまってんだねィ…


「逃げらんねェなら、俺が奪ってってやらァ。」


裸に剥かれた新八くんの前に立って、頭っから俺の上着を掛けてやる。
あん時俺が付けた花が、未だ咲き誇る躯は…未だに…?もう消えてたって良い頃でさァ…
何でまだ消えないで残ってんだ…?

「おきたさ…っ…!?だっ…駄目です!逃げて!!逃げて下さ…っ!」

「へー、やっぱ沖田君だったんだ。人のモンに手ぇ出したの…」

おかしな色を宿した旦那の瞳が俺を捕らえる。
ニヤリと笑った眼はとても正気とは思えないモンで…

新八くん連れて逃げるのは、ちっと厳しいですかねィ…


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沖田さんが、助けに来てくれた!
沖田さんが、僕を、助けに来てくれた!!
もう2度と逢えないって想ってたのに…顔も見れないって想ってたのに…
見て…?僕を見て…?
ほら、ちゃんと消えないように、自分で華も付けたんだ…貴方が吸ってくれた僕の肌…ちゃんと自分でも吸えたんだよ…?
届かない所は仕方ないから指で付けたんだ…
ちょっとだけ、痛かったけど…この華が消えてしまう事を考えたら何でも無い事だったよ…?

だから、僕を見て…?
貴方の華をずっと消さないから…僕を見て…?