保護者って子供の行動をいつの間にか察知してるから怖い



「まあ、夏だし海ぐらいは行きたいだろィ?」

私服の涼しげな単衣姿の沖田がそう言って恒道館を訪れたのは、朝の新聞に『またもや真選組、捕物中に家屋破壊!月内5度目は最多記録!!』の文字がデカデカと飾られた日の夕方だった。

ジーワジーワと蝉の声が響く、真夏のこの時間はまだ日も沈まず、真昼の暑さを塗り替えるような涼しい風が、一日の終わりが近い事を告げている。

門前で水を撒いていた新八は、朝読んだ新聞の中で、バズーカを構えたままのんきにピースなどしていた、その写真の人物の平素と変わりない飄々とした顔に、呆れた顔で言葉を返した。

「いや、別に海は嫌いじゃないですけど、アンタこんなとこいていいんですか?」

水を撒く手を止めた新八からの、質問の意味が分からない、とでも言うように沖田が首を傾げる。
仕方なしに新聞見ましたよ、と言うと、あぁ、と妙に納得したように沖田は頷いた。

「あの後にマヨ馬鹿がお前は一週間ぐらい大人しくしてろって言うんでねィ、今日からしばらく夏休みってとこでさァ」
「いや、それ謹慎してろって事だろ!!!」

手に桶と杓を持ったまま、呆れ果てた顔でツッコミを入れる新八に、そういう言い方は人聞き悪くていただけねェや、と全く悪びれた様子もなく、しゃーしゃー沖田が答える。
全く土方さんもさぞ苦労が絶えないだろうと同情のため息を吐き、新八は眉間にシワを寄せたまま、素っ気ない返事を返した。

「とにかく!一週間大人しく頓所で反省して、それから休みが取れそうならまた誘って下さい」

こんなタイミングでうっかり沖田の誘いに乗っかったりしたら、こっちまで土方さんに文句を言われると、背中を向ける新八に沖田は不服そうに口を尖らせた。

「え〜っ、そんな事言ってたら夏が終わっちまわァ」

いいじゃねーか、宿泊代俺持ちだぜィ、という誘惑もガン無視して、水撒きを中断し、家に入ろうとした新八の背中に、沖田がボソリと言葉を投げた。

「今頃の海は水着のおねーちゃんでいっぱいだろーねィ」

思わずピタリと新八の足が止まる。

ジーワジーワと鳴く蝉の声が恒道館の門前にこだまし、濡れた路地を涼しげな風が通り抜ける。

「最近の若ェ娘はずいぶん小さい水着着やすからねィ、まァ、童貞くんには目の毒かも知れねーなァ」

ピクリと新八のこめかみがひくつく。
大分涼しくなったとはいえ、真夏の熱がまだ身体をほてらせ、額から汗が一粒頬に流れる。

新八が足を止めたのをチラリと横目で確認し、スススと擦り足で新八の背後に回った沖田は、ヒソヒソ声でさらに話を続ける。

「まァ、夏は開放的になりやすいって言いやすし、もしかしたら新しい出会いってヤツがあるかもしれやせんねィ」

そう言って、自分に背を向けたまま固まっている新八の正面に回り、ニヤリと笑った沖田がダメ押しと言わんばかりに、耳元で囁いた。

「もしかすると、夏と共に童貞にサヨナラするチャンスがあるかもですぜィ」

冴えない眼鏡も男前に見える旅先マジックってヤツでさァ、と何気に失礼な事をのたまう沖田の顔を、無言で顔を上げた新八が正面から見つめる。

この沖田の口車に乗せられ、痛い目を見たことなんて一度や二度ではない。
だいたい、この破天荒なサディスティック星の王子と行動を共にすること自体が間違いの元である、と新八はこれまでの付き合いで知り尽くしている。

過去このドS王子が絡んでそんな美味しい目に合った事があるか!!
だいたい海に行ったぐらいでホイホイ彼女が出来るなら、世の中のモテないヤロー共は全員クリスマスもバレンタインも海水浴しとるわ!!
ほぼ0と分かってる軽薄な出会いより、目の前の危難を避けてこそだろ!!日々進化を続けるホモサピエンスなめんなよ!!この我が儘王子が!!

山のように浮かぶ言葉が頭をグルグルと回る。

新八は真正面にある、黙って動かなければそれこそ「王子」の異名に恥じない、華のある整った顔を睨むように見つめた。

ここでハッキリ言ってやらなきゃ男じゃない。

いつの間にかゆっくりと日が沈み始め、大分静かになった蝉の声を掻き消すように新八が声を上げた。

「沖田さん!」

半ば叫ぶように、このトラブルメーカーの名前を呼び、ガシッとその肩を掴むと、新八は声も高らかにハッキリとこう言った。

「夏はやっぱり海ですよね!!」

ジー、ジー、と小さく一日を名残惜しむようにまだ蝉が鳴いている。

例え、そこに付属する危難がなんであれ、それが限りなく0に近い可能性であれ。
それでもそこに可能性があるなら、それにかけてこそ、男なのだ。

そういう方向に頭の中をまとめ、準備やら、いちおう名ばかり経営の万事屋の雇い主に休みを貰うため、出発は翌日の夕方という事にして、新八は頓所に戻る沖田を見送った。

沈んでいく太陽がオレンジ色に染める路地を、軽い足取りで帰って行く金茶色の髪に手を振る新八の顔は、清々しいほどの笑顔だった。