「アレ?山崎さん?」

まだ太陽も高い午後3時。
恒道館の前に着けられた車の中を覗き込んで、新八は不思議そうな顔をする。
いつものパンダカラーのパトカーではなく、捜査用の覆面パトカーなのはともかく、運転席に座っているのは土方直属の山崎だった。

なにせ沖田は土方からの謹慎命令をシカトして得た夏休みだ。
車を出すとは聞いていたが、当然ここは神山辺りが運転して来ると思っていた。

「ぱっつぁん、とりあえず早く乗ってくれィ。
向こうに着くのが夜中になっちまう」

後部座席を独り占めし、既にいつものアイマスクを額に当てた沖田は、完全に昼寝モードだ。

促された新八は、とりあえず空いてる助手席に座ると、シートベルトを締める。

「じゃあ、出発しますよ〜」

山崎ののんきな声が車内に響き、車はゆっくりと恒道館の門前から走り出した。
頓首からクーラーを着けていた車内は、外の茹だるような暑さとは打って変わってひんやりと快適で、思わず目を閉じそうになった新八は、心地良さにため息をついてから山崎に声をかけた。

「山崎が運転なんて大丈夫なんですか?土方さんにバレたらまた怒られるんじゃないですか?」

何しろ副長命令拒否だ。
当然、この沖田の自主的夏休みに加担したのがバレたら、山崎だって大目玉では済まないだろう。

心配そうに運転席の横顔を覗き込む新八に、山崎はハハッと渇いた笑いを零して口を開く。

「まあ、副長にバレたら多分またボコボコなんだけどね」

ホントに参ったと言うように呟く山崎に、新八は再び不思議そうな顔をする。

「でも、ぶっちゃけ俺じゃ沖田隊長には腕っ節で叶わないからさ〜」
「………強迫ですか?」

何となく事態を察した新八の言葉に、後部座席から沖田の抗議の声が飛んだ。

「人聞きの悪ィこと言うなィぱっつぁん。
神山じゃ道中うるさくて寝れやしねーから、ちょうどヒマそうにしてた山崎に運転頼んだだけでィ」
「そうですよね、バズーカ突き付けながらお願いされただけですよね」
「だからソレ強迫だろ」

ホントに存在から迷惑な人だな、と呆れながら新八が外へ目をやると、車は既に江戸の中心部を抜け、高層ビルが姿を消し、民家の低い屋根が列ぶ真上に、夏らしい青空が広がっている。

流れていく景色が徐々に緑を増し、車外ではうんざりとする眩しい太陽も、今の新八には、現在向かっている海の情景を連想させるだけだ。

「新八くん、悪いんだけど沖田隊長の足元に飲み物置いてるから取ってくれない?」

ふいに山崎に声をかけられ、新八は窓の外から目を離すと、後ろを振り返った。
後部座席では、既にアイマスクを装着した沖田が寝息を立てている。

「………ホント、この人何処ででも寝ますね」

ガサリと腕を伸ばして沖田の足元からコンビニの袋を取り、まだ冷たい炭酸飲料のペットボトルを開けて山崎に手渡しながら新八が言う。

山崎はハハッと笑ってから、一口中身を飲み、ありがとうと言って、ホルダーにペットボトルを置いた。

「………まあ、沖田隊長なんていつもあんな調子だから分かり辛いけどさ」

山崎がハンドルを右に切ると、目の前に延々と続く道が開け、一層空が広くなった。

「なにげにやっぱり隊長職って激務だからさ。
特に沖田隊長なんて隊長クラスで一人だけ十代だし、正直謹慎処分には少し休ませてやりたいって副長の親心みたいなのもあると思うんだよね」

まあ、あの人はなんだかんだ言って、沖田隊長の保護者みたいなモンだからさ、と言って山崎がまたハハッと笑った。
袋に入っていたもう一本の炭酸飲料を手に持ったまま、新八は思わずその山崎の笑顔を見つめ、それからチラリと沖田の寝顔に目をやる。

いつも自分の家の縁側に勝手に上がり込み、スヤスヤと眠っている顔となんら変わりはない。

でも、いつも飄々としたこの少し年上の友人や、隣で車のハンドルを切る知人が、実は普段見えない所で預かっているモノの重さや、その危険性を思い、新八はコッソリ内心でため息をつく。

自分だってそれなりに苦労はあるが、それでも本来18歳なんて年齢は、フツーにいつでも海に行くぐらい出来る年齢だ。
わざわざ休暇を取る必要なんてないだろう。

かと言って、その事を変に同情的に思う必要もない事は新八にも分かる。

それを選んだのは、外ならぬ沖田自身なのだ。

謹慎という休暇を沖田に与えた土方の気持ちを思い、それに胡座をかくような行動に心の中で反省し、新八は再び窓の外へと目をやった。
晴れ渡った青空に浮かぶ白い雲が、車のスピードにおいてきぼりを食ったように後ろへと流れて行く。

涼しい車内は沖田の寝息と、夏らしいBGMがカーステレオから流れる。

「新八くんも眠かったら寝てていいよ」

着いたら起こすからさ、と言う山崎に、それも申し訳ないからとしばらく当たり障りのない会話を交わしていた新八は、心地良さに重くなる瞼をしばらくパチパチとさせていたが、やがてスヤスヤと静かな寝息を立て始めた。